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ウルカ


 春先のよく晴れた日、グアリー邸の一室に産声が響いた。


 「ようやく産まれたか」

 「これでしばらくは安泰だな……」


 “教団本部”の幹部達が、ワラワラとサクル様のベッドを囲っていく。

 皆目を輝かせて、さも嬉しそうに産まれたての赤子を見つめていた。……でもきっと、生命の誕生を喜んでいる者は、誰一人としていないだろう。

 私はその光景を少し離れた所から見ていた。

 まるで一匹の蟲が這いずるように蠢く信者達の背中。その隙間から時々見えるサクル様の、少しやつれた顔。

 邪魔な壁を今すぐ切り裂いてやりたい、という歯がゆい思いを必死で堪えていた。


 「―――シャルロット」


 そんな残酷な妄想をしていたせいだろう。自分の名が呼ばれいるのに気づくまで少しかかった。


 「……は、はい」


 顔を上げれば、皆私の方を見ていた。


 「こっちに来て」


 サクル様にそう言われたので、私は肩身の狭い思いをしながら、幹部の間を通り抜ける。

 背中に向けられる視線が痛かったが、サクル様とその腕の中で泣き喚く赤子を見れば気にならなくなった。

 耳が痛くなる程の泣き声。しかし不思議と嫌にはならない。むしろ聞く程に、穏やかな気持ちが染み込んでくる。


 「抱いてみる?」


 赤子に目を奪われていると、サクル様が首をかしげた。たまらず、幹部の一人が目を見開く。


 「何を言って……! コイツは人喰―――」

 「私が許します」


 サクル様が表情を変えずに言うと、幹部達はそれ以上何も言えなくなった。


 「さぁ、シャルロット。腕を出して?」


 本当にそんな事をしてもいいのか?

