―――売ろう
仲秋の候。
暑くもなく、寒くもない過ごしやすい季節であるが、学園生活は非常に過ごしにくい時期でもある。
と言うのも、もうすぐ我が“ヴァルーチェ魔術学園”では、“学園祭”が催されるのだ。
異世界と言っても、学園祭は学園祭。内容は違えど、クラス毎に出し物があるのは変わらない。もちろん、俺が在籍しているクラスも何か行う“らしい”。授業内外問わず眠っているため何をするのかは知らないのだ。
クラスメイトが忙しなく働いているのを見るのも、彼らから見られるのも気まづい為、俺とビオラは逃げ出すことにした。
「で、何故我が“異世界文化研究会”に来るのだ?」
「誰か居るかなと思って……」
旧校舎三階、“異世界文化研究会”の部室。
彼らも学園祭で、“異世界珍物展”なるものを開くらしく、コレクションの整理をしているところだった。
案の定、ミヤビが隅の机で何か書いており、何故かレイビアが興味深げに横から覗き込んでいた。
「何書いてんだ?」
「一応、新聞部だからね。学園祭の特別号」
そういや、新聞部なんて設定もありましたね……。
「ヨツバくんはもう投票したの?」
「投票?」
レイビアがこちらを向いて首を傾げる。
なんだ、投票って……。身に覚えはないが……。
「そう言えばヨツバっち、学園祭自体初めてだったね。簡単に言うと人気投票みたいなもんだよ。映画とかで見たことない? キング&クイーンみたいなのを生徒の投票で決めるの」
「虐められてる奴を晒しあげて、好奇な目線を送り、からかい、最終的には汚物をぶちまけて、「なんで私がっ!」と枕を濡らさせるあの?」
「どういう映画なの……。―――ここのはもっとちゃんとしてるよ。一人3票まで入れて、一番票の多かった男女が後夜祭の“舞踏会”で踊るんだよ」
「それはそれは……」
少し前まで舞踏会に向け、踊りの練習をしていたが、一向に上達しないのとレイビアにさえ笑われた為、すっかり記憶から抹消していた。舞踏会と言われても、既に興味が湧かないのだ。
「そこで私、新聞部は投票の中間結果を毎日纏めて掲載してるわけ」
「へー、ちなみに俺には何票入ってるんだ?」
ミヤビは「えーっと」と呟きながら、結果の紙を指でなぞっていく。下の方から探し始めたのに苛立ちを覚えたが黙っておいた。
一位は無理だろうが、案外50票くらいは入っているのではないだろうか。
「四票だね」
「少なっ!」
予想より少なく肩透かしを食らう。
色々と名を残す機会はあったと思うのだが……。
ファンクラブなり作られていて、俺の体毛やらが高額で取引されていると思い込んでいたが、間違いだっただろうか。
しかし、4票。少なく見積もっても二人が俺に入れてくれたのだ。それだけでも喜ぶべきだろう。
「4票中、3票は私ですね」
「なら、残り1票は僕のだね」
「身内かよ!」
嬉しいような、虚しいような、不思議な気持ちである。しかし0票の奴だっているはずだ。現に、そこでコレクションの整理をしている二人だって……。
俺の視線に気づいたロザとウィリーが、万遍の笑みを浮かべてこちらに親指を立てて来た。
「ちなみに、ロザ氏と我は5票だ!」
「お互いに3票と、残り2票は高値で買い取ったのだ!」
まさか負けているとは……。
身内に入れてもらえるだけマシだと思い込もうとしたが、ふっとある事に気づいた。
「俺に1票ってことは、レイビアは残り2票誰に入れたんだ?」
「へ……?」
急に問われて、顔を上げるレイビア。
すると、彼女の顔が段々と赤くなって行き、恥ずかしそうに視線が泳ぐ。
「ちょ、ちょっと用事が思い出されちゃったかな……。ご、ごめんまた後で……!」
あやふやな文法ではぐらかすと、レイビアは慌てて部室から飛び出して行った。
何時もなら、普通に答えそうなものなのに……。彼女らしくない反応である。
「可愛いね~。乙女っぽくって」
「乙女なのか? 一応中性だろ?」
「女から見れば分かるよ。あれは女の子の顔つきだね」
「そういや、ミヤビも女だったな」
「私って所々喧嘩売られてるよね」
ミヤビはから笑いしながら、机に視線を戻す。
