ヨツバは元気だった?
シャルロット―――彼女の一日は日の出とともに始まる。
グアリー家の敷地内にある小屋が寝床だ。起床するとまず鏡の前に立ち、自身の身体に“おかしな点”が無いか念入りに確認する。
満月が近くなると身体に異変の起きる時があるのだ。“尻尾”のように隠せるものなら問題ないが、“耳”など生えていた日には一大事てある。
「大丈夫か……」
確認を終えると安堵の息を吐き、グアリー家の制服を身に付ける。
再び鏡の前で身だしなみを整えると、シャルロットはゆっくりと息を吐き小屋から出るのだった。
―――数時間後
シャルロットは朝食の載ったトレイをウルカの部屋へと運んで行く。
メニューはハムや卵などの一般的な朝食に、ウルカの好物であるリンゴを刻んだものだ。
本来なら専属のコックが食事を作るのだが、ウルカの要望もあり朝食だけは彼女が作ることになっている。
何年も続くいつも通りの仕事。しかし、この頃彼女の顔はどこか浮かなかった。
部屋の前に座る警備隊に軽く会釈をし、シャルロットは扉をノックする。
「おはようございます、お嬢様」
出来るだけ明るい顔を貼り付け、無理にでも明るい声を出す。
何時もならカーテンを締切ってまだ眠っているウルカも、今日はベッドの上に座り、窓から景色を眺めていた。
「おはよう……。シャルロット」
不器用な笑顔を向けるウルカ。
「もうお目覚めでしたか」
「ううん……。あまり眠れなくて……」
顔色が悪いのは寝不足だけが理由では無いだろう……。
シャルロットは朝食のトレイを机に置くとウルカの傍に膝を着き、彼女の手を握った。
「まだ体調は優れませんか?」
「…………大丈夫よ」
ウルカはそれだけ言うと、顔を俯かせる。
取り乱しそうな思考を押さえつけ、シャルロットは落ち着いて立ち上がった。
「朝食を用意致しました。こちらへどうぞ……」
しかしウルカは立ち上がろうとせず、ベッドに座ったまま首を横に振った。
「ごめんなさい。食欲も……」
ウルカは申し訳なさそうな顔をする。
「問題ありませんよ。では、身体を拭きましょう」
―――問題ない訳が無い。
ウルカはここ数日、何も胃に入れていないのだ。しかし食べなければいけないのは彼女が一番分かっているだろう。
だからシャルロットは何も言えないのだ。
身体を拭くため濡れたタオルを用意し、シャルロットはウルカの背中に手をかけた。
その時―――
「うっ……!」
痛みを噛み殺したような声を漏らし、ウルカが苦しそうに顔を歪ませる。
「大丈夫ですか?!」
シャルロットは叫び、ウルカを刺激しないよう慎重に服をめくり上げる。
その光景を見てシャルロットは息を飲んだ。
背中に刻まれた詠唱文が淡く金色に輝き、その範囲を肩にまで侵蝕するように広げていたからだ。
「いつからですか?」
シャルロットは問いかける。その声には多少の苛立ちが含まれていただろう。
「いつからですか!」
答えないウルカに、堪らず声を張り上げる。
「……一昨日、位かな。でもずっと続いてたわけでは……、無いと思う」
―――そんな前から!
シャルロットは叫び出しそうになる。
話してくれなかったウルカより、気づけなかった自分に、耐えられない程の苛立ちを感じた。
「大丈夫よ……。別に痛くも無いし、そのうち収まるわ」
目を細め微笑むウルカ。
何と返していいか分からず、シャルロットは背中の輝きが収まるのを待ってから体を拭き始めた。
「ヨツバは元気だった?」
しばらく流れていた沈黙の時間。それを破ったのはウルカだった。
ウルカが最後にオオバヨツバと会ったのは長期休暇前の事だ。かれこれ数週間は顔を合わせてないことになる。
「ちゃんと強くなってる?」
「ええ……。かなり成長してるように見えました」
昨晩、路地裏で会ったヨツバのことをシャルロットは思い出す。ちゃんとは見ていないものの、彼の雰囲気は侮れないものに仕上がっていた。
「そう……。今度会いたいわね」
「そうですね……」
ウルカの表情にやっと本当の明るさが戻った気がした。
身体を吹き終えると朝食のトレイを持ち、シャルロットはドアノブに手をかける。
「ではお嬢様、ゆっくりお休みください」
「ありがとう……。食べられなくてごめんなさい」
「構いませんよ。では―――」
扉を締めると、ドッと疲れが襲ってきた。“気にしないように”装うのも楽ではない……。
ウルカがああして寝込んでしまったのは数週間前。今までも、断続的に“ああいった状態”になってしまう事はあったが、こんなに長期なものは初めてだ。
