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副校長の馬鹿! マヌケ!


 旧校舎3階にある、“異世界文化研究会”の部室で、ミヤビとビオラは頭を下げていた。


 「どうか……、どうかこの通りです、メイザっち様」

 「そんなに頼まれても無理なものは無理よ。ていうか、何その呼び方……」


 アニーに宿った魔女―――メイザースが足を組み、机に肩肘をついて断る。


 「オオバヨツバを探せって……、貴方(イロツキ)に出来ないのに、私が出来るはずはずないでしょ?」

 「私もお手上げ状態なんだよぉ……。どんなに細かく探っても、ヨツバっちの気配が見つからないんだ」

 「縋る藁を間違えたわね。私が扱えるのは“糸”だけよ」


 「そんなぁ……」とミヤビが肩を落とす。

 昨晩、ビオラが駆け込んできてからというもの、一睡もせずにヨツバの気配を探り続けていたが見つける事が出来なかったのだ。

 “魔女”と呼ばれるメイザースならもしや、と考えたが、結果としてこれもダメだった。


 「ミヤビ氏にも見つけられんとなれば……」

 「ご臨終という可能性もありますな」


 部屋の奥で機械をいじっていたロザとウィリーが、ふと呟いた。

 軽い冗談のつもりだったのだろう。しかし、弱ったビオラの精神には痛いほど刺さったようだ。

 片目につけた眼帯に染み込む程、大粒の涙を零し始めた。


 「うぅ……。私がいけないのです。私が止めておけばこんな事には……」

 「あぁ! ビオラっち泣かせたなぁ!」


 膝を着いたビオラの肩をミヤビが掴んだ。

 人型魔導書に休養が必要なのか分からないが、彼女も昨晩から不眠不休で主人の事を心配しているのだ。ミヤビと同じように、精神的に追い詰められてきているのだろう。

 顎を震わせながら泣き続けるビオラに、その場の誰もが同情し始めた頃、“それ”は前触れもなく起きた。


 「はい! 聞こえていますよ?!」


 ビオラが急に立ち上がる。

 その表情には涙の後すら見えない程にハツラツとしていた。


 「ついに気が違えてしまったか……」

 「持ち主に似ると言うしな。仕方が無いだろう……」


 ロザとウィリーが察したように口を開き、見なかったフリをして機械弄りを再開する。

 その間もビオラは嬉しそうに“独り言”を話していた。


 「ご無事で何よりです!」

 「“魔界”、ですか? なるほど、そちらにはプロメさん方もいるのですね」

 「こちらですか? 一晩明けて昼になります。時間の流れに差があるのかもしれません」


 その光景は見ていて虚しいものであった。

 想像上の主人と話し続ける魔導書。この設定だけで映画の一本位作れそうなものだ。

 しかしビオラの“独り言”には、“プロメ”など懐かしい名前が出てくるのだ。とても想像だけで言ってるとは思えない。


 「ビオラっち、大丈夫?」


 ミヤビが怖々と尋ねると、ビオラは生気の戻った顔を嬉しそうに向けてきた。


 「もちろんですよ! マスターにも怪我は無いようです。ただ、“魔界”と呼ばれる、一種の異世界にいるようそうで……」


 ―――“異世界”?

 確かに、ヨツバが“ココ”とは別の世界にいるとすれば、ミヤビが探知出来ないのも頷ける。

 しかしそうだとしても、ビオラはどうやってヨツバと交信していると言うのか……。ミヤビには検討もつかなかった。


 「―――分かりました。では私が行きましょう。到着し次第、こちらから呼びかけます。ええ、私からでも“共有”はできるはずです」


 通信(?)が終わったようで、ビオラはホッとため息をつくと、すぐに真面目な表情をミヤビに向けた。


 「行きましょう、ミヤビさん」


 話が読めないミヤビは困惑気味に聞き返す。


 「行くって何処に? その“魔界”ってとこ?」

 「違いますよ、“副校長室”です」


 

 「―――マスターを再び“転生”させます」

        

     

―――――――――――――――――――――



 「やったぁ! 念じれば誰かに通じるんだな!」


 ビオラとの交信に成功した俺は、宿敵の家であることも忘れて、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねる。


