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『綺麗な髪ね……』


 ―――ウルカが産まれたその日の夜。私が、サクル様に夕食を運んだ時のことだ。

 部屋に入ると、彼女はベッドに座り、横で眠る赤子を眺めていた。


 「あら、シャルロット……」


 机に夕食を置いた私に目を向けると、サクル様はベッドを軽く叩いた。こちらに来いと言っているのだろう。

 その通りに、サクル様の横へ腰を下ろすと、彼女が櫛を持っていることに気づいた。  


 「誤算だったわ。まだウルカには手入れできる程の髪が無かったの」

 「焦らずともすぐに生えて来ますよ」


 彼女はそう言いながら私の髪に櫛を通し始めた。

 しばらく無言でサクル様は櫛を扱い、私も落ち着いて身を任せていた。


 「シャルロット、貴方に良いものをあげる」


 手入れを終えると、サクル様が唐突にそう言った。そして、私に何かを握らせる。

 開いてみれば、今さっきまで私の髪を研いでいた櫛である。

 どういうことかと、サクル様を見上げると、彼女はとても寂しそうな顔をしていた。


 「―――きっと私は、もう長くない」

 「…………どういう事ですか?」

 「私はウルカの髪を手入れする前に、死ぬわ……」


 体内でズンっと何かが落ちてきたような感触だった。ただ怖くて、渡された櫛を押し返そうとする。そうすれば今の発言が無かったことになるような気がした。しかし、サクル様は一向に受け取ってくれない。


 「何も言わないで聞いて。―――これからは貴方がウルカを守るの」


 櫛を持つ私の手を、サクル様が包み込み強く握る。


 「お願い―――。ウルカを守って……」


 私は何も言うことができず、サクル様の瞳に溜まった雫を見ていた。

 それから数ヶ月後、サクル様は亡くなった。           



―――――――――――――――――――――



 その異様な光景に、グアリーは目を見開いた。

 金の粒子で形成されたシャルロットの右手。グアリーの頬から一滴の汗が垂れた。

 

