そして“神殺し”だ!
“グアリー教団本部”にほど近い路地。
“人喰い”は緑色の瞳で、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。口からは白い息が漏れている。
そんな彼女に、愛銃の“アルゲーザー”を担いだサンチェスが声をかけた。
「感傷にでも浸っているのか?」
「黙れ」
空から視線を逸らさず“人喰い”は呟く。
サンチェスは鼻で笑うと眼鏡を外し、空を仰いだ。
「綺麗な満月じゃないか……。“食事”はしなくていいのか?」
「今の私には関係ない……」
人喰いは踵を返し、大通りに出る。
少し顔を上げれば、“グアリー教団”本部の屋根が見えた。
「―――この件が終われば、死ぬつもりだ」
フードの中で煌々と光る緑色の瞳。そこには明確な決意が宿っていた。
その決意は破滅へ向かうのか……、それとも他の意味があるのか、彼女以外には分かりようもない。
「準備が出来ました。いつでも出撃可能です」
“疎楽園”であるディテールが肩を回して、路地から出てくる。
剣や銃などの武器は何一つ持っていない。服装に至っては……、胸部と腰部に布を巻いているだけ。つまり、ほぼ裸同然である。一応頭には“蜘蛛のアクセサリー”だけ載っていた。
あまりの衝撃に思わずサンチェスは吹き出してしまう。
「なんだ貴様その格好は! これから戦闘なんだぞ!」
「すいません……、“厚着”しすぎると動きにくいんです。これでもう一枚着ているわけですから……。“クネちゃん”がいればちゃんと戦えますから」
ディテールは申し訳なさそうに、頭の“蜘蛛”を撫でた。どうやら、“クネちゃん”という名前らしい。
「……行くか」
人喰いが静かに戦いの幕を下ろす。
目的はただ一つ、ウルカの救出。今も尚、教団本部で囚われた彼女の為、人喰いは行くのだ。
「―――まぁ、待てよ。三人ってのは少数精鋭過ぎやしないか?」
サンチェスでもディーテールでもない声に、人喰いは反射的に振り返った。
そこには、グアリー家の制服を纏い、次元祭で買ったという、サングラスをかけた男。
「まさかお前がいるとはなぁ、サンチェスさんよ」
男がサングラスを外し、サンチェスを睨む。
「ふん、今はお前が隊長らしいじゃないかグリフォン」
睨み合う現隊長と元隊長。
ディテールは誰だ? と首を傾げ、人喰いは苦虫を噛み潰したように、フードの中で顔を歪めた。
「何故貴方が……」
「俺だって考えることは同じだ。今からウルカ様を助け出すんだろ? だったら俺も一枚噛ませてもらうぜ」
「しかし―――!」
言いかけて人喰いは気づいた。自分がもう物を言える立場ではないことを……。
ウルカが居なくなり、グアリー家が解体された今、人喰いとグリフォンを繋ぐ関係はないのだ。人喰いが自由に動けるように、何をするのも彼の自由である。
「……好きにしてください」
「そうさせてもらうよ。やられっぱなしじゃ俺の気もすまねえんだ」
グリフォンは喝を入れる様に指を鳴らす。
興奮気味な彼を見て、サンチェスは鼻で笑った。
「三人が少数精鋭などと言っていたが、お前一人で何か変わるのか?」
サンチェスから煽られるも、グリフォンは怒ることなく、むしろ口の端を上げた。
「そう思うだろ? ―――なぁ、お前ら!」
グリフォンが声を張り上げると、何処からともなく、「おぉ!!」という応答が響いた。
そしてグリフォンの背後に何人もの人がぞろぞろと集まっていく。百はゆうに越してるだろう。その中にはちらほらとグアリー家の制服を着た者もいた。
「傭兵から魔術のエキスパートまで、あらゆるツテをつかって掻き集めた野郎共だ。―――これでも戦力にならないか?」
「ふん……、報酬も無しに物好きな奴らだ……」
負け惜しみのようにサンチェスは小声で吐き捨てた。
