それは当たり前のように
「邪魔」
その声と同時に、一輪の花が音もなく斬り落とされた。
二輪、三輪と続き、黒い残像が残るのみ。
影が舞うたび、花の魔物たちは迷いなく裂かれ、倒れていく。
「まどろっこしいわね。まとめて散らすわ」
ロザネラは静かに杖を掲げ、魔力を集中させる。
殺気の波動をまとった花の群れに、感情の見えない瞳で狙いを定めた。
「……言っておくけど、ここは帝国の領土。展示品の破壊は犯罪。賠償金、発生するよ」
耳元で囁くように聞こえた声に、ロザネラは舌打ちし、掲げた杖を渋々下ろす。
魔物を排除する手段に迷いはなかったが、帝国に口実を与えるのは得策ではないだろう。
「……なら、こうしましょうか。愚者の聖杯」
静かに呼ばれた言葉とともに、掲げた杯から泥が流れ出す。
黒い液体は床に広がり、花の魔物たちへと這うように迫っていく。
「……醜悪な魔法だな」
執行者は微動だにせず、吐き捨てるように言った。
泥は彼の足元だけを避けるようにして円を描き、その中心には澄んだ水が広がっている。
「やっぱり効かないのね。……まあ、いいわ。愚者の囁き」
ロザネラは歪な笑みを浮かべ、杖を逆手に持ち直す。
地を軽く叩くと、泥の表面にさざ波が広がった。
それが花の魔物の足元に届いた瞬間、泥がぬるりと絡みつき、体を縛り上げる。
「自由はなく、意思もなく。ただ力を振るうだけ」
その囁きと共に、泥に捕らえられた魔物は向きを変え、仲間を襲い始めた。
「……精神支配系の魔法」
「ふふ、避けたのね。残念だわ」
ロザネラが振り返ると、展示ケースの上に立つ黒衣の少女が視線を投げてきた。
「やっぱり、あなたは危険」
「あなたに言われたくないわね」
視線が交差し、わずかな間だけ火花が散る。
だが次の瞬間、少女は軽やかに展示ケースを飛び移り、再び魔物の群れに斬りかかっていった。
「ふん、愚者の聖槍」
ロザネラの手の中で、泥が槍の形を成す。
支配を逃れた花の魔物へと、それを突き刺した。
「ふむ……」
老人は戦場の中央に立ち、黙したまま花の魔物たちを観察していた。
乱雑なようでいて、どこか目的を持ったような動き。
花々は一方向に向かって、止まることなく進み続けている。
「……そうか、これは」
散っていく花々を見下ろしながら、老人は静かに目を閉じる。
その歩みを老人はよく知っている。
「……あの執行者、何をしてるのかしら」
魔物を次々と屠りながら、ロザネラの目に祈るように膝をつく老人の姿が映り込んでいた。
「……ああ、どうか、汝らに安らぎがあらんことを」
その祈りは、誰の耳にも届かない。
「チッ、いつになったら終わるのよ」
泥に沈む花の死骸を踏み越え、ロザネラが苛立たしげに吐き捨てる。
累積する邪魔な魔物の死体を踏み越え、ロザネラはまた一つ、泥で魔物を貫いた。
一方で、暗殺者の少女は無言で魔物の首を落とし続けていた。
目に宿るのは退屈だけ。まるで機械のように淡々。
「……あれ、ナイフがない」
鞘に手を伸ばしたが、空を掴む。
どうやら使い果たしてしまったらしい。
「……はあ」
少女はため息を吐き、死体に突き刺さったナイフに手を伸ばす……その刹那。
「!! 危ない!」
ロザネラの声が響く。
だが少女が振り向く前に、死体が爆ぜるように弾け飛んだ。
「……えっ」
死体の下に潜んでいた魔物が跳ね起き、少女の目前に迫る。
大きく開かれた口に、歯がずらりと並ぶ。
まるで人間のようなそれが少女の目に映り込む。
(ああ、痛そうだな)
……間に合わない。
そう悟った少女の顔に、焦燥の色はなかった。
まるで他人事のように、その事実をただ静かに受け入れる。
目の前で花がそっと閉じていく。
その様子を少女は、ただぼんやりと眺めていた。