 「そんな……、別次元の相手と会話など出来るのか?! ―――ってお主そんなに飛ぶな! シーツにシワができるじゃろ!」


 プロメの文句も気にせず、俺は跳ね続ける。


 「でも何でビオラに通じたんだ?」

 「くぅ……、急に冷静になるでない。そんなものコッチが聞きたいわ。会話から察するに相手は、あの人型魔導書じゃろ?」

 「そうだけどさ……。なんでだ?」


 飛び跳ねるのをやめ、落ち着いて思考を巡らす。

 誰かに通じないかと念じているうちに、ビオラの心配する声が響いてきたのだ。最初は幻聴かと思ったが違った。

 こちらの状況を説明し、“アチラの世界”に戻るため、俺を最初に呼び出した張本人、副校長を頼ることにしたのだ。

 一度俺を召喚したアイツならチョチョイのチョイで俺を帰還させてくれると考えた次第である。

 あのにっくき髭爺……。最近登場しないと思えばこんな所で役に立つとは……。

 副校長の事を思い出していると、ふとビオラを買って貰った日のことが頭に過ぎった。

 たしか、俺の詠唱が速すぎて注文通りの外見にならなかったのだ。

 その記憶は、1つの答えを過ぎらせた。


 「そっか……。“思考共有”か」

 「“思考共有”じゃと?」

 「そうそう。ビオラに搭載されてた機能だ。文字の読めない俺の為に、詠唱文を“共有”できるんだよ」


 久しくやって無かったから、すっかり忘れていた。少し前までビオラがいなければ何も出来なかったのだ。…………それは今も変わらないか。


 『マスター、副校長室前に到着しました』


 ビオラの声が思考に響く。


 『ありがとよ。俺が直接交渉するから、俺の言葉をそのまま話してくれ』


 思考内で会話を終え、俺は意気込むように拳を作った。




 「し、“思考共有”と言いましても、そんな事可能なんですか?」

 「不可能じゃよ。基本的にはな」


 意気込むヨツバを尻目に、二人は声を潜める。


 「転生者でさえも、“魔界(ここ)”にこれば神との契約が切れる程じゃ。なんせ世界が違うからの」

 「で、で、では何故?」

 「……それ程奴らの経路(パス)は深いものなのじゃろ。異世界など関係ないほどにな……」

  


―――――――――――――――――――――



 副校長室前に到着し、大きく息を吐くビオラに、ミヤビは声をかける。


 「大丈夫なの? ビオラっち……。一応状況は把握出来たけど」

 「はい、大丈夫です。私はマスターの声に従うだけですから」


 ―――余計心配だなぁ。

 ミヤビはそう思いながら頬を掻く。

 ヨツバに言われたのか、ビオラは柄にも無く扉を蹴破った。


 「おらっ! 殴り込みだ、副校長! ―――マスター、……少し乱暴ではありませんか?」


 ビオラは可愛らしい声に出来る限りのドスを利かせる。しかしやはり抵抗はあるようだ。

 机の上で盆栽をいじっていた副校長は反射的に身構えるが、やって来たのが乙女二人と分かると、取り出しかけていた術具を棚にしまった。


 「なんじゃ……、ヨツバかと思ったぞ。どうした? 珍しい組み―――」

 「ところがどっこい、ヨツバなんだよストレンジ副校長! ―――流石に初老の方の髭を引っ張るというのはやり過ぎかと……」

 「痛い痛い! なにをする?! 一体どう言うことじゃ」


 自身が言ったように、机へ乗り出し、副校長の髭を引っ張るビオラ。

 目の前にいないせいか、ヨツバの言動がいつもより凶暴に思えるミヤビである。

 ヨツバ……元いビオラが暴言を交えながら副校長にこれまでの出来事を話す。

 その光景は普段のビオラを知っている者からすればかなり異様で、知らない者ならば“そういうプレイ”と勘違いするだろう。

 現にミヤビも、見ていて何故か恥ずかしくなっていた。


 「……と、言うわけだ。俺を“コッチの世界”に戻して欲しい。―――私からもどうかお願いします」

 「なるほど……。グアリー家にそんな事が起きていたとはの……」


 副校長は引っ張られた髭を整え、大きく咳払いをした。

  

 「―――しかしワシには無理だ」


 ストレンジの口から出た答えはあまりにも無慈悲なものであった。


 「―――なっ!」


 ビオラの口から漏れたのが、ヨツバの声なのか、ビオラ自身のものなのかは分からない。

 しかし、ストレンジは嫌がらせで言っている訳ではないようだ。その瞳は無力さと諦めで濁っていた。


 「ワシにはな、特定の人間を転生させるほどの魔力は無いのだ」

 「なんでだよ! 俺の時はどうなるんだ!」

 「あれは別世界の“ランダム”な人間を召喚する魔術……。お主が呼べたのは偶然なのだ」

 「では、マスターはどうなるのです?!」


 ビオラが叫んだ。

 副校長は残念そうに首を振る。


 「ワシには何ともしてやれん。それこそ神にでも頼まんと……」


 寂しげに告げるストレンジに、ビオラは顔を俯かせ、体をふるわせる。


 「副校長の馬鹿! マヌケ! 阿呆! ア……ちょっとマスター! そんな破廉恥な言葉まで……」



―――――――――――――――――――――



 「クソ! なんでだよ!」


 一通り暴言を吐き終え、拳をベッドに叩きつけた。


 「どうやら失敗したようじゃの」

 「うるさいやい!」


 不意に落ちてきた涙。

 それを隠すようにシーツへ顔を埋める。

 頭より先に感情が理解したのだろう。―――皆ともう会えない、と。ウルカを救う事ができない、と。


 「泣くなら面へ出てくれぬか? お主の体液が染み込んでしまうじゃろう」

 「うるさいやい! 少し位いいだろ!」


 プロメの大きなため息が聞こえてくる。


 「なぁ落ち着け、お主よ。何故ここが“魔界”と呼ばれとると思う?」

 「……治安が悪いから?」

 「残念じゃが、ここは何処よりも平和じゃよ。犯罪率がゼロを下回る程にな。理想と言えるの」


 “魔界”が住みやすい場所だと説得しているのだろうか。慰めにしては少し早ぎる気がするな。とりあえず今は泣かせて欲しいというのに……。


 「正解はな、“魔王”が住んどるからじゃ」

 「はぁ?」

 「ま、“魔王”と言ってもわ、悪者ではありません。じゅじゅ、純粋に魔物の王さまなんです」


 この話は何処へ向かっているんだ……。


 「……何が言いたいんだよ」

 「その“魔王”ならお主を帰せるかもしれんぞ?」


 反射的に顔を上げる。

 これでプロメがほくそ笑んで、冗談でしたとでも言ったら本気でキレていただろう。

 しかし、彼女達の顔は真剣だった。

本来は前話と今回で一つの話にする予定でしたが、予想より文字数が多かったのでこうして分けました。

時系列的が少しバラバラで、

今回の話

サンチェス脱獄

になっています。少しややこしいですね。



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