もう失うモノは無いからね
―――学園祭三日前。
とある街の、とある道の一角で、少年は壁に背をつけ座っていた。疲れきっているのか、手足をダランと伸ばしきり、その表情には生気がない。
そんな彼の前に止まった二人分の足。
「やっぱりやめましょうよ、お兄さん。もっと強い人紹介できますからー」
「いや、コイツより強いやつはいない」
「それはお兄さんに負ける前の話でしょう?」
少年が顔を上げると、そこには見覚えのある……、正確には因縁の相手がいた。しかし、不思議と負の感情は湧いてこず、少年は馬鹿にするように鼻で笑う。
その相手も、昔ながらの友達とでも会ったかのように口の端を上げた。
「よう、“盗賊王”」
「オオバ……」
盗賊王は掠れた声を出し、ヨツバに虚ろな視線を向ける。
以前と全く変わらない憎ったらしい顔だった。そして彼の後ろで、盗賊王と目を合わせようとしない男。おおよそ、ヨツバと組んで魔力を盗んだ張本人だろう。
「笑いに来るには少し遅いんじゃないかな……?」
盗賊王は壁にもたれながらゆっくりと立ち上がる。が、すぐにぐらつき、ヨツバの背後にいる男へと倒れかかった。
「わっわっわっ! ヤバイヤバイ!俺殺されます!?」
「落ち着け、魔力はお前が盗んでるだろ」
喚く男をヨツバが制し、盗賊王の首元を掴むと壁に叩きつける。
「随分不健康そうだな」
「裕福な暮らしはしてないもんでね……」
強がるように盗賊王は言い、ヨツバ達から視線を逸らす。
そんな盗賊王をよそにヨツバはポケットに手を入れ、何かを探り始めた。
「煽りに来た訳じゃない。今回来た要件は単純だ」
彼は一枚の紙切れを取り出し、盗賊王に突き付ける。
「―――俺と契約しようぜ?」
突然告げられた契約の誘いに、盗賊王は両眉を上げた。見れば紙切れには、盗賊王にかけられた魔術―――“パスパーの収奪魔術”を解除するという内容が書かれていた。
「だァー! やめましょうよお兄さん。絶対復讐されますって!」
「された時はその時だ。今はコイツの力が必要なんだよ!」
騒がしく話す二人とは対照的に、以外にも盗賊王の思考は冷静だった。
「何を企んでる?」
契約書に偽りが無いことを確認すると、盗賊王は、今までの虚ろな目が冗談に思える程目をキツく細める。
「“教会”と“疎楽園”をギャフンと言わせたい。それに力を貸して欲しい」
「僕に喧嘩を売った次は“教会”と“疎楽園”か?」
「俺より恵まれてる奴を見ると、どうしても邪魔したくなる性分でな」
盗賊王は鼻で笑う。
そして、なんの躊躇も無く、当たり前のように呟いた。
「いいよ。―――のってやる」
予想以上の即決に、ヨツバも一瞬言葉を失う。
「何か企んでるのか?」
「君から言ってきた契約だろ?」
「そうだが……、普通もっと疑うだろ!」
盗賊王は小馬鹿にするように契約書を放り投げる。
「もう失うモノは無いからね」
もたれていた壁から背中を離し、盗賊王は埃被った黒いコートを払う。
「契約書には、『一部の魔力を先払い、残りは依頼後……』みたいなこと書いてあったけど、全部後払いでいいよ」
「は? じゃあ、魔術無しで戦うつもりか?」
「そんなわけないだろ……。そもそも“あんな魔術”、有ったって慢心を産むだけだ」
そう言って盗賊王は、コートの内ポケットからペンライトのようなものを取り出した。
「僕にこれで充分だよ」
まるで新しい玩具を自慢するように盗賊王は笑う。その反面、ヨツバは疑いの目を彼に向け、やはり他の奴にするべきか……と後悔し始めていた。
―――――――――――――――――――――
―――現在。中央広場にて。
アンピの目の前に立つ、元盗賊王―――ジェフティ。
全体的に痩せたせいだろうか、新聞で見た時より幾分か大人びて見える。……全ての魔力を盗まれたとなれば、仕方が無いかもしれない。
「何故貴方が? 最近名前も出ないから、てっきり死んだかと思ってたけど?」
「残念な事にしぶとく生きてたよ。死んだような生活だったけど……。そういうアンタは“疎楽園”のアンピ・レイトバーンだろ?」
ジェフティは彼女の返事を待たず、ポケットからペンライトのような術具を取り出すと、その先をアンピへと向けた。
「アンタに恨みはないけど……、これも契約なんでね」
「あらあら、元“盗賊王”さんと戦うなんて怖いわね」
嘲るアンピだったが、その思考は冷静に状況を判断していた。
ジェフティが手に持つ術具は、窃盗系の魔術でも最下級―――“フィボロスの強奪魔術”が刻まれた代物。
その内容は非常に心許なく、“物体が手元に移動する”だけである。しかも、射程距離は短く、視覚している物体にしか使えない。
二人の距離はギリギリ射程圏内であるが、視覚できる物体で、盗んで得するようなものは無かった。
概念すらも盗めると言われていた“元盗賊王”と比べれば全く恐るに足らないのだ。
「こんな人が多い所で……、一般の人まで巻き込むつもりかしら? あまり気が進まないわね……」
と、言いつつとアンピの手は帯電し、小さな稲妻がバチバチと音を立てている。
「普通にやっても、勝機は無さそうなんでね……。僕も少し頭を使わなきゃならない」
術具の先端が光り、“強奪魔術”が起動した瞬間、アンピの頭上に冷たい風が通った。
「―――へ?」
一瞬何を盗まれたか分からなかったが、やけに風通しの良い頭部と、盗賊王の手に納まった帽子を見て、アンピはハッとした。
「―――やっぱり“狐”だったか」
頭部に生えた、狐のように長い耳。
アンピは咄嗟に隠したが、二本の大きな聴覚器官は目立ち、周囲の目に容易く飛び込んでいった。
「それでは、御機嫌よう―――」
アンピの帽子を被った盗賊王が軽く会釈をし、人混みの中へ消えていく。
―――やられた!