「そういや、現状の1位は誰なんだ?」
「現状……というか、もうほぼ決まりだね。過半数超えてる子が一人いるから」
どんな奴だよ……。
そんな人気者がいたとは知らなかった。はてはて、どんな美貌の持ち主か。
俺が中間結果の用紙を覗き込むと、ミヤビは真顔で俺の横を指でさした。
「横にいるじゃん」
「ん……?」
横を向けば、ビオラと目が合った。しばし無言で見つめ合う。見慣れたはずの眼帯と紅い右眼も改めて見ると恥ずかしいものだ。
停止した思考が動き出すまでに数秒かかった。
「えぇぇぇえ?! ビオラなの??」
ミヤビは無言で頷き、証明するように、用紙を見せつける。
……確認すれば確かに、1番上にビオラの名前と俺の数百倍はある票数が書いてあった。
思い出してみれば、思い当たる節は幾つもある。クラスの女子とよく話しているし、廊下を歩けば、殆どの奴からビオラ“だけ”挨拶されていた……。
「今年のクイーンはビオラっちで決まりだろうね。ここまで票が集まるのも珍しいよ。……そのせいで他の人は特に目立たないかな。キングの方なら皆に可能性あるんじゃない?」
またも、嬉しいような、虚しいような気持ちになった。いや、今回は全く嬉しくない。持ち主より魔導書の方が人気とは如何に! 32℃位のお湯で煮込まれているような気持ち悪い感じだ。
「しかし、皆から好かれるというのも悪い気持ちになりませんね……。これで、皆様がマスターの良さに気づけばいいのですが……」
「なんかNTRモノっぽいよね! いやーん、性癖歪んじゃーう」
「んなわけあるか! ぶん殴るぞコノ野郎!」
ヘラヘラとからかうミヤビに拳を振り上げたその時、彼女は急に笑いをやめ、真剣な面持ちで外を向いた。
「嫌な“気配”がする」
「は?」
ミヤビの頬から一滴の汗が垂れた。
「―――“教会だ”」
学園に良からぬ輩が来た時にいち早く対応する為、ミヤビは“結界魔術”なるものを張っていたようだ。
そこで、来たのが“教会”の反応。
止めるミヤビを振り払い、走り出した。遅れてビオラが追ってくるも、スピードは緩めない。
「アイツら、何しに……!」
正門の方へ向かうと、見覚えのある杖と鍔の広い帽子を捉える。
俺が近づいてくることに気づいたのか、彼女は立ち止まった。
「何しに……、来やがった……ブリール……」
「息が上がっていますよ。大丈夫ですか?」
「構うな。何しに来たかって聞いてんだ……。今度は誰を“消しに来た”」
頭に過ぎるプロメとミノリの姿。こっちの世界より元気にしている事が、この前の一件で分かってしまったが……、それとこれは別の話だ。彼女が二人をこの世界から排除したことには変わりない。
睨みつける俺に、ブリールは大きくため息をついた。
「今回は別の要件です。“連絡”に来たのですよ」
「連絡?」
「まずは責任者の方にお伝えしようと思っていましたが……、貴方にも“警告”する予定でしたし、些細な問題でしょう」
何故責任者には“連絡”で、俺には“警告”なのか……。眉を顰めていると、ブリールは重々しく口を開いた。
「もうすぐ、この学園は戦場になります」
あまりにも突拍子が無く、何も言えない……。何を根拠に言っているのだ。
「誰がなんの目的で来るんだよ」
「“疎楽園”という組織です。理由は話せませんが、確実にやって来ます。一般人も入れる、学園祭の日でしょう」
“疎楽園”……。
たしか、俺が“女性”だった時、街で会った連中だったか……。ミヤビの友達で、俺に“蛇”や“獅子”を契約させたアンピも所属していたはずだ。
「我々“教会”が対応しますので、学園側に許可をいただきに来たのです」
「それで? 何故それを俺に教える?」
「ヨツバさん、貴方のこと調べさせてもらいました。盗賊王やゼキノを倒し、そして先日消滅した黄金の女神グアリーにまで関わっていたようですね」
「おぉ……。まぁな」
面と向かって言われると、気恥しい。
倒したと言われると微妙なラインだが、少なくとも敗北はしていないはずである。
まさか、それを見込んで俺に協力を申し込むつもりだろうか!