 「―――私も神だ、と?」


 呟き、噛みちぎられた自身の右腕に目を落とす。

 “未確定(シェイプシフター)”は喰らったモノに変身する特性を持っている。神に成ったとはあながち間違ってないだろう。問題なのは、どこまで“成った”かだ……。


 「笑わせてくれます……。なんという冒涜でしょうか」


 グアリーは黄金で傷口を覆わせると、足元に黄金の鎖が幾本も生成させた。


 「どれだけの力か、見せて貰いましょう!」


 グアリーが指を鳴らすと、黄金の鎖がとぐろを巻いた蛇のようにシャルロットへ飛びかかる。

 が、迫り来る鎖にシャルロットが右腕を振るった瞬間、鎖は粒子状になり、空気へと消えていってしまった。


 「無駄だ、今や黄金はお前だけのものでは無い」


 グアリーは眉をひそめ、シャルロットには分からないように舌打ちをする。

 シャルロットも黄金を扱えるようになった今、グアリーも攻撃方法を変えなければならない。

 腕を横に振りながら、グアリーが指を鳴らすと、当然本堂が激しく揺れ始めた。


 「……何をする気だ」

 「言ったはずです。この施設の殆どは黄金で建てられています」


 激しい音を立て、ダムが決壊するように壁から黄金が流れ込む。しかしシャルロットは動じず、グアリーを睨み続けた。

 黄金に流されて悲鳴を上げる少年の声が聞こえたが、誰も気にしない。

 黄金はグアリーの背中へと集まっていき、翼を形成していく。顔を動かさなければ全貌が見えないほど大きな翼だ。


 「ご覧なさい。これが“神”です」


 黄金の翼を羽ばたかせ、グアリーは飛翔する。その艶姿は不死鳥を連想させ、“神々しい”とはこの姿態を表すためにつくられたと確信させるものであった。


 「紛い物である貴方がどれだけ無力か分からせてあげます!」


 グアリーが叫ぶと、無数の“黄金の羽”が、その先端をシャルロットへ向け、放たれる。


 「無駄だと言っているだろう!」


 無数の羽にシャルロットは腕を振るう。

 先程の鎖と同じく、粒子状になる。―――と思われたが、羽は原型のまま、その鋭い先端でシャルロットに襲いかかった。


 「ちっ―――」


 圧倒的な羽の数に、シャルロットの声は掻き消される。


 「この翼には黄金“以外”の物質も混ぜています。たとえ貴方が黄金を操れるようになろうと、この羽を止めることは出来ません」

 「ならば貴様を狙うまで―――」


 無数の羽に打たれながらも、シャルロットは飛び上がった。人間離れした驚異的な跳躍力を見せ、右腕で殴り掛かる。

 しかし、無慈悲にも黄金の翼に叩き落とされてしまう。


 「―――そして、黄金を無力化出来るのは右腕“だけ”のようですね」


 グアリーは指を鳴らすと、再び無数の羽が精製された。


 「少し焦りましたが、やはり“ケモノ”ですね。脅威にはなりません」


 床に這いつくばるシャルロットはなんとか立ち上がる。

 逆転できたと思われた形勢も、グアリーが空中にいては手出しが出来ない。自身に向けられた幾本もの羽をシャルロットは睨むしかなかった。

 このままジワジワなぶり殺すことを企むグアリーと、それを打開するため必死で頭を動かすシャルロット。

 二人の思考には“オオバヨツバ”の一文字も無かった。ましてや、グアリーの背中を取っているなど思いもしない。


 「俺を忘れてんじゃねえよ!!」


 背後からヨツバの声が響き、グアリーは咄嗟に振り向いた。

 ヨツバは“蛇”を翼に巻き付け、グアリーに殴り掛かる。


 「貴方っ! どうやってここまで!?」

 「ロケットと同じ要領だよ!」


 ヨツバの左腕に付いた“獅子”から黒い煙が上がっている。“獅子”の砲撃を利用して飛翔したのだろう。


 「せっかく“魔界”から戻って来たってのになんだよ! 蚊帳の外じゃないか」

 「くっ……。離れなさい!!」


 ヨツバを振り落とそうとグアリーは本堂内を激しく飛び回る。しかし、翼に巻き付いた“蛇”は更に締め付けをキツくするばかりだ。

 その間にも、ヨツバは迅速な口の動きで詠唱をしていく。

 顕現させた羽をヨツバへと放つも、“獅子”で防がれ、“彼の口”を止めることは出来ない。

 遂には詠唱を終え、ヨツバが口の端を上げた。


 「さぁ、女神様よ。堕ちる用意はできてるか?」


 翼から“蛇”を解き、女神の顔面に“獅子”を殴り付けると同時に放たれる砲撃。

 黒煙と轟音を上げてグアリーは床に叩きつけられた。

 ヨツバは軽やかに着地するも、砲撃の反動で額には汗が浮かんでいた。

 黄金で多少の衝撃は抑えられたが、かなりのダメージである。全身に付着した“黒い文字”を見て、グアリーは顔を歪ませる。


 「女神を穢すとは……。貴方、ただでは済みませんよ!」


 グアリーが叫び、羽を広げた瞬間、細く頑丈なモノが彼女の腹部にめり込んだ。


 「―――ッ?!」


 衝撃で全身を駆け巡る中、シャルロットに蹴られたことをグアリーは理解する。そして息をつく間もなく、翼を“右腕”で掴まれ、乱暴に引き剥がされる。


