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何でもくれてやる


 グアリー邸、2階の壁には歴代当主の自画像が飾られている。

 目に付く場所にあるものの、興味は湧かなかったのでいつも素通りしていたが、時たまサクル様と一緒にゆっくりと眺めることはあった。


 「これが私の祖母にあたるフィナス様よ。……と言っても会ったことはないのだけれど」


 サクル様がしてくれる、歴代当主の話はあまり詳しいものではなかったけれど、話している間、彼女の手が私の肩に触れていて気分は良かった。


 「皆、女性なのですね」

 「どういう訳か、女の子しか生まれないみたいなのね……」


 サクル様は少し寂しそうに肖像画達を見回す。私の肩を掴む手に少し力が入った。


 「でも、お陰で心の準備がしやすいわ。男の子だったらきっと手をつけられなかったもの」


 サクル様が気を取り直すように笑顔をつくる。その笑顔は何処か影があり、声がかけづらかった。

  

 「知ってる?」


 サクル様が上から私の顔をのぞき込む。


 「娘の名前は母親から送られるの。それがグアリー家の代々伝わる伝統なのよ?」

 「そうなのですか……?」


 私は、大きく弧を描いたサクル様のお腹に手を添える。

 もうじき生まれてくる子がとても羨ましく思えた。きっと彼女はサクル様の愛情を1番に受けて育つのだ。


 「そうなのよ。だからシャルロット、貴方が“この子”に名前を送って?」

 「え?」


 鼓動が大きく動いた。少しの間思考が止まる。

 おかしい……。今さっき言ったことと矛盾している。              


 「そんな……、私等がそんな大層な事……、出来ません」

 「だって、私は貴方に名前を贈ってしまったもの……。だからシャルロット、今度は貴方がこの子に送ってあげて?」


 サクル様は私の手をとると、自身の腹部にそっと這わせる。

 彼女はなんの違和感も無いように、私へ微笑みかけていた。

 その時は混乱して落ち着いて感がられなかったけど、しばらくして一人になった時、真意に気づいて、涙をこぼしてしまった。

 


―――――――――――――――――――――  



 サンチェスの脱獄から一晩明けた昼頃、サンチェスとシャルロットは人通りのない空き地にいた。

 連絡した“疎楽園”と落ち合う予定なのだ。


 「本当に来るのか?」

 「ちゃんと契約したからな。―――しかしその格好は何とかならないのか? 明らかに金を持ってなさそうだ」


 シャルロットはボロ布をローブのように羽織っている為、傍から見ればかなりみすぼらしい格好だ。サンチェスはそのことを懸念しているのだろう。

 かく言うサンチェスはグアリー家の制服を纏っている。何故隊長用ではないのだ!と文句を言っていたが、それは些細な問題だ。


 「あの……、依頼人の方ですか?」


 二人が声の方を見ると、そこには一人の少女が立っていた。

 両足を揃え、背筋を伸ばして兵隊のように立つその姿。旅行カバンを両手で前に持ち、紫色の髪は後ろで纏められている。髪には大きな蜘蛛のアクセサリー(?)がのっていた。


 「“疎楽園”か?」


 サンチェスが鋭い視線を送ると、少女はコクンと頷いた。サンチェスは大きく息を吐く。


 「出来るなら“アイスストーカー”に頼みたかったが」

 「すいません……。スカちゃん……じゃなくて“アイスストーカー”は別件の仕事が入っていたので、代わりに私が参りました」

 「……なるほど」


 サンチェスが不機嫌なのはシャルロットから見ても分かった。

 “アイスストーカー”。サンチェスの起こしたウルカ・グアリー誘拐騒動で雇われた者だ。今回も要望するくらいだ、実力はあるのだろう。


 「何にしても……」


 サンチェスは眼鏡のフレームを押す。


 「実力が分からないと作戦に組み込みようが無いからな。お前は何が出来る?」

 「そうですね……」


 少女は指を唇に当てて考える。

 しばらくして、思い付いたように顔を上げると、頭に載った“蜘蛛”のアクセサリーを撫でた。

 すると次の瞬間、“蜘蛛”が白い糸を吹き出し、サンチェスの眼鏡を絡めとった。そして縮小し、少女の手元に眼鏡を運んできた。


 「どうでしょうか? “糸”なら自由に扱えます。あとは……色々と出来ますかね」

 「なっ! 貴様何をするのだ!? レンズに触れるなよ!」


 テンヤワンヤのサンチェスに、少女は微笑みながら眼鏡を返す。

 ―――“神眼魔術”でも反応出来ないほどの“糸”捌き。

 戦力になると確信した“人喰い”は静かに頷いた。


 「上出来だ。よろしく頼む」


 受け入れてもらえたことを嬉しそうにしながら、少女は敬礼をする。


 「“疎楽園”の一人、“パープルクイーン”こと、ディテール・アラニールです。新人ですが、よろしくお願いします」



―――――――――――――――――――――    

         