アンピは顔を歪める。彼は最初から戦うつもりなど無かったのだ。帽子を奪えば“耳”を晒すことになる。そして―――
「なんだい嬢ちゃん“獣人”かい?」
出店の主が、前かがみになってたずねてくる。好奇な目と、抜けた前歯が印象を更に悪くする。
アンピは舌打ちをし、頭を抑えたまま駆け出した。
―――“獣人”だとバレれば、あのような輩がワラワラと集まってくるのだ。そうなればマトモに戦うなど不可能。歩く見世物小屋になってしまう。
「アイツっ!」
苛立ちを吐き出し、少し離れた―――少なくとも“耳”は見えなかったであろう―――場所で立ち止まった。
“通信魔術”のステッカーも貼ってあるため、あの帽子を取り返すのが最優先だ。となれば、この人混みの中に隠れた“盗賊王”を探し出さなければならない。
幸いにも、アンピにはその手段がある。魔力の色を観る瞳―――“妖緑眼”だ。
アンピが視覚に意識を集中させると、彼女の観る世界が、まるでサーモグラフィーのように全て“色”で表現される。
全ての人間は多かれ少なかれ、皆魔力を保有している。彼女がその色を見れば、通常時の何倍も精確にその人物を捉えることが出来るのだ。
「さぁ、もう隠れたって無駄よ」
魔力を持たない“無機物”を透過し、半径数百メートルの“魔力”が全てアンピの脳内で処理されていく。しかし―――
彼は見つからなかった。ゆっくりと入念に、アンピはもう一度首を振る。
―――おかしい。あの短時間で、範囲外まで逃げるなんて不可能だ。
“イロツキ”の“瞬間移動”を使った可能性も脳裏に過ぎったが、ミヤビの魔力は範囲内に見えていたし、彼女の隣にいるのは、ペイジ家の息子だ。なにより、あの“盗賊王”が人の手を借りるとは考えにくい。
―――その瞬間、アンピの背中に鋭い衝撃が走った。衝撃を中心に、ジワジワと暖かい感覚が広がっていく。
「不意打ちみたいで悪いね……」
耳元で囁かれる“盗賊王”の声。
アンピは首だけ背後へ向け、至極真っ当な問を投げかける。
「何故……? 魔力が……映らない……?」
途切れ途切れになりながらも、アンピは言葉を吐き出した。
“盗賊王”は微かに頬を緩ませる。まるで、過去の出来事を思いかえすように―――
「生憎だが、とうの昔に盗まれててね」
それを聞くとアンピは納得したのか、眠るように意識が途絶え、そのまま地面へ崩れ落ちた。
―――――――――――――――――――――
ジェフティはナイフを仕舞うと、倒れふすアンピにそっと帽子を被せた。
“疎楽園”の一人を戦闘不能にしたのだ。十分な仕事だと言えるだろう。
しかし、彼の手にはアンピの帽子から剥がした、ステッカーが握られていた。
―――“イゼーカの通信魔術”。一対一でしか会話が出来ない上、間に遮蔽物があるだけで、著しく通信機能が低下するのだ。
となれば、アンピと通信していた相手が何処にいるのか、凡そ検討もつく。
異世界には不釣り合いな程高く伸びたビルに、ジェフティは目を向けた。
先週は申し訳なかったです。
さて、盗賊王ことジェフティがまさかの活躍です。構想当初、ジェフティは負ける予定だったんですよ。でもここでも負けたら良いとこ一切無しですからね。勝つ方向に変更しました。
この後続く、アーサー、メイザースの話は今話とほぼ同時刻です。
次回は日曜日です