「“警告”します。今回の件、一切関わらないでください」
「“教会”とはいえ頼まれちゃNOとは…………、ちょっと待て“関わるな”って言ったのか?」
ブリールは無言で首肯する。
「貴方が関与すると間違いなく状況が悪化すると判断しました」
落ち着いて考えれば当然のことだ。彼女らは俺の数倍強いはず。わざわざ俺に頼る必要も無い。
しかし、“間違いなく状況が悪化する”と言われるのもムカつくものだ……。
「では、確かに“警告”しました」
そう言い残すとブリールは歩き出し、校舎の中へと入っていく。
「出来れば、副校長室まで案内して欲しいのですが……」
「生憎だが、そこまで心の綺麗な人間じゃないんでね……」
「……以前と変わりましたね」
ブリールと初めて会った時、彼女を学園まで案内したことはあったが、今はそんな気持ちになれない。
気づけばブリールは居なくなっていて、代わりにビオラがやっと追いついてきた。
「マスター! ご無事ですか?!」
「あぁ、少し話しただけだからな」
“教会”と“疎楽園”。
二つの組織がぶつかる。しかも、この学園で……。でも、俺は一切関わるな、と……。
「―――売ろう」
「何か売るのですか?」
状況を飲み込めないビオラが首を傾げる。
俺は振り向き、決意の籠った真剣な目で宣言する。
「“教会”と“疎楽園”、両方に喧嘩を売ろう」
“教会”と“疎楽園”が俺を差し置いて戦うなら、“俺”という第三勢力を創るまでだ。
「第三勢力を創ろうと思う!」
例によって、ハヤトとロザの部屋に皆を集め、俺は腕を組んで高らかに宣言した。
……と言っても真面目に聞いているのは、小さく拍手しているレイビアとビオラ位なもので、他は各々やりたい事をやっている。
「魔道生命体とは聞いていたが……、見てみろロザ氏、これは“mal Ver.2”に応用できるのでは?」
「ハヤト氏~、人間じゃないならもっと早く言ってほしかったぞ!」
「大切に扱えよ! もう替えの腕パーツは無いんだからな!」
ハヤトの腕を持ってはしゃぐロザとウィリー。片腕のハヤトはそれを必死になって注意していた。
ロザとウィリーは“闘技会”で造ったロボット、“mal”の改良版を学園祭でお披露目したいらしく、魔道生命体であるハヤトの腕を参考にしているようだ。
傍から見ていると、野蛮な民族の儀式みたいである。
ミヤビは興味無さげにペンを咥えながら、資料を見直していた。
「あ、あの……、だ、第三勢力と言うのは具体的に何をするんですか……」
部屋の隅で体操座りをするアニーが呟く。膝には“メイザースの魔導書”が抱えられていた。
「やる事は単純だ。俺達でもう1つ組織を創り、“教会”と“疎楽園”の対決に乱入してやるわけだ」
「乱入……で、ですか」
「その乱入に何の意味があるのだ?」
ロザが、ハヤトの腕を観察しながら問う。
「蚊帳の外ならそれでいいではないか。何故わざわざこちらから首を突っ飲む?」
……ムカつくから! と最初は思っていたが、違う。理由は曖昧じゃなくて明確だ。
「―――負けてんだよ」
拳を握りしめる。この世界に来て起きた事全てをつぶすように。
「“教会”にも、“疎楽園”の連中にも、俺は良いようにやられっぱなしだ。……一泡吹かせて俺という存在を知らしめてやりたいんだよ!」
「ふむ、なるほど。では一人で頑張るのだ。ワシは教会に喧嘩なんぞ売りたくない」
「ロザ氏に同じく」
「一人じゃ無理だから、こうして皆に頼んでるの!」
決意を滲ませた懇親の言葉も、ロザとウィリーにあっさり切り捨てられてしまう。
もっとスポコン漫画みたいに、「よっしゃやってやろうぜ!」と熱い展開になるかと思っていたのだが……。
「わ、私やります」
小さく声と手を挙げたのは、アニーだ。
彼女は魔導書を抱え、立ち上がる。
「“彼女”なら、き、きっとやるはずです。あ、あの人、自分のモノに手を出されるの嫌がりますから……」
俺は心の中でガッツポーズをした。
アニー元いメイザースが味方になるのは大きい。―――さて、後は……。
「レイビア!」
いきなり呼ばれ、レイビアは肩を震わせる。
「出来れば手伝ってあげたいんだけど……、学園祭は“妹”が来るからちょっと難しいかな……」
「いや、違う違う。ちょっとベランダに出てくれないか?」
レイビアの手を取り、ベランダへと引っ張っていく。窓を開けると涼しい風が吹き込んできた。
「じゃあ、アーサーを呼んでくれ」
「へ? ここ2階だよ?」
「大丈夫、奴なら来る。なんなら、お前の匂いだけでも来るはずだ」
レイビアは少し引いたような顔をして困惑するも、口に両手を当てて声を出した。
「あ、アーサーくーん?」
「呼んだか?」
その間、わずか0.6秒。アーサーが墓地から這い出でるゾンビのように、ベランダの下から顔を出したのだ。
その光景に、レイビアは言葉が出ないようである。
「今までの話、聞いてたか?」
「盗聴していたからな。凡そ把握している」
アーサーは柵をよじ登り、ベランダへ着地する。
「“教会”が来るんだ。お前も負けたままだろ?」
「ああ。このアーサー・ペイジ、黒星をそのままにしておく程やわな男では無い」
俺とアーサーは同じ敵に負けている。負けを晴らしたいのは俺だけではないはずだ。
これで3人……。出来ればあと2人は欲しいところである。一人はミヤビだとして、もう一人は……。
ちょうどその時、ミヤビが無言で立ち上がった。
「―――悪いけど、私は降りる」
彼女は冷めた視線だけ俺に向け、そう呟くと、│瞬間移動で消えていった。
いつもの彼女なら、考えられない程冷たい態度だ。なんなら、一番最初に名乗り出ると思っていたのだが……。
弱ったな……。あと2人どうしたらいい。1人はここにいる誰かを無理やり頼むとしても……。やはりあと1人足りない。
迫り来る“教会”と“疎楽園”。そして、学園祭。ヨツバの脳裏には、1人の宿敵が浮かんでいた。
やっとこさ始まりましたね!
今回の話は学園祭。といっても、疎楽園と教会がメインになってきます。
やりたい展開、戦わせたい組み合わせなど、色々詰め込んだので書くのがとても楽しみであります。 しかし、上手く纏められるか不安でもあります。
次回は日曜日です。