 私は不安だった。きっとこの場の誰よりも、これからサクル様のとる行動に恐怖を感じていただろう。だって……私は―――

 思考が停止し、言われるがままに腕を出すと、サクル様は泣いてる赤子をあやしながら、ゆっくりと私の腕にのせた。

 近くで見れば、尚も醜い生物だ。顔はシワクチャで、顔が胴体と同じ大きさ。―――しかし、とても温かい。


 「くっ……」


 目を閉じて、零れそうな雫を抑える。震える体を必死で硬直させた。

 私は本来ここに居ていい者では無い。

 人々を喰らい、恨まれた存在。決して生きてていい存在では無いのだ。

 それなのに彼女は―――


 「どうやら、貴方が気に入ったみたいね」


 いつの間にか泣き止んだ赤子に、サクル様が微笑みかける。


 「この子の名前は?」


 そのまま視線を上げ、変わらぬ笑顔を私に向ける。


 「この子は……」


 言葉が詰まらぬよう、鼻をすする。


 「―――ウルカ。ウルカ・グアリーです」



―――――――――――――――――――――



 「突撃ィィ!」


 結界が解除された瞬間、何十人もの戦士が本部敷地内になだれ込んでいく。

 剣が乱れ、術具が光る。血しぶきが上がり、兵士達が倒れる。

 数秒も経たないうちに教団本部は乱闘状態となってしまった。


 「ははは! 堪らん、堪らんぞ!」


 アルゲーザーを乱射しながら、サンチェスが叫ぶ。

 一見ガムシャラに撃っているようだが、正確に敵だけを仕留めている。興奮状態でも、思考は冷静だ。


 「乱射魔め! 死ねぇ!」


 しかし、視覚は狭くなっているようで、後から剣を振り上げられるも、反応が遅れる。


 「ちっ!」


 アルゲーザーで防ごうとするが、間に合わない。

 剣が振り降ろされる瞬間、剣士が真横からの鉄拳で吹き飛ぶ。拳の持ち主はグリフォンだ。


 「“神眼魔術”も見えてなきゃ意味無いみたいだな」

 「誰が背中を預けると言った!」


 サンチェスが大口を開けて喚く。

 しかし、四方から迫り来る敵達に、二人は阿吽の呼吸で背中合わせになった。 


 「何だグリフォン、その腕に着いているのは!」


 サンチェスが敵を撃ちながら尋ねる。

 彼の言うように、グリフォンの両腕にはガントレットがはめ込まれていた。


 「この日の為に買ったんだよ。“アシモフの白雷魔術”が刻まれた一品物だ!」


 グリフォンが拳を振るうと、その軌跡をなぞる様に白色の雷が線を描いた。


 「値段は!」

 「給料の3ヶ月分!」

 「ならば、我がアルゲーザーの方が遥かに高価だ! 俺を助けられた事、嬉しく思え」

 「言ってろ……。―――このままじゃラチがあかねえ! 建物に入るぞ!」


 ちょうど8人目の信者を殴り倒したグリフォンが叫んだ。 

 アルゲーザーの一撃で窓を破り、サンチェスとグリフォンは建物内へ飛び込む。追ってくる信者達をアルゲーザーで撃ち倒し、二人は走り出した。


 「中は静かなもんだな」

 「全員出払ってるんだろ」


 二人は儀式が行われているであろう、本堂へ向かう。本部内は暗く静かで、人の気配が全く無い。

 しかし―――

 十字路に差し掛かった時、その中心で佇む少年が目に入り、二人は足を止めた。


 「お? 速いもんっすね。もうここまで来るとは」


 黄金の両腕を持った少年が、拳を打ち合わせる。

 既視感のある光景にグリフォンは息を飲んだ。


 「知り合いか?」

 「ああ……。グアリーが呼び出した“転生者”だ。“黄金”を自由に操れる」

 「それは面倒だ。オオバヨツバと言い、“転生者”と言うのはどうも苛立ちを覚える」

 「俺は大好きだがね。……まぁ、コイツは例外だが」

 「ホシミヤ セナト。グアリー様には良くしてもらってるんでな。悪いが、ここは通さん」


 サンチェスとグリフォンが話しているのをよそに、セナトが名乗り、拳を構えた。

 それと同時にサンチェスがアルゲーザーを向ける。


 「避けられそうもないな。グリフォン、お前の術具、まさか“魔力切れ”なんてことはないよな?」

 「あったりめえよ。まだまだイけるぜ?」

 「“クネちゃん”も、私も準備万端です!」

 「頼もしいものだ。…………ちょっと待て、何故お前がいる!?」


 先程までいなかったはずの少女の声に、サンチェスとグリフォンはすぐさま振り返る。

 いつの間に現れたのか、そこには“疎楽園”のディテールがさも当然のように立っていた。


 「何をしてる!? 俺達が表で騒ぎを起こし、その隙に貴様とシャルロットが潜入する作戦だったろうが!」


 セナトには聞こえぬよう声を抑えながら、しかし怒りを込めてサンチェスは怒鳴る。

 ディテールは怒られているという意識が無いのかヘラヘラと笑いながら頭に手をやった。


 「いやー、私も重々承知してたんですけど……、“人喰い”さんが一人でいい、グリフォンたちに合流しろと言うものですから……」

 「ちっ……。アイツ勝手な真似を……。―――まぁいい。それより今はこっちだ!」


 二人が向き直ると、セナトはカウントでよするように拳を毎秒ごとに打ち合わせている。


 「三人……。実力を測るにはちょうどいい」


 呟きながら、セナトは三人に突っ込んで行く。



―――――――――――――――――――――



 ―――ステンドグラスから月光が刺す本堂内。

 祭壇の前で、ウルカは天井から吊るされるように、宙を浮いていた。

 意識は無いようで、俯き、糸が切れた人形のように動かない。

 その前でブツブツと詠唱するのは、もちろん女神グアリーであった。

 

 そんな彼女に忍び寄る影。

 音も無く、気配すら無く。ただ、翠色の瞳を光らせ、意を決したように一瞬にしてグアリーとの距離を詰めた。

 しかし―――

 まるで来る事が分かっていたかのように、グアリーは身を捻って躱す。

 そして、精製した“黄金の剣”を持って、“人喰い”のローブを切り裂いた。


 「ちっ!」

  