 プロメとミノリに案内されて辿り着いたのは、そりゃあ、“魔王”くらい住んでるでしょ? と言いたくなる程禍々しい洋城だった。

 溶岩の上に、真っ黒な煉瓦で建てられ、例え勇者なるものが攻めてきてもこの光景をまえに怯んでしまうだろう。


 「ほいじゃあ、行くとするかの」


 呆然とする俺を差し置いて、プロメ達が城内へ入っていく。俺は慌てて呼び止めた。

  

 「おいおいおい! 堂々と正面から入るなよ!可能な限り敵の少ないルートを―――」

 「馬鹿かお主は。ワシら週9で“魔王城”(ここ)に通っとるんじゃぞ。皆知り合いじゃ」

 「ま、毎日お茶会が開かれてます……」


 それでいいのか“魔王城”。ジジババの通う市民センターみたいになってるじゃないか。それを聞いたら、恐怖の権化とも言える“魔王城”も、ゲードボールのコースに見えてきた。


 「ほら、分かったら行くぞ。“マオちゃん”暇しとるからな」

 「ちゃん付けする仲かよ」


 アシレイの時のように、室内は電子機器が乱立しているのかと思っていたが、俺の予想を遥かに超え、城はまるで遊園地のようであった。

 バスケットコートやグラウンドがあり、どういう仕組みなのか明らかに外装より大きいジェットコースターや観覧車まであるのだ……。


 「ほれ、“マオちゃん”は最上階におるはずじゃ。時間を潰しとる暇は無いぞ」


 二人は遊具やアトラクションに目もくれず、2階、3階へとズンズン進んでいく。

 室内のはずなのに、途中、太陽サンサンの芝生に出るなど謎空間をくぐり抜け、何とか魔王の待つ最上階へと辿り着いた。        

 

