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最後に貴方…


 ―――“彼”の初めての記憶は薄暗い部屋。

 誰かが詠唱する声が聞こえて……、それがとても心地よくて目を覚ました。


 「起動したかしら?」


 髪の長い華奢な少女が、彼の顔を覗き込む。天井から吊るされた照明が眩しくて彼は目を細める。


 「ここは……?」


 彼は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。   


 「私の研究所よ。貴方は私が創ったの」


 ―――なら、先程の詠唱はこの人のものか……。とても落ち着く声をしている。

 彼は自分が椅子に座らされていることに気づき、ゆっくりと立ち上がった。足に触れる冷たい感触が妙に気持ちよかった。

 少女は彼は動くのを興味深げに見ている。


 「動作に問題は無し……」

  

 辺りを見回すと、実験器具が乱雑に置かれた机と、その横に山積みされた本を見つけた。彼はその中から一冊を手に取る。


 「これは……なんだ?」

 「好奇心もちゃんと備わってるようね。―――フィボロスの著書、“精術の基礎”ね」

 「“精術”……?」

 「新しい魔術を創造することよ。何度も読んだものだし、貴方にあげるわ」


 開いてみると本文以外に、自分の意見や疑問、その解答などが無数に書き加えられており、殆ど余白がない状態だった。


 「貴方の名前は“ハヤト”。―――“元の世界”で私が好きだった俳優の名前よ」


 彼は、この時“名前”と“夢”を貰ったのだった。



―――――――――――――――――――――



 「せっかく見逃してあげたのに! 追ってくるなんて馬鹿じゃないの?!」


 いつもの、おどけたような口調は何処へ行ったのか。ミライは鬼の形相で、感情を露わにタガーを振り回す。


 「一度始めた勝負、決着が着くまで止められるはずがなかろう!」


 アーサーは剣を振り上げ、ミライの頭部を狙う。ミライは首を曲げるだけでそれを躱した。


 「“頭”を狙おうとして動きが単調になってるんじゃない?」

 「そういう貴様も、スピードが落ちているのではないか?」


 言葉を交わしながらも、刃を振るい合う二人。

 彼らの言う通り、ミライは怒りから、アーサーは疲労から互いに動きが鈍くなっていた。しかし、それでも並の生徒では見切れない太刀筋である。


 「……分かんないのがさ! なんで貴方達は“ハヤトお兄ちゃん”を助けようとしてるんだよ! あんなデキソコナイ居たって何の役にも立たないのに!!」


 ミライは唐突に苛立ちを口にした。

 彼女には理解できなかったのだ。何故何人もの人間がゼキノや自分を邪魔するのか。自分の明らかな下位互換であるハヤトをこうも助けようとするのか。

 混乱するミライの思考をよそに、アーサーの答えは単純なものであった。  


 「ハヤト? 誰だそいつは」


 ミライの思考が一瞬止まった。予想外すぎる返しである。


 「なんで!? オオバさんも、貴方も、皆あのポンコツの為に動いてるんじゃないの?!」

 「俺がこうして剣を振っているのは、貴様がレイビアに手を出しかけたからだ! それに、オオバは人の為に拳を振り上げるような器ではない」


 アーサーは言いながら苦笑する。


 「奴は私利私欲の塊だからな。そのハヤトとやらの事なんざちっとも考えていないだろう。アイツはいつだって自分の為に拳を上げる。自分が気に食わないから勝負を挑みに行くんだよ」


 ミライの思考は一層混乱した。

 彼女は学園の生徒のデータは全て記憶れている。そこにある記録によれば、オオバとハヤトは少なくとも“友人”というカテゴリに分類されているのだ。しかし、アーサーの言い分が真実だとすれば、オオバとハヤトの間におおよそ“友情”というものが芽生えているとは考えられないのだ。


 「―――どうやら、“あちら”は決着したようだぞ?」


 アーサーはニヤリと笑った。

 ミライは振り返る前から目を見開く。最初彼が何を言っているのか分からなかった。

 湧いてでる恐怖心を押しつぶしながら、首を後ろへ曲げる。


 「―――“ママ”?」

  

 涙声で子供のように呟く。

 そこにあったのは、地面に倒れたゼキノの姿。          

 まるでクリスマスの夜に本物のサンタクロースでも見たかのような、驚きと悲しみのこもった顔。その頭が、鋭い音と共に首から離れた。


 「スキを見せたな……」


 落下していく視界で、アーサーの寂しそうな表情が目に入った。


 「まさか不意打ちな―――」


 ミライの言葉を遮るように、アーサーは彼女の頭に剣を突き刺した。


 「レイビアに手を出しかけた罰だ」

  

 カボチャの割れるような鈍い音。血は一滴も流れることは無く、そこには酷く歪んだ“塊”があった。


 「俺かて鬼ではない。貴様の話を聞けば情が移るかもしれないのでな……」


 アーサーは剣を鞘にしまうと、一切の興味を失ったかのようにその場を後にした。

 そして、頭部を無くした身体は静かに地面へ伏せる。



―――――――――――――――――――――



 俺とハヤトで、ゼキノを見下ろしていると、彼女はゆっくりと目を開いた。

 

