契約を“切った”
「グァッ!」
ゼキノの細腕に瓦礫が打ちつけられ、彼女は膝から崩れ落ちた。
糸”で繋がれ、メイザースを中心に衛星のように漂う様々な塊。本気を出した彼女の前に、ゼキノはなすすべが無かった。
振り回される樹木や瓦礫を“移動魔術”で避けたとしても、その避けた先で狙い撃ちされてしまう。
「あら? もうお終い?」
腕を抑え満身創痍のゼキノを、メイザースは嗤笑する。
メイザースが指を鳴らすと、幾本の“糸”がゼキノの喉元にまで迫った。
「これでチェックメイト。―――その腕じゃマトモに魔術も使えないでしょ?」
メイザースは冷徹な眼差しで、深手を負ったゼキノの腕を見つめる。
「どうかしら……。貴方みたいな“糸”が使えれば話は変わるかもしれないけど?」
「残念ながら“独占魔術”よ。貴方程度では使いこなせない」
「やってみなければ分からない。もしかしたら貴方より扱いが上手いかも……」
煽てられ、メイザースは眉を顰める。
「減らず口を……。いいわ! その口、縫い合わせて―――」
―――言葉が途切れる。
メイザースの口を塞いだ、突如現れた紫髪の少女―――ミライ。
「おぉ!!」と喚く、ロザとウィリーの声がメイザースの耳に届く。
抵抗しようにも、磁石のように離れない少女の唇。メイザースは身体から魔力が抜けていく感覚に浸るしかなかった。
「―――ぷはっ」
ミライが唇から離れると同時、メイザースは膝を屈し、操っていたいた“糸”が空気に溶けるようにして消えていく。
「良くやったわ、ミライ」
「えへへ……。ママの為だもんすぐに駆けつけるよ!」
ゼキノは立ち上がり、嬉々としたミライの頭を撫でる。
メイザースはその光景を歯がゆい思いで見つめるしかなかった。
「……な、なるほど……“魔力開拓”……ね?」
「流石“魔女”ね。理解が速くて助かるわ」
ゼキノが指を鳴らす。
すると、メイザースのものと全く同じ“糸”が蜘蛛の巣を形作って、背後に具現した。
まるで子供のように目を輝かせ、ゼキノは溢れる感情を抑えるように微笑する。
「これで互角。……むしろ形勢逆転、かしら?」
“移動魔術”、“糸”、そして膨大な魔力。
自分がどれだけ努力しようと、得られなかった“力”に身を震わせる。
ゼキノは先程自分がされたように、“糸”をメイザースの喉に這わせる。
「中々扱いが上手いじゃない……」
「お褒めに預かり光栄。では、貴方の言う“人形”に、貴方自身がなってもらおうかしら?」
メイザースは手に力を込めるも、“糸”は出現しない。“魔力開拓”の影響がまだ続いているのだろう。
「……これまでに無い屈辱ね」
敗北を悟った少女は、発言とは裏腹に静かに目を閉じた。
ゼキノが手を挙げ、号令のように指を鳴らそうとした瞬間―――
「―――っと、そうはさせるかよ!」
突如響いた少年の声。
その場の誰もが予期しない出来事であり、ミライの真上に現れた、“ナイフ”を掲げるヨツバに視線を向ける。
「くらえぇぇぇぇええ!!」
大声を上げ、落下と共に“ナイフ”を振り下ろす。
が、声の割には単調な攻撃。剣先がミライの腕に掠る程度であり、ヨツバはゼキノとミライの間に着地した。
「誰かと思えば、オオバさん……。そんな“ナイフ”一本で今更何しに来たの?」
「何しに来た、だ? ズルして強くなろうとしてる悪い大人を懲らしめに来たんだよ!」
堂々と宣言するヨツバに、ミライは嘲笑せざるおえなかった。
「ふふ……。残念だけどもう手遅れかな? もうママは―――」
ミライは目を見開いた。
その瞳に、今にも倒れそうなゼキノの姿が映ったからだ。
「―――ママ!!」
ミライが叫び、ヨツバを押しのけてゼキノに駆け寄る。
「ママ?! 大丈夫? ママ!!?」
騒ぐ娘を制し、脂汗を浮かべたゼキノは、頭を抑えながらヨツバを睨みつけた。
「一体……何をした?」
ヨツバはナイフの剣先をゼキノに向け、宣言する。
「―――ゼキノとミライの契約を“切った”」
―――――――――――――――――――――
―――数分前
俺のかざした“ナイフ”を見て、ミヤビは唖然としていた。
「ど、どうしてヨツバっちがそんなモノ持ってるの?」
「知り合いの神様がくれた」
「そんな平然と言われても……」
この“ナイフ”は長期休暇に、ネウト族の守神―――アシレイが餞別としてくれたものである。もしかしたら使えるかもと、ミヤビに見してみたのだが……。
恐る恐る俺から“ナイフ”を受け取ると、ミヤビは品定めをするようにを注視する。
しばらくして彼女は息を飲んだ。
