10 出発の日
いよいよ、出発の日だ。
スキル鑑定の前までは、まさか自分が住み慣れたこの家を出ることになるとは、思ってもみなかった。
ーー人生は、何があるかわからない。
「これは持っていこう」
賢者の書の写し。
僕のバイブルであり、毎日図書室に通って読み込んできた一冊だ。
これがないと、どうにも落ち着かない。
「これも持っていこう」
『病の手引き』。
さすがにこれは写しではなく、図書室にあった原本を父に頼んで譲ってもらった。
転生前の医学を知る僕にとって、この本の内容は決して画期的とは言えない。
だが、この世界の医療水準を理解するには、非常に役立つ。
「あとは……数日分の着替えとナイフ。それに、お金も忘れずに」
昨日の夜、父から渡されたのはナイフと金貨だった。
剣ではなくナイフだったのはーー
僕には剣を扱う力がないと判断されたのだろう。
だが、そのナイフにはフィルド家の家紋が刻まれている。
ただの道具ではない。
きっと、何かの証になるはずだ。
「このお金……どのくらいの価値なんだろうな」
持たされたのは、10万ゼニー。
塀の外を知らない僕には、それで何が買えて、どのような暮らしができるかは見当もつかない。
せめて、すぐに路頭に迷うようなことだけは避けたいところだ。
「そして……同行者は、いない」
一人増えれば、その分だけ金も手間もかかる。
そう考えれば、この判断は合理的だ。
――そう、頭では分かっている。
「……まあ、気楽でいいか」
そう自分に言い聞かせた。
◇
部屋は、いつもと変わらない。
まるで、これからもここで暮らし続けるかのように。
だが――明日から、ここに僕はいない。
窓から差し込む光。その向こうに広がる青空。
静かな朝だった。
◇
屋敷の大階段を降りると、エントランスには執事たちが並んでいた。
その中に、ジャンの姿もある。
ジャンは最後まで同行を願い出てくれていたらしい。
だが、それを父が許さなかった。
どこか、寂しそうな顔をしている。
(……そんな顔、するなよ)
心の中でそう呟きながら、視線を外す。
◇
そのまま外へ向かい、扉を開ける。
フィルド家の敷地は広い。
外門までは一本道。だが、そこまでの距離は、おそらく二キロほどある。
はるか遠くに、小さく見えていた。
「行ってきます」
「気をつけてね」
母の声に背中を押され、歩き出す。
父の姿はない。
兄たちの姿も見えない。
嫌われているわけではない――そう思いたい。
おそらく、父なりの配慮なのだろう。
◇
しばらく歩いて、外門へたどり着く。
衛兵に声をかけ、ついに塀の外へ出る。
振り返る。
12年過ごした家が、変わらずそこにあった。
人の姿はもう見えない距離だ。
それでも、母がまだそこに立っているかのような気がした。
「……行こう」
新たな一歩だ。
そのとき――
(天の声)「新たに独自クエストを受けられるようになりました」
「ん!? なんだろう、独自クエスト?」
よく意味は分からなかったが、ここから冒険が始まるということなのかもしれない。
心地よい風が吹き抜け、花びらが静かに舞っていた。
(この世界で……僕は、何を見つけるんだろうか)
読んでいただきありがとうございます!
面白かったらブックマーク・評価いただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。
いよいよ第2章に入ります。