 「よう、お目覚めか?」

 「えぇ……。懐かしい夢を見たわ」


 満足気な彼女に違和感を持ったが、ハヤトは気にせず、ゼキノを脅すように足で小突いた。

 何故彼はここまで強気に出られるのか……。


 「お前の野望は終わりだ。大人しく撤退してもらうぞ」


 一応、俺が倒したはずなのだが……。何だかハヤトに持っていかれそうな気がする。

 しかし、元々はハヤトの問題である。今更だが俺のしゃしゃり出る幕では無い。


 「ええ……。そのつもりよ」


 ゼキノの答えは予想より呆気なく、素直なものであった。しかしそれも仕方の無いことだろう。彼女の体には無数の“文字”が刻まれ、まともに戦える状況ではないのだ。

 ゼキノは難なく立ち上がると服に着いたホコリを払い始めた。俺の全身全霊の攻撃だったというのに……。


 「……1つ聞いておきたい」


 ゼキノはホコリを払いながら目線を落として問いかける。


 「何故私の命令に背いてまで、この学園に残ろうとしたのかしら?」


 当然の質問だろう。

 接吻をする任務なら俺は喜んで引き受けるところだ。

 

 「俺は立派な“精術士”になる。その為にこの学園で勉学を積む必要があるんだよ」

 「…………誰に似たのかしら」      


 ゼキノはハヤトと全く目を合わせようとせず、指を曲げると“頭のないミライの身体”がコチラに駆けて来た。

 この状態でも動くのかよ……。

 

 「それじゃあ、おいとまするわ」


 ゼキノは踵を返すと、ミライの胴体を連れて歩き始めた。

 引き際はあっさりとしたものだ。これで彼女も真面目に魔力を鍛えるようになるだろうか?

  

 「最後に貴方……」


 ゼキノが立ち止まり、振り返った。


 「貴方と私には、魔力開拓(パス)が通っている……。つまり、貴方が誰かと口付けをすればその魔力は私にまで回ってくる。これの意味が分かる?」


 俺は頭を掻きながらため息をつく。  


 「俺が異性と接吻できるような野郎に見えるか?」

 「…………見えないわね」



―――――――――――――――――――――



 激動の一日も終わり、その日の夜。

 俺達は“いつも通り”203号室―――ハヤトの部屋に集まっていた。


 「思い出しても凄かったなぁ! メイザース殿がこう、バァァッ!と」

 「そうだそうだ、あの時はちびるかと思う程興奮したものだ!」

 「メイザースじゃなくて俺の活躍も話せよ!」

 「マスター、まだ治療が終わっていません。暴れないでください」

 「まぁまぁ落ち着いて。アニっちも、もっと誇っていいんだよ?」

 「め、メイザースが勝手にやったことなので……」

 「なんでお前らは俺の部屋で騒ぐんだよ……」


 部屋はしっちゃかめっちゃか、誰もが自分の話したい事を話している騒がしい空間だ。

 俺はビオラに包帯をまかれ、ウィリーとロザは熱く語り合い、ミヤビはアニーを褒め称えている。そして、ハヤトはいつも通り、部屋が荒らされるのを嘆くのだ。

 ミライに切り落とされた腕も、ゼキノに貫かれた胸も代用パーツがあったらしく、今ではすっかり元通りの身体になっていた。


 「お前ら……、俺の事どう思っているんだよ」


 唐突にハヤトが尋ねた。

  

 「ルームメイト」

 「親友のルームメイトであるな」

 「……強気なガリ勉クールキャラかな?」

 「都合の良い俺の案内役兼、下の階の住人」

 「マスターの御友人」

 「の、ノーコメントです」


 各々全く違った友達がいの無い解答をしたが、ハヤトはちっとも悲しそうな顔はせず、むしろ少し微笑むのだった。

 再び談笑が再開する。ハヤトは諦めが着いたように机へ向かうと、ボロボロの本を一冊開いた。


 「でもヨツバっち、よく勝てたよね……」


 ミヤビは俺の横に座ると、俺の左腕に手を這わせる。


 「この左腕はいただけないけど……」


 楽しげな雰囲気を壊さないように、ミヤビは俺にだけ聞こえるよう呟いた。

 ゼキノとの戦闘で、“文字”に黒く染められた左腕は今になっても消えることは無く、背中に刻まれた“蛇の詠唱文”と結合しているらしい……。ミヤビ曰く異常な事らしいが、解説策は見つかっていない。