 「着いたぞ。マオちゃんならこの先じゃ」

 「ここが……」


 どんなヘンテコな部屋がやってくるかと思えば、(本来の)魔王城に相応しいと言える、黒紫色の大きな扉が冷気を漏らしながら立ちはだかっていた。

 城内がどれだけ馬鹿らしかったとは言え、流石に生唾を飲んだ。

 中には一体どんな―――


 「おーいマオちゃん、遊びに来たぞー」

 「ア゛ア゛ア゛お前何してんだよ! ノック位するのがマナーってもんだろ?!」


 怒るべきは確実にそこではない……。

 しかし開けてしまったものは仕方ない。プロメを先頭にしてゾロゾロと“魔王の間”とでも呼べる空間に入っていく。

 薄暗く冷たく、紫色の炎が定期的に灯っていた。が、…………薔薇のような香りがして非常にミスマッチだ。多分、燃えているのがアロマキャンドルか何かなんだろう。


 「……誰だ?」


 奥に進んでいくと、天井からの照明に照らされた、大きな椅子に腰掛けている男が現れた。

 男と言っても、頭には二本の角が生えているし、皮膚も紫色なので、彼が“魔王”である事は明確だった。


 「よう、マオちゃん。昨日ぶりかの?」

 「何だプロメちゃんか。部下全員が俺様をおいて社員旅行に行きやがってな……。超暇してたところだ」

 「すまんな。遊ぶ前に少し頼みがあるのだ。―――ほれ」


 プロメが俺の肩を叩き、前に出させた。

 魔王は俺の顔を見ると顎に手を置き、ふむっと唸った。


 「見ない顔だな。新入りか?」

 「今さっき“送られてきた”そうじゃ。で、今すぐ帰りたいらしい」

 「何?!」


 ボケーっとしていた魔王の眉間にシワがより、肘置きに拳を叩きつけ、立ち上がった。


 「何が不満なんだ言ってみろ! ―――今後の参考にもしたいし、ちゃんと改善もするから」

 「いや、不満は無いし、むしろ楽しそうな所だとは思うけど……。まだ“アッチ”でやり残したことがあんだよ」

 「なんだ! 女か?!」

 「…………まぁ、そんな所か?」

 「カァー。主人公かお前は! 自分も守れなかったからココにいると言うのに、強欲にも女を助けたいとはな」


 魔王は詰まらなさそうに玉座へ腰を下ろし、欠伸をしながら片肘を着いた。


 「最近のガキは気取っとるなー。こんな過ごしやすい環境があると言うのに、それを女のために捨てるとは……。アダムとイブも真っ青だ」

 「別に何だっていいだろ! で、可能なのか?」

 「あ? 次元の壁を越えたいのだろう? そんなもの朝飯前だ。―――しかし、それなりの対価は払って貰うぞ。慈善活動ではないからな」


 グチグチと小言を言われたが、“転生”自体は可能のようだ。

 後はやつが求める“対価”を差し出せばいいだけである。


 「よし、じゃあ俺の魂を―――」

 「却下。誰が貴様の命なんざ望むか。一銭の価値もないわ。逆に聞くが、野郎の魂なんざもらって貴様は嬉しいのか?」


 確かに、魂なんて貰っても嬉しくない……。男のものとなれば、何だか汚そうだ。


 「じゃあ、俺の魔力を―――!」

 「きったねぇ魔力だな……。“純黒”なら喜んで取引したが、貴様のはまるで泥ではないか。俺の取り分もほぼ無い」

 「じゃあ肉体を―――」

 「却下。野郎のものなんざいらん」

 「じゃ、じゃあ感情とか記憶とかそういう系は?!」

 「貴様の記憶なんざ大した価値になるかよ」

 「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛! じゃあ、何なら欲しいんだよ」

 「そうだな……」


 魔王は俺の全身を……、もしかしたら内面までをじっくりと眺める。こういう契約の時に使われそうなものは全て言ったつもりなのだが……、彼の目に叶うものはあるのだろうか。


 「無いな。貴様に対して一切の魅力も感じん」


 返ってきたのは無慈悲な答え。

 まさかそんなに魅力が無いとは……。自分でも驚きである。


 「しかしな、一つだけ価値の見いだせるものがある」

 「マジか!? 何だよ!」


 こうなれば“それ”を差し出す以外俺に手はない。

 魔王は遊戯でもするように口の端を歪めた。その表情からは今までのふざけた感じは無く、まるで悪役のそれであった。


 「―――未来だよ。貴様の未来なら価値あるものになるかもしれん」


 未来? ……抽象的すぎって何を指しているのか分からない。寿命とでもいいたいのだろうか?


 「……結局俺の何が欲しいんだよ」

 「言ったろ? 貴様には価値が無い。だが、貴様の子供には有るかもしれん。あるいは、お前の孫なら、お前の曾孫なら……。そういう具合に、末代まで魂に魔力……そしてその他諸々まで全て俺様に献上する。それが俺の求めている貴様の“未来”だ」


 「分かった、“未来”でも何でもくれてやる」

 

 「どうする? 貴様にはほぼ無害だが、ガキ共からは相当恨まれるぜ? なんせ生まれた瞬間から全てが自分のものじゃ……。……え、ちょっと待て決断速過ぎないか?」


 戸惑う俺を見て楽しもうとしたのだろうが、逆に、即決した俺に魔王が戸惑う自体となってしまった。


 「え? 本当にいいのか? 俺様、やる時はやるぞ? その時になって泣いても全部貰ってくぞ?」

 「構わないな。俺は無害だし」


 その場が静まり返った。

 ヤバいやつを見るような視線が全員から向けられている。


 「プロメちゃん……、俺様恐いわ。最近の子って皆こんな冷酷なの? 少なくとも30分くらいは悩むとおもったんだが……」

 「こいつが特別なんじゃよ……」

 「ちょっと待てちょっと待て! なんで俺一人を悪者みたくするんだよ! 俺にだってちゃんと考えはあるぞ」


 俺は親指を立て、自分の顔に向ける。


 「そもそも、結婚できるように見えるか!?」


 次の瞬間、皆が納得したように手を叩いたので、自分から言ったとはいえ流石に憤りを覚えた。


 「ま、まぁ良いだろう。契約は成立だ。貴様が何と言おうが、どうなるか分からない、それが“未来”だからな。ガキが出来た時はしっかりと果たしてもらうぞ」


 魔王は片手をかざしながら、しばらくブツブツと何かを唱える。

 すると、彼の背後に眩い光を放つ、大きな白色の門が出現した。


 「これを通れば、貴様の望む場所へ飛べる」


 これで、元の世界に帰れる……。

 拳をつくり、俺を魔界に送った女神に怒りを溜めていく。


 「じゃあな、オオバヨツバ。二度とこっちに来るでないぞ?」

 「こっちから願い下げだ。お前らとはもう一生会いたくねえよ」


 なんの偽りもない本心をぶつけ、俺は扉へと階段を登っていく。


 「契約、忘れるなよ?」


 魔王が横目で俺を睨む。

  

 「宝くじでも買ったつもりで気長に待ってろ」


 望む場所に跳べる……。

 ならばと思い、俺は“蛇”と“獅子”を顕現させた。   

役者は揃いましたね。

次回からウルカ救出編になります

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