よし、殴り込みだ!
ミライは腹部をさすり、ホッとため息をついた。
突然の出来事に俺は唖然としてしまう。
「見て見て! お兄ちゃんがずっと出来なかった事、私は一瞬で出来たよ?」
ミライは自慢するように、嬉しそうな笑顔をハヤトへ向ける。反面、ハヤトは歯を噛み締め、言葉を詰まらせている。
「一体どういう事だよ……」
状況が掴めない。
いくら濃厚なものだったとは言え、接吻如きでミヤビが倒れるとは考えられないのだ。ミライが何かしたとしか考えられない。
「今の“キス”は、私と回路を繋ぐためだよ」
「パス……だと?」
ミライは口紅でも引くように唇を撫でる。
「そう、回路開拓。簡単に言うと、私と魔力を“共有”するための儀式、言い換えれば強制的な“契約”かな……。そして、私の魔力は“契約主”である“ゼキノ ママ”に行き着く」
魔力を共有云々は何となく把握できたが……。その“ゼキノママ”とは誰なのだ。ママと言うくらいだから、ハヤトとミライの母親なのだろうけど……。
「―――“ゼキノの魔力生命体”」
虚ろな目で壁にもたれるミヤビが呟く。
「“ミヤビお姉ちゃん”は気づいたみたいだね」
ミヤビが分かったとしても、俺は出来ないのだ! まだ呑み込めてないのに新しい単語出すなよ!
「“ゼキノの魔道生命体”。転生者 ゼキノが創りあげた、魔力を集めるための存在だ……」
現状を把握しきれていない俺を気遣ってか、ハヤトが苦い顔で補足してくれる。
「そう! その通り! 私は魔術で創られた“魔道生命体”。人間のカタチをした傀儡女だよ! ―――でも……」
ミライが首を傾げた。いつの間にか、だらんと伸ばしたその手にはダガーナイフが握られている。
「―――なんで他人事みたいに言うのかな?」
ミライがタガーを振り上げる。
空気を切り裂く音。一拍遅れて、“何か”が床に落下する音が、決して大きくはなかったけれど、明確に響いた。
視線を下げ、そこにあったのは“人間の腕”。驚きのあまり、身体が飛び跳ねそうになる。
しかし、その腕はどこか色白く、血が一滴として流れていないのだ。まるで作り物かのように……。それは、腕が切断されたはずのハヤトにも言えることで―――。
「“お兄ちゃん”も、私と同じ“魔道生命体”でしょ? いつまで人間のふりしてるの?」
「くっ……」
笑顔だったミライの表情が突然暗くなり、軽蔑的な視線をハヤトへと向ける。
当のハヤトは切断された断面を隠すようにし、バツの悪そうに目を逸らした。
「回路開拓は元々、“お兄ちゃん”の任務。いつまで経ってもお兄ちゃんが実行しないから私が来たんだよ……」
ミライは煩わしそうに語りダガーを握り直す。
「お兄ちゃんは魔道生命体の恥さらし……。やっぱり、存在する価値なんてないよね?」
まずい……。このままでは俺にまで被害が出てしまう。ハヤトと臨終など死んでも御免だ。
俺は咄嗟に回避行動をとる。が、誰かに服の襟を掴まれてしまった。
「逃げるよ……!」
後方からミヤビの声が聞こえたと思えば、不思議な浮遊感と共に、次の瞬間には外の景色が広がっていた。
誰もいなくなった部室で、ミライはふりかけていたダガーを、つまらなさそうにしまう。
「あーあ、せっかくスクラップにできるかと思ったのに……」
ミライは椅子に腰掛け、ペロリと唇を舐める。
「じゃあ、そろそろ皆の 回路開拓にでも行きますか……」
―――――――――――――――――――――
“移動魔術”で転移した先は、本校舎の屋上。ミライを除くあの場の全員を脱出させたようだ。
「なんとか……、間に合ったみたいだね」
まだ頬の赤いミヤビは尻もちをつくと喘息気味に呼吸を繰り返す。