 「―――二度と飛ばせてたまるか」


 冷酷な瞳でそう呟き、もう片方の翼も引き抜く。そして首筋を右腕で掴み、掲げた。


 「命乞いなどするなよ」

 「誰が貴方などに……」 


 グアリーは睨みつけながら羽を一本精製し、シャルロットの顔へ放った。

 が、最後の抵抗も虚しく首を傾けるだけで避けられてしまう。


 「これで終わりだ。この戦いも、契約も、何もかもが終わる」


 首筋を掴む手に力が入る。左腕を形成する金の粒子が輝きを増していく。

 しかし、グアリーは一切苦しそうな様子は見せず、むしろ笑顔をつくった。


 「殺し方は分かっているのですか?」

 「さぁな。こうしていれば時期に死ぬだろう?」


 グアリーはクスリと笑う。

 そして次の瞬間、グアリーの胸部に突き刺さる、研ぎ澄まされた黄金の柱。

 シャルロットがやったのではない、グアリーが“自ら”行ったのだ。


 「残念ですが……、私は殺されません。私は自ら“死”を選択したのです。決して貴方のようなケモノには殺されていないのです……」


 そう言い残し、金色の粒子へ溶けていく女神 グアリー。

 その表情はとても穏やかで、シャルロットが見た中でも一番“女神”と呼ぶに相応しいものであった。

 シャルロットはもの哀しく、虚空を握りつぶす。

 祭壇を見ると、ウルカが横たわっているのに気づき、急いで駆け出す。


 「ウルカ様っ!」


 抱きかかえようという直前、ふと何かを思い出したようにシャルロットは引き返すと、落ちていたローブを羽織り顔を隠した。


 「ウルカ様……。大丈夫ですか?」


 そして改めて、ウルカを抱きかかえる。

 しばらくして、ウルカはゆっくりと目を開けた。はち切れそうだったシャルロットの心臓がやっと、落ち着きを取り戻す。


 「シャルロット……? なんで? 来てくれたの?」


 上手く情報をが整理出来ないのだろう。虚ろな目をしながら、疑問を呟く。


 「ええ……、私です。“シャルロット”です」


 シャルロットは溢れ出そうな感情を噛み締めながらウルカの質問に答えていく。


 「じゃあ―――何故、顔を見せてくれないの?」


 シャルロットは答えなかった。

 無言のままフードを指で摘み、布を更に深く被る。


 「―――私の姿は穢れています。ウルカ様には見せられません」


 様々なケモノを喰らい、そして神までも喰らったその姿は、決して“人間”と呼ばれる様相をしていなかった。

 耳と尻尾が生え、鋭い爪と牙。右腕に至っては黄金の粒子だ。

 しかし、ウルカは小さな手をシャルロットの頬に這わせると、被っていたフードを脱がせる。


 「『綺麗な髪ね……』」

 

 ウルカは少しも臆すること無く呟いた。

 シャルロットの瞳に映るウルカの姿がサクルのものと重なる。


 「前と何も変わってない―――。私が生まれた時から、いいえ、きっとその前からずっと傍にいてくれた。―――ありがとう、シャルロット」


 ウルカの背中が淡い輝きを放ち、刻まれた詠唱文が空へと溶けていく。

 契約主であるグアリーが消えたことで、“黄金魔術”の契約が切れたのだ。

 立ち上る“黄金の文字”を二人は無言で眺めていた。


 「―――サクル様」


 シャルロットは目を閉じ、亡き彼女を思う。  



―――――――――――――――――――――



 「何故、ウルカにしたの?」


 中庭で紅茶を飲んでいた時、サクル様が唐突にそう尋ねる。

 私はティーポットを置くと、恥ずかしくて頬を描いた。


 「そんな……、言う程のものではありませんよ」

 「いいじゃない。誰にも言わないわ?」


 サクル様の事だ、断っても諦めずに聞いてくるだろう。私はモジモジしながら、ゆっくりと口を開いた。


 「単純に、サクル様の前を反対にしたのです……」

 「なるほど。確かに言われてみれば……」


 サクル様は納得したように頷くが、すぐに首を傾げる。


 「でも、“S”が無いじゃない?」

 「それは―――」


 ―――できるなら言わずに済ませたかった……。

 頬を赤く染めながら、私は小さく声を出した。


 「“S”は私が貰いました……」


 サクル様はしばらく考えた後、「なるほど」と呟き、私に微笑みかける。


 「シャルロットも可愛らしいことするのね」


 花の咲き乱れる中庭で笑うサクル様。

 これも私の大切な思い出の一つ。      

今回で7章の大筋は終わりです。

書いててとても楽しい話でした。ずっと書きたかったというのと、サンチェスやらグリフォンを再登場させられて嬉しかったというのもありますね。

最後の名前云々ですが、サクルはローマ字表記で考えます。つまり、“Sakuru”です。たしかウルカの名前を考えて、そこからこじつけた記憶があります。


次回はプロローグ、エピローグですかね。

次回は水曜日です。

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