罪と影の狭間で
背の丈ほどある大剣が伸ばした手に向け振り下ろされる。
躊躇いも慈悲もそこにはなく、ただ力が振るわれる。
「っ!?」
咄嗟に身を引いたロザネラの目の前を、大剣が風を裂いて通過する。
刹那、時間が止まり、次の瞬間、風が荒れ狂った。
絡まっていた声が切り裂かれ、色褪せた視界を風が覆い隠していく。
「くだらぬ」
老人が剣を突き立てると、風は跡形もなく消え去った。
風により遮れていた音が少しずつ戻り始める。
「はぁ……はぁ……」
心臓の鼓動を確かめながらゆっくりと目を開ける。
色褪せた視界は元の色を取り戻し、耳元で囁くあの声も聞こえない。
見慣れた大剣の方へ顔を向ける。
「……救罪の執行者」
「久しいな黒薔薇の聖女よ、目は覚めたか?」
杖を支えに立ち上がったロザネラが老人から距離を取る。
この程度の距離では何の意味も無さないと分かっていても体は自然と後ずさる。
「……教会の最高戦力がなんでこんな辺境にいるのかしら?」
汗を拭い呼吸を整えながら杖を構える。
騎士団の連中ならやりようはあるが執行者が相手では勝ち目はない。
資料館の異常な空気の重さもこの老人がいるなら納得できるほど、目の前の老人は格上だ。
「怯えるな……今は貴様を裁く時ではない」
静かに言葉を発して老人は大剣を背に戻すと、深いため息をついた。
その言葉に偽りがないと分かっていても、冷や汗は絶えず流れていく。
「そも此度は教皇エリカの命ではない、ただの客としてここに来ている」
無意識のうち手に力が籠る。
幻影ではない記憶の中の少女が穏やかな笑みをこちらに向ける。
強く濃くなるノイズと影から目を逸らし、記憶の中の少女を振り払う。
「……そう……ならその空気はしまってくれるかしら?」
老人の放つ尋常ではない空気にロザネラが眉を顰める。
ただの客とは思えない執行者の威圧感は周りの全てを拒絶している。
「ふむ、構わぬが……我が目的を告げたのだ。いい加減姿を見せてはどうだ?」
「……何の話?」
老人が目を細める。
「……ふっ、随分鈍っているな、黒薔薇の聖女よ……そこか」
極自然な動作で再び振り抜かれた大剣が何もない場所を切り裂く。
吹き荒れる風と震える空気が止むと老人の睨む先の空間が歪に曲がる。
「…………流石、執行者」
空間の歪みが戻ると同時に黒い布に身を包んだ1人の少女が姿を現した。
「その布は……」
「帝国の暗殺者か」
ナイフを手元で遊ばせながら無表情な顔を向ける少女。
胸元についた帝国のエンブレムと引き裂かれた黒い布がその正体を指し示す。
「この布やっぱり不良品……二度もバレた」
不機嫌そうに布を引っ張る少女がゆっくりと伸びをした次の瞬間、目の前が黒に覆われる。
「っ!?」
「やっぱり、ダメか」
いきなり目の前に現れた少女のナイフを寸前で躱す。
すぐさま反撃に転じようとした瞬間、2人の手が老人によって捕まれる。
「んー?」
「……ただの客なら介入しないで貰えるかしら?」
「……やはり鈍ったな黒薔薇の聖女よ」
老人がため息をつくと辺りを満たしていた厳かな空気が消え、花の香りが強くなる。
ひたひたと地を這う音と植物の葉が擦れる音が辺りから聞こえてくる。
「ああ……そういうことね」
即座に状況を理解した少女がナイフを構える。
「チッ、面倒ね」
少し遅れて展示場の影を睨む。
人の持つ悪意や殺気とは違う、より純粋でより邪悪な気配。
不快な叫び声が轟く中で、ロザネラは静かに杖を構えた。




