よく言うわね、“クソガキ”
「ここか?」
「記憶が正しければな」
ハヤトの記憶を頼りに、ミヤビの“移動魔術”でやって来たのは、深い森の中に佇む洋館だった。
汚れなのか元からなのか外装は黒く、首が痛くなるほど見上げないと全体を見れないほどの大きさ。もはや城と言えるだろう。
館内の偵察に行っていたミヤビが、俺の横にスタッと着地をした。
「ダメだね。どう言うわけか、外からじゃ中が見れないようになってる。窓も開かないし侵入出来るのは正門くらいじゃないかな?」
ミヤビは首を傾げ、前方にある扉を指さした。
大きな洋館からは想像も出来ない、小さな扉で普通の民家と変わらない程の大きさである。かなり不釣り合いなもので、あれは小人用だと言われれば納得してしまうだろう。
「何かしらの“幻覚魔術”が張られているんだろう。実際はたいした大きさでは無いはずだ」
「なら仕方ない、正面からいくか。初対面だしな」
「そうですね、失礼があってはマスターの沽券に関わりますから」
「ええっと……。私達殴り込みに来てるんだよね?」
俺達はズンズン進んでいき、門の前で立ち止まった。
「ノックとかした方がいいかな……」
「なに急に弱気になってるの……。殴り込みなんだから蹴り破っちゃえよ!」
ミヤビに激励され、俺は言われた通り思いっ切りドアを蹴りつける。
これで修理費を請求されてもミヤビが持つことになるだろう。
扉は思いのほか脆く、1度蹴っただけで煙と音を立てながらゆっくりと倒れていった。
「たのもおぉぉぉぉ!」
大声で誰かを呼び出す。
中は暗くて何も見えず、俺の声が反響するばかりで他の音は一切聞こえない。
俺達は目配せをして、筋肉を硬直させながら恐る恐る屋敷の中へ入っていく。
一歩踏みこむごとに、粘土の上を歩いてるような感覚が足を伝う。更に真っ暗な通路を進んでいると、だんだん現実から離れてる感覚が全身に巡り始めた。
突然に視界が開ける。そこに広がっていたのは思いもよらない光景だった。
「なに……これ?」
ミヤビが思わず声を漏らす。
それも当然だろう、フローリングの床にキッチンやテレビ。まるでマンションの一室のようだ。窓の外には、高層ビルが立ち並ぶ都会の風景が見え、自動車が鳴らすエンジンの音が聞こえてくる。
まるで俺やミヤビがいた“元の世界”に戻ってきたかのような感覚。
その部屋の中央に、豪華な椅子に腰掛け、資料の山ができた大きな机を前に頭を抱える女性がいた。 20代後半くらいの外見で、腰までありそうな長い黒髪と、何故か着ているロングコートが特徴的だ。
女性は俺達に気づいたようで、片眉を上げる。
「あら……。部外者はあの“暗闇”から抜け出せないはずなんだけど、まさかここまで辿り着けるとはね」
女は俺達の顔へ順番に視線を向けると、その中にハヤトがいることに気づいた。
「なるほど。貴方がいたわけね」
「……久しぶりだな。“かあさん”」
「よく言うわね、“クソガキ”」
“かあさん”。つまりは、あの女がゼキノということだろう。
ハヤトの皮肉がこもった物言いも、ゼキノは鼻で笑って返した。
「それで? お友達でも連れてきたの? 勝手に冷蔵庫を漁らるようなクソガキじゃないなら最低限の歓迎はするわよ」
「そ、それよりこの空間はどうなってるの……」
ミヤビが臆したように問いかける。
休暇中、アシレイの家で家電製品は見ていたが、この空間は完全に、何処かのマンションの一室である。
「ああ、これ?」
ゼキノが窓の外へ顔を向けると、右手で指を鳴らした。すると、カーテンでもかかったかのように外の景色が消え、自動車の音も聞こえなくなってしまった。
「魔術で脳内のイメージを投影してただけよ。やっぱり“元の世界”の方が落ち着くのよね……」
「投影してただけって……。それでも相当な魔力が必要なはずなんだけど……」
ミヤビは空笑いをし、一歩後ろに下がった。
ここで奴のペースに呑まれるのは不味い。俺は胸を張り、一寸程感じた恐怖心を隠した。
しかし、俺より早くハヤトが切り出した。
「ここに来たのは他でもない。お前が寄こした、ミライについて文句がある」
「文句がある、という事は貴方と違って、あの子“は”使命を全うしているようね。―――たしかに、多少は魔力が共有されてる気がするわ」
「ああ、大胆すぎる位だ。アイツのせいで俺が学園にいられなくなったらどうするつもりだ?!」
声を張り上げるハヤトに、ゼキノはため息をついた。
「貴方の本来の目的は、学園の人間と回路を開拓すること。それを全うせず、学園にいられなくなる? ふざけるのも大概にしなさい」
