―――これは、“ダメなやつ”だね
―――誰もいない静かな廊下。
ハヤトはミライを壁に叩きつけた。
「どういう事だ?」
冷静を装いながら、ハヤトは攻めるようにミライの胸ぐらを