「間違いない……、本物の“断絶剣”だね……」
「“トレイガー”ね、名前は知らなかったけど……。たしか、どんな“契約”でも“切れる”んだろ? 」
「そうだけど……。どうするつもり?」
「もちろん、ゼキノとミライの契約を“切る”んだよ」
「はぁ?!」
ミヤビの声が裏返り、俺はハヤトに向き直る。
「ミライがした“魔力開拓”は、“契約”を通してゼキノに伝わるんだよな?」
「その通りだが……」
「じゃあ、その“契約”を“トレイガー”で切っちまえばゼキノに魔力は供給されないんだろ?」
「理論上はそうなるな……」
ゼキノに創られた、ハヤトが言うのだから間違いないだろう。
これで確認は取れた。ミヤビから“トレイガー”をふんだくり、天高く掲げる。
「そうとなれば、再度殴り込みじゃぁぁ!」
「ちょっと! ちょっと?! ヨツバっち、“トレイガー”の使い方分かってるの?」
「分かるわけあるか! 多分ゼキノかミライ、どっちか切れば大丈夫だろ?」
かなり大雑把だという自覚はある。しかし、行動を起こさなければ何も始まらないではないか。
「しかしマスター。……良いのですか?」
ビオラが怪訝そうに眼差しを向けてくる。
彼女の言いたい事は分かっていた。
この“ナイフ”は、本来“俺の契約”を切るためにアシレイがくれたものだ。それを今使うのは筋違いというものだろう。
「大丈夫だよ。ちゃんと考えての行動だ」
「それに……、切った“契約”は誰かが背負わなければならないはずです」
「それも考えてる。大丈夫だ……多分な」
正直、俺の思惑通りに事が運ぶかは分からない。でも、俺“が”ゼキノを倒すにはこの方法しか思いつかないのだ。
「ミヤビ、奴らの真上にテレポート出来るか?」
ミヤビは大きくため息をつき、肩をすくめる。
「ヨツバっちの“無謀”は今に始まった事では無いしね……。いいよ、とことん付き合ってあげる」
―――――――――――――――――――――
―――時は、俺が決め台詞を言った直後に戻る。
ゼキノは俺の持つ“トレイガー”を見て、察したように鼻で笑った。
「まさか“トレイガー”を持っているとは……。驚きね……」
「これでミライとお前の契約は“切れた”。“魔力開拓”の恩恵も得られないだろ」
「ええ……。その通りね……。―――でも」
何が可笑しいのか、ゼキノは声をあげて笑いだした。
「分かっているの? “トレイガー”は契約を切るだけの道具じゃない。誰かに背負わせなきゃいけないのよ。 誰に押し付けるつもりかしら?」
「んなもん百も承知だ。―――俺が背負う以外無いだろ!」
そう宣言した瞬間、おそらく効力を果たしたのだろう、“トレイガー”の刃が灰のように空気中に舞っていく。
あれ? これ音声認識なの? なら、適当にハヤトとかに背負わせとくんだったな……。
「ま、まぁ……、これで“魔力開拓”の契約は“俺とゼキノ”に通ってる。誰の力も借りず、自分の魔力だけで戦おうぜ!」
拳を打ち合わせ、好戦的な態度を見せるも、ゼキノは鼻で笑った。
「ふん、馬鹿な餓鬼ね。私との契約を切って、“ミライと貴方”で契約を結べば“魔力開拓”の恩恵を得られたものを……」
「誰がテメエみたいな真似するかよ。俺は自分の力だけで戦う。何の苦労も無しに力を得ようとはしない」
背中の詠唱文に意識を集中させ、文字で形成された“蛇”を視覚化させる。
「さぁ、タイマンだ」
「タイマン? オオバさん、私を忘れてないかな?!」
両手にタガーを構えたミライがゼキノの前に割り込む。相当頭に来ているのだろう、見たことの無いような剣幕で俺を睨みつけていた。
「そういう貴様は、俺を忘れてはいないか?」
その瞬間、ミライの足元に、見覚えのある錆びた刀が刺さった。投げたのはもちろん、赤髪の少年―――アーサーである。
ミライは乱入してきたアーサーを見て大きく舌打ちをした。
「相手してあげなさい、ミライ」
「でもママ!?」
「私がこんなガキに劣るはずないでしょう? 邪魔が入らないようにしてちょうだい」
ミライは少し黙った後決心したようで、地面の剣を抜くとアーサーに投げ返し、すぐさま彼に肉薄する。
「勘違いしないことね。“魔力開拓”が無くとも、貴方如きには負けない」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
ついにヨツバVSゼキノです! 前章のヨツバはマトモに戦ってないですからね。“蛇”の真価が発揮されますよ!
次回は水曜日です