「目的はどうであれ、俺は生を受けた。俺の好きに生きさせてもらう」
「……やはり感情を豊かにしすぎたわね。もっと従順に設計するべきだったわ」
ハヤトは歯を剥き出しにして、今にもゼキノに襲いかかりそうである。彼がここまで感情を露わにするのは珍しいことだ。
「ハヤトが学園に居られなくなるのはどうでもいいんだよ! 俺がムカついてるのはお前がなんの苦労も無しに魔力を得ようとしてることだ。何が魔道生命体だ、回路開拓だ!そんなものに頼らず、 “俺を見習って”自分で魔力を鍛えやがれ!」
言いたかったことが言えて、俺の心はスッキリ。これで奴も回路開拓などというインチキ行為を止め、泣きながら反省―――するはずも無く……。
ゼキノは肩肘をつき、阿呆でも見るかのような視線を俺に向けていた。
「なんの苦労も無しに……?ハヤトの友人だけあって、貴方も相当な“クソガキ”ね」
「あ? 別に友人じゃねえよ」
「私も転生したての頃は地道に鍛えてたわ、最強を目指してね……。でも限界があった。そこで見つけた手段が“回路開拓”。私はこの方法で“最強の魔術師”になるの……!……未熟な貴方や、“特典”を貰った貴方には分からないでしょうね」
「分かりたくもねえよ……。俺は、俺以外の人間が得してるとムカつくんだよ」
とんでもない暴論だという自覚はあった。しかし、この場で各々が語った意見は全て暴論ではないか。
「あとテメェ! ミライにどういう教育してんだよ。ミヤビには速攻でキスしてたのに、俺にはしてくれなかったぞ!」
俺が難癖を付けると、ゼキノのは「ふむ……」と唸り、机に載った資料の山に目を通し始めた。
「おかしいわね……。ハヤトの失敗を通して、転生者を中心にどんな相手とでも│回路を繋ぐように設定したはずだけど……」
ゼキノは何枚も重ねられた紙束をめくり、ミライの設計に不備があったのではないかと、悠長に確認し始めた。―――こんな絶好の機会逃すはずがない。
「よしミヤビ、アイツの後方にテレポートさせてくれ……。不意打ちするぞ……!」
「まさかこのまま話し合いで終わるのかと思ってた所だよ」
ゼキノには聞かれぬよう小声で話し、俺は背中に魔力を集中させていく。話して分からないなら武力行使あるのみである。
「あぁ……。多分―――」
ゼキノが資料から視線をあげようとした瞬間、ミヤビは俺の肩に手を置き、ゼキノの後方へ“移動魔術”を行使した。
取った! これなら確実に一撃を喰らわせられる。
“蛇”を顕現させ、その牙がゼキノの首を捕らえようとした瞬間―――
「……なるほど」
ゼキノが椅子から消えた。
それと同時、視界の端にゼキノが出現する。まるでミヤビのように“瞬間移動”でもしたかのようで―――。
「“│波動魔術”」
ゼキノのがそう宣言すると、次の瞬間、俺とミヤビの身体が吹っ飛び、壁にめり込んでいた。
「マスター!」
ビオラの声が耳に届く。
が、胃から込み上げてくる流動体を抑えるのに必死で言葉を出すことが出来ない。
「ミライには、“危険な魔力や魔術”の持ち主とは契約しないように設定してある。……貴方の場合、あの“蛇”が引っかかったんでしょうね」
ミヤビも嗚咽を抑えるように蹲りながら、何とか顔はゼキノへ向ける。
「なんで……、私の“移動魔術”を……」
「貴方、ミライと口付けを交わしたんでしょ? 回路開拓は魔力だけでなく、魔術まで共有されるのよ」
「それは……、初耳、かな……」
ミヤビは堪らず咳き込み、赤みがかった痰を吐き出す。
苦しむ俺たちの姿を、ゼキノは満足気に見下ろしている。
「現状、約50人の回路開拓が完了したところかしらね……。“ホーシーの波動魔術”を詠唱省略してもあの威力……。それにこの“移動魔術”も素晴らしいわ」
ゼキノは“魔力”に酔ったように自身の手をかざし、うっとりとした表情を浮かべる。
「“移動魔術”……。せっかくだし様子でも見に行こうか……」
そう言い残すとゼキノは、部屋から姿を消した。
『様子を見に行く』。ミライのことを指しているのだろう……。
「私の魔術が使えて、他にも50人分の魔力を持ってて増える可能性大……。―――これ、想像以上に不味い事態じゃない?」
ミヤビの問いかけに返事をすることも出来ない。
今回も日付が変わってからの投稿になり、申し訳ないです。
ついに登場しましたね、ゼキノさん。彼女については色々書きたい設定とかあるんですけど、それを書くとテンポが悪くなるんですよね。かと言って全く書かないと味気ないキャラになってしまう。ここの調整が難しいですね。
次回は日曜日です