 バツの悪さを感じ、ビオラの治療が終わったのを確認すると、俺はすぐさま立ち上がった。


 「あれ? どっか行くの?」

 「ウルカの特訓があるからな。ちょっと抜けさせてもらう」

 「今から? 変な所で真面目だなぁ……。まぁ、無理はしないようにね」


 部屋の連中へ適当に別れを告げ、俺とビオラは203号室から出ていった。


 しばらくしてミヤビはハッと何かに気づいた。    


 「そう言えば、レイビアっちは?」



―――――――――――――――――――――



 誰もいない夜の校舎。その片隅で隠れるように外壁へ背を預けるアーサー。

 その手には“崩剣”の術具が握られていた。

 今日の戦いで、アーサーは何度“コレ”に頼ろうとしただろうか。彼自身数えることが出来ない程だ。

 しかし、彼は“崩剣”に頼らず勝利した。絶えず襲う誘惑に屈しなかったのだ。

 アーサーは満足気に“崩剣”を腰へ付け直し、壁から背を離す。


 「クッ……!」


 その時、全身に鋭い痛みがはしり、再び背を預ける。

 ミライとの戦闘でアーサーは全くの無傷だった訳では無い。致命傷には至らないものの浅いキズを何度も受け、全身に赤い筋が通っているようだった。

 “崩剣”を使えば受けなかった傷。苦戦したが故に得られた勲章、とでも言い換えれば彼の精神は保たれるだろうか。


 「あっ、やっと見つけた」


 そんなアーサーに明るい声がかけられる。

 アーサーが目を向けた先にいたのは、彼が思いを寄せる乙女(?)だった。


 「レレ、レイビア……? 何故ここにいるのだ?」


 声が裏返り、動揺するアーサー。

 レイビアは彼の近くに膝をつくとサンドイッチを彼に差し出した。


 「探したんだよ? もしかしたら何処かで倒れてるかもと思って……。これ僕が作ったんだけどお口に合うかな……?」


 合わないわけがない……。

 アーサーは両手でサンドイッチを受け取ると、宝物でも扱うかのように、慎重に口へ運んでいく。

 ちゃんとアーサーが食べているのを確認すると、レイビアは救急箱を取り出しアーサーの治療を始めた。


 「僕の為にここまで……。大丈夫だった?」

 「いや死にそうだ。心拍数が上がりすぎている」


 レイビアはよく分からないながらも、クスリと笑う。

 心臓の鼓動をどうにか落ち着けたアーサーは、苦戦も悪いものでは無いと、勝利の味に負けず劣らずのサンドイッチを味わうのだった。



―――――――――――――――――――――



 「私は勝つと信じていましたよ?」

 「よせよ……。照れるだろ」


 ビオラと談笑の続きをしながら集合場所の公園に到着した。しかし、そこにウルカの姿は無く、シャルロットさんが一人立っているだけだった。


 「……ウルカはどうしたんです? トイレですか?」


 冗談のつもりで言ったが、シャルロットさんは少しも表情を変えなかった。そして、重い口をゆっくりと開く。


 「―――“お嬢様”は、もう来ない」


 すぐには言っている意味が分からなかった。

 そして自分が何か不味いことでもしたのかと、記憶を掘り起こしてみる。


 「安心してくれ……。君には何の責任もない。“コチラ”側の問題だ。きっと彼女もここに来たがっていた……と思う……」

 「何があったんです!」


 我を忘れて叫んだ。

 シャルロットさんは一瞬俺の目を見たが、直ぐに視線を逸らして首を横に振る。


 「……我々の問題だ。すまない……」


 シャルロットさんはそう言い残すと、公園を悲しげな足取りで出ていった。




 「一体何があったって言うんだよ……。訳わかんねぇ……」


 せっかくここまで来てこのまま帰るのも勿体ない、という訳でいつものメニューだけ熟すことにした。

 “コンテナ”を持ち限界まで詠唱をする。

 すぐに“魔力切れ”の兆候である吐き気を催し、そこで詠唱を中止した。


 「ビオラ、タイムはどうだ?」

 「8分 27秒ですね……」

 「ふむふむ、8分ね。……ん? たしか前は10分まで耐えてなかったか?」


 たしか、夏休みの時は10分まで詠唱できていたはずだ。思い違いだろうか?

 

 悪寒がした。

 左腕に目を落とす。

 新しく刻まれた“獅子”の詠唱文がせせら笑っているような……。                  

これにてゼキノ編完結になります。

男同志の罵り合う友情、みたいなのと契約を切る云々の展開をやりたくて書いていました。もうちょいゼキノの過去に触れられたら良かったかと思います。

一応補足しますと、ヨツバを初めとしたいつものメンバーは本来仲が良くて、“友達”や“親友”と呼ばれる関係なのですが、如何せん皆ドライな奴なので口では友達って言いたくないんすね。でも、言わなくても分かるんです。部屋での会話はそういう意味を込めたんですが、多分私の文章力じゃ表現出来ていないと思ったので……、以上補足説明でした。


次回からは新章、再びウルカの話………と思いきやシャルロットのお話です。

いつもながら2週間ほど時間をもらいます。

では、また次回

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