 人喰いはバックステップで再び距離をあける。


 「まさかここ迄たどり着く者がいるとは……。しかし、来るならば貴方だと思っていましたよ、“人喰い”さん」


 剣に絡まったボロ布を振り払い、女神は剣先を人喰いへ向ける。


 「以前より、随分醜い姿になりましたね。もはや完全なる獣。言葉も忘れてしまいましたか?」

 「黙れ」

 「威勢は相変わらずのようですね」


 人喰いは姿勢を低くし、何時でも距離を詰められるよう準備をするが、グアリーは刃を床に突き立て、諭すように話す。


 「貴方がウルカを救いたいのは分かります。しかし、何か明確な方法はあるのですか? 仮に私から奪えたとしても、貴方は何もできない」

 「―――契約主である貴様を殺せば、契約は切れる。そうすればウルカ様を蝕むものは何も無いだろ」


 鋭く伸びた歯を剥き出して威嚇する人喰いに、グアリーは堪らず吹き出してしまった。


 「私を殺す? 面白い冗談ですね。知らないのですか? 神を殺せるのは、同じ立場である神だけなのですよ?」

 「知っているさ、なら貴様が契約を切るまで痛ぶるまでだ」


 人喰いの何かを掴むようなジェスチャーに、グアリーは反射的に喉元のアザを撫でた。  


 「戯言を……」


 グアリーは怒りに任せ、振り下ろすように指を鳴らす。

 すると壁の一部が鎖の形を成し、人喰いの身体を縛り付けた。


 「教団本部には至る所に“黄金”が使われています。こうして貴方を拘束するのも容易い」

 「くっ……!」


 人喰いは力任せに鎖を引っ張る。が、軋むばかりでヒビすら入らない。


 「そこでウルカが生まれ変わる瞬間を見届けなさい。まぁ、その姿では指もくわえられないでしょうけど……」


 グアリーは踵を返し、再び詠唱を―――。

 と彼女自身も詠唱を再開させるつもりだったのだが、頭の中を一つの疑問が掠めた。


 「……腑に落ちないのが」


 グアリーはそう切り出すと、人喰いの方へ向き直る。


 「何故そこまでウルカに執着するのです? 貴方は雇われの身であるはず、雇い主がいない今、貴方は自由なはずです。それなのに何故ウルカを守ろうとするのです?」


 至極真っ当な疑問だ。

 自身の腕までちぎり、姿を歪めてまでウルカを助けようとする理由がグアリーには分からないのだ。

  

 「―――普通、“人喰い”に赤子を抱かせるか? ……普通ならしないさ。当の私だってやらない」

 「何の話を……」


 脈略も無さそうな事を、シャルロットは語り始めた。

 鎖が軋む。

  

 「でも、サクル様は違った! 彼女は私を信じてくれたのだ。“人喰い”である私にウルカ様を抱かせてくれた!」


 ―――私は│彼女《サクル様》から沢山のもの貰ったんだ。

 “人喰い”の中で、サクルとの記憶が溢れ出す。


 「居場所も、言葉も、習慣も全て教えてくれた!

 髪を撫でてくれた! 抱きしめてくれた! そして ―――私に名前をくれた!!」


 ―――そうだ……。私は“人喰い”なんかじゃない。

 あの時、サクル様から名前を貰った時から私は“人喰い”じゃない!


 「私は“シャルロット”! サクル様が最初にくれた大切な│もの《名前》。彼女が私に全てをくれたように、私も彼女の全てを―――ウルカ様を守ると決めたのだ!」


 鎖が音を立てて崩れ落ちる。

 彼女を縛るものは何も無い。


 「そんな……馬鹿な!」


 迫り来るシャルロット。

 グアリーは剣を引き抜く。

 シャルロットは、はっきりと目にした。

 ―――グアリーの背後に、大きな白色の扉が開くのを。

 ―――腕には“獅子”を纏い、背中には“蛇”を携えた少年が現れるのを。


 「いつぞやのお返しだァァァァァ!!」


 咄嗟に振り向くも間に合わない。

 グアリーの頬にめり込まれる“獅子”。

 それと同時、シャルロットは鋭い牙によって、グアリーの右腕を喰いちぎった。

 

 「グッツア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」


 酷く顔を歪めながらグアリーは悶絶し、一度に起きたことを整理するように辺りを見回す。


 「何故っ! 貴様が?!」

 「どうも! 今回は登場成功、って感じだろ?」


 笑うヨツバに殺意を覚えるも、グアリーは顔を手で覆い、自分に言い聞かせるように呟く。


 「落ち着きなさい、落ち着きなさい……。雑魚が一人増えただけの事。“人喰い”が与えたダメージも、腕の肉を少し噛みちぎっただけの事……。何も問題はない……、 何も問題は―――」


 しかしグアリーは言いながら思い出してしまった。

 “人喰い”の……“未確定(シェイプシフター)”の性質を―――。

 ―――奴らは食べた生物の性質を得る……。

 気づいた瞬間、グアリーは“人喰い”を見る。……しかし、遅かった。

 視線の先には、女神(グアリー)の肉を食べて悠然と佇むシャルロットの姿。

 無かったはずの右腕が、黄金の粒子で形作られていた。


 「これで、私も“神”だ。―――貴様を殺せる」 

間違いなく、ヨツバの登場シーンで一番かっこいい。これがやりたかったんです。


そして、シャルロット。小説を書いててここまで感極まったのは初めてでした。完全に私のやりたいことを詰め込んだ展開でしたが、少しでも多くの方が好んでくれれば幸いです。

物語も佳境になってきました。


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