自分に殺意が向けられていなかったとはいえ、脅威が去ったことに胸を撫で下ろす。すると、緊張で凍っていた感情が溶けたのだろう、苛立ちがジワリと滲んでくる。
「こうなったのも……、俺の責任だ……」
さっきまで黙りこくっていたハヤトがそう呟いて立ち上がった。
「どうするつもり?」
ミヤビは唾を飲み込み、無理やり呼吸を整える。
「奴を止めに行く……」
「止めに行くって……。ちょっと待ってよ。そもそもハヤトっち、ホントに魔道生命体なの?」
「これを見ても人間って言えるか?」
ハヤトは切断された腕をミヤビへ向ける。
本来なら血が通い、肉と骨が詰まっているはずの腕の断片。しかしハヤトのそれは空洞。叩けば音がなりそうな位だ。
ミヤビは気まづそうに、その断片から目を逸らす。
「俺はまだこの学園で学びたい事がある……、それが俺の意思だ。創造主の命令如きで、奴に潰されてたまるかよ」
そうは言っても、ハヤトがミライに対抗出来る手を持っているとは考えにくい。ミヤビも同じことを思ったのだろう、小さく息を吐くと決意したように立ち上がった。
「しょうがない……、私も協力してあげるよ。魔力を共有されてる、とか気持ち悪いし」
ミヤビは手首足首を回しながら、俺に顔を向ける。言葉にせずとも、「お前も協力するよな?」という思考を読み取ることが出来る。
俺はハヤトへ大股で距離を詰めると、彼の胸ぐらを掴みあげた。
「マスター!」
「ちょっと、ヨツバっち……」
二人の声は無視し、掴む手に力をこもる。
「回路開拓……とか言ってたな。お前の妹はこれから何をしようとしてる」
「学園の全校生徒と回路を繋げようとするだろうな」
「共有された魔力は全てお前の母親に送られる、そうだな?」
「ああ。生徒全員の魔力が共有されたら……、……想像はしたくないが間違いなく面倒な事が起きる」
状況は把握出来た。―――ならばやる事は1つだろう。
胸ぐらから手を離し考えを整理するために一呼吸置いた。
「よし、妹の方は無視する」
「ちょ、ちょっと話聞いてた?! 妹ちゃん止めないと大変な事になるんだよ」
「いや、やるなら大元だろ」
俺は握り拳をつくり、溜まっていた苛立ちを声にする。
「こちとら、毎日地道に魔力を鍛えてるのによ! ゼキノの野郎はなんの苦労も無しに魔力を貯めようとしてるんだぞ?! そんなの許せるわけないだろ。しかもミライの奴、ミヤビには速攻でしたのに、何故か俺にはキスしてくれなかった!! どういう教育してんのか母親に問いただしてやる!」
自分が損することに対しては敏感な俺である。魔道生命体なんざ創り出して、魔力を集めようとするなんて許し難い行為だ。
嘆きにも似た俺の叫びに、ミヤビはため息をついた。
「ま、ヨツバっちは言って聞くタイプでも無いし……。大元が無くなれば妹ちゃんも止まるでしょ……」
「確かに一理はあるが……」
選択を渋っているハヤトの肩をポンっと叩き、もう一つの手で親指を立てる。
「大丈夫だ。魔力が蓄積される大元がいなくなれば、“回路開拓”も可愛い女の子がキスしてくれるご褒美になる。と言うわけで行くぞ!」
「ちょっと待て! やはり俺はミライの方を―――」
今更何を言っても遅い。
どちらにせよ、ゼキノを知っているのはハヤトだけである。彼の同行は必須だ。
「よし、殴り込みだ!」
ハヤトの意思はともかく、かくして俺達は魔道生命体の創造主である、ゼキノへ殴り込みに行くことになったのだ。
日付が変わり、もう月曜日ですが“日曜日分”になります。
説明の描写って難しいですね。なかなか苦戦しました。
次回は水曜日です