原因は分かりきっている。彼女の背中に刻まれた詠唱文だ。
“グアリーの黄金魔術”を扱う代償として使う度に術者の身体を蝕んでいく。それは、元々体の弱いウルカにとって重すぎるもので……。
このままでは―――。
シャルロットの背筋に悪寒がはしった。彼女の中でウルカと、ウルカの母―――サクルの姿が重なる。
シャルロットは奥歯を噛み締めた。
ウルカは寝込んでからというもの、シャルロットには見せていた“弱さ”を全く表に出さなくなった。
いつもは気高く気品のある立ち振る舞いをしているウルカだが、彼女と二人っきりの時は年相応の態度を見せていた。しかし今は、弱っているのを悟られまいと、無理やり虚勢を張っているように思えるのだ。
それを分かっているのに、自分は何も出来ないことが辛いかった。
シャルロットではウルカの重荷を下ろすことが出来ない。その事を彼女と会う度に思い知らされる……。
怒りに任せ朝食のトレイごと、厨房の机に叩きつける。
両手で顔を覆い、その場に座り込んだ。
「おっ、こんな所にいたのか」
指の間から見れば、隊長“代理”であるグリフォンの姿があった。何故か目に“黒い物体”を掛けている。
「なんですかそれは……」
「ああ、これか? “次元祭”で買ったもんだよ。“サングラス”と言うらしい」
グリフォンはサングラスを外すと、大切そうにレンズを拭き始める。
シャルロットの手は再び顔を覆った。
「おっと、起きてくれよシャルロット嬢」
グリフォンは冷たい声色で言う。
「“連中”と会議の時間だ。―――馬車の用意もしてある」
―――“連中”……。
軽蔑を込めて彼らはそう呼ばれている。
シャルロットは奥歯を噛み締める。
グアリー家に来てからというもの、“連中”に好感を持ったのは一度としてなかった。―――忌まわしき“グアリー教信者”の“連中”に。
会議は街の外れにある“グアリー教団本部”で行われる。
シャルロットとグリフォンが会議室に入ると、十人程の男達が真剣な面持ちで縦長のテーブルに着いていた。皆教団幹部……、と言えば聞こえはいいが、自分が儲けることしか興味の無い私利私欲の詰まった奴らだ。
グリフォンが席に着き、シャルロットがその後ろに立つと、議長席に座った初老の男―――ダニールが咳払いをした。
「では、これより会議を始めるとする……」
ダニールは手元の資料に目を落とした。
「内容は他でも無い。ウルカ・グアリーについてだ。我らが主―――女神グアリー様から授かりし、“グアリーの黄金魔術”を唯一扱える彼女だが……、近頃体調が悪化したと報告を受けている。……このままでは、我々の手から“グアリーの黄金魔術”が失われてしまう可能性があるのだ」
場が少しザワつく。それを静めるように、ダニールは再び咳払いをした。
「“グアリーの黄金魔術”はグアリー家に代々受け継がれているもの。使用者にはその身に“グアリー家の血”が流れている必要がある。しかし、ウルカ・グアリーは跡取りとなる子を成せるような年齢ではないのだ」
「母親はどうした?」
幹部の一人が問いかける。
「もう一人作らせればいいだろう?」
横暴にも賛同の声がチラホラと上がった。
シャルロットは堪らず叫びそうになるのを抑え、出来るだけ冷静な声色で言う。
「お言葉ですが、サクル様は亡くなりましたよ。……貴方がたの“欲望”のせいで」
皆静まり返り、シャルロットに視線を向ける。
「……あれは“衰弱”だ。我々は何もしていないではないか!」
「貴方がたが、無理に“黄金魔術”を行使させたせいで亡くなられたのです……!」
シャルロットはハッキリと敵意を向けて言い放ち、拳を机に叩きつける。
これだからシャルロットは“連中”を好きにはなれない。皆自分の立場を、富を守るために話している。“黄金魔術”から得られる“金”が欲しいだけなのだ
「おい……シャルロット、少し抑えてくれ……」
グリフォンに小声で言われ、シャルロットは渋々後ろに下がる。しかし、その鋭い瞳は幹部全員を睨みつけていた。
気まづい雰囲気の中、議長であるダニールが会議を再開させる。
「死因はともかく、サクル・グアリーが亡くなっているのは事実だ。つまりグアリー家の血を引いているのは、ウルカ・グアリーただ1人だけということになる……」
「ではどうするのだ!」
“連中”の一人が喚いた。富を失うのが相当怖いのだろう、額に汗を浮かべている。
「―――方法なら有るわ」
その声に、幹部の誰もが息を飲み、シャルロットも目を丸くした。