―――――――――――――――――――――
“グアリー教団本部”では、“転生儀式”のため信者達が忙しなく駆け回っている。
そんな中、儀式が行われる、本堂内は水を打ったように静かであった。
身を清められ、黄金の布を羽織ったウルカ・グアリーは祭壇の前に膝をついていた。
「恐いですか?」
女神グアリーが心配するように顔を覗き込む。突然声をかけられ驚いたが、顔には出さずウルカは平然を装って首を振った。
「大丈夫ですよ。恐怖も、悲しみも……、思い出だってスグに消えます。そして、全て新しく生まれ変わるのです」
慈愛に満ちた、女神という名に相応しい微笑みをウルカに向け、グアリーは立ち上がった。
「―――では、始めましょうか」
その時、本堂の扉が勢いよく開かれた。
「報告します!」
信者の一人が息を切らして膝を着いた。
グアリーの目付きが鋭くなる。
「何事ですか? ここは神聖な場所ですよ!?」
「グアリー家の人間が攻めて来ました!」
俯いていた顔を上げ、ウルカは奥歯を噛み締めた。助けに来たことが嬉しいのか、それとも辛いのか、彼女自身にもわからない。
反対にグアリーの鋭かった目付きは穏やかになる。
「そんなことでしたか……。問題ありませんよ。予め結界魔術を五重に―――」
「既に四つが破られました!」
思わずグアリーから舌打ちが漏れた。頭を抱え、眉間にシワがよる。
「ありったけの兵を投入しなさい。何人たりとしてこの場所に入れてはなりません」
命令を受け、信者は本堂から駆け出した。
「―――セナト!」
その名を呼ぶと、すかさず彼がグアリーの横に現れた。
「出番でっか?」
「転生儀式ともなれば、流石の私も無防備になります。全員食い止めなさい!」
「“食い止めなさい”。……つまり、“好きに暴れて来い”って解釈しますぜ?」
セナトは両肩を回して、本堂から飛び出していく。
二人残った部屋の中で、グアリーはため息をついてから、ウルカに微笑みかける。
「邪魔が入る前に始めてしまいましょうか」
そう言ってグアリーが指を鳴らすと、床に描かれた魔法陣が光り始めた。
―――――――――――――――――――――
「まだ解けないのか?」
教団本部の正門前でサンチェスは苛立ちをあらわに、足を揺する。
「落ち着けよ、これで最後の一枚だ。俺の集めた精鋭がいなきゃ朝になってるところだぜ?」
「……こんな結界如き、俺一人でも何とかなったさ」
アルゲーザーを肩に担ぎ、サンチェスはそっぽを向く。
最後の結界も、時間の問題だろう。驚異的な速さだ。……と言っても、相手だって準備を整えているはずだ。そうなればスグに戦闘……。
サンチェスの、アルゲーザーを持つ手が疼いた。久しく得ていなかった血のたぎりを実感し、アルゲーザーのトリガーに指をかける。
「おい、サンチェス!」
「なんだ! 今いいところだったんだぞ!」
グリフォンに呼ばれ振り返ると、何か小石のようなものを投げられた。
「それが無いと身が締まらねえだろ?」
キャッチした手を開くと、そこにあったのは、警備隊長のバッジ。
「昔みたく、指示を頼むぜ。“隊長さん”よ」
「こんなものでどうにかなるものか!」
と言いつつ、サンチェスはバッジを胸ポケットにとめる。
「しかし、有難く受け取っておこう……」
「結界が解けます!」
結界の解除にあたっていた魔術師の声が響く。
いよいよだ……。サンチェスは“神眼魔術”の施された眼鏡を掛け直す。
グリフォンは拳を打ち合わせ、再び声を張り上げる。
「さぁ! ウルカ様救出、そして“神殺し”だ!」
予定してた半分しか書けませんでした。
どうせなら出しちゃえ! みたいな軽い気持ちでサンチェスを再登場させましたが、書いてて楽しいですね。
次回は水曜日。そろそろ7章もクライマックスです