会議室に突如として入ってきたのは、“連中”が信仰してやまない女神、グアリーだったのだ。
グリフォンを含め会議室にいた全員が立ち上がる。
「グアリー様、まさかお越しになっていましたとは……」
ダニールが深々と礼をする。
グアリーはそれを軽くあしらうと、ダニールの座っていた椅子に腰を下ろした。
それを確認してダニールを除く、会議室の皆は席に着く。
―――女神グアリー。グアリー家に“黄金魔術”を授けた張本人だ。女神という名に相応しくその容姿は素晴らしいもので、シャルロットですら気を抜けば見とれてしまいそうである。
「皆知っての通り、私は“絶対神オーゼ”との権力争いに敗れ、“黄金の力”を一部剥奪されました。そのため“黄金魔術”の使い手を、新しく増やす事はできません。ウルカ・グアリーが亡くなれば“黄金魔術”の使い手は居なくなり、私の存在すら危うくなるでしょう……」
神とは人々の信仰によって存在が確立される。その信仰を集めやすいよう、人間を自身の“変わり身”を置く神もいるのだ。女神グアリーにとってはウルカである。
「それでその“方法”とはどのような!?」
痺れを切らした幹部の一人が食い気味に尋ねる。
女神グアリーはその手に黄金のワイングラスを出現させた。
「形あるものいつかは壊れます―――」
ワイングラスが彼女の手の平でドロドロに溶け始める。その光景にシャルロットは嫌悪感を覚え、眉をひそめる。
「しかし同じ材料を使い、再度作り直せば問題はありません」
そう言うと、溶けた黄金が再びグラスを形作った。
あまりにも抽象的な説明で、皆がそれぞれ顔を見合わせる。
「つまり……、どう言ったことでしょう?」
代表するようにダニールが尋ねた。
「単純なことです。ウルカ・グアリーを“黄金魔術”ごと新しい“器”に入れ替える。―――つまりは“転生”させるのです」
「おぉ!」と連中から嘆声が漏れた。中には拍手さえする者もいる。
「ちょっと待て!」
丁寧語も忘れてシャルロットは叫んだ。「何だまた……」と苛立ちを込めた視線が彼女に向けられる。
「“転生”……と軽々しくいっても、その場合お嬢様は……、ウルカ・グアリー様はどうなるのだ」
「“転生”が済めばお屋敷で今と変わらず生活を送れるでしょう。……ただ、記憶は無くなり、見た目も変わってるでしょうね。でも、今のような“欠陥品”として生きていくより幾分もマシではないかしら?」
グアリーは悪びれることなく微笑んだ。
シャルロットは奥歯を噛み締める。先程から握り続けていた拳からは血が垂れようとしていた。
「心配しなくても大丈夫よ。ウルカ・グアリーさえ引渡してくれれば、後はコチラでやっておくわ。貴方達屋敷の住人は何もしなくていいのよ」
もう我慢ならない!
何がウルカ・グアリーについての会議だ。彼女をまるで物のように扱って、誰一人として彼女の心配なんてしていないではないか!
シャルロットは懇親の力を込めて再びテーブルを叩きつけた。
テーブルにはヒビが入り、会議室は寂然と化す。
「悪いが、お嬢様を引き渡すつもりはない。この問題は我々の手で解決させて頂く」
シャルロットが会議室から出ると、その後をグリフォンが追っていく。
「おいおい、シャルロット嬢! あんな事してタダで済むわけ……」
「では従えば良かったのか?」
シャルロットの鋭い瞳を向けられ、グリフォンは何も言えなかった。
「しかし、“連中”がこのまま引き下がるとも思えねえ! ……きっと実力行使で来る」
「その時は迎え撃つまでだ。ウルカ様は絶対に渡さない。私が必ず守ってみせる」
シャルロットは誓ったのだ。
ウルカが産まれた日に、必ず彼女を守り通すと。
―――――――――――――――――――――
―――シャルロット達が去った後の会議室。
女神グアリーは不機嫌そうにグラスの縁を指でなぞっていた。
「……グアリー様、どうなさいましょう」
逆鱗に触れぬよう慎重に問いかけるダニール。
「交渉が決裂した以上、実力行使しかないでしょう。私の存在がかかっている訳ですし」
グアリーはグラスをテーブルに叩きつけ、立ち上がった。
「今夜にでも出向きましょう。―――ありったけの兵力と、ついでに“彼”も連れて……」
説明パートは難しいですね。書いてて疲れました。(予め設定を考えておかないのが悪い)
さて、以前から体調が悪そうだったウルカさんですが、かなり不味い状態だったようです。彼女はどうなってしまうのでしょう。
そして、今回から基本的にシャルロットさんが主役になります。ウルカを守るため戦うわけです。
次回は水曜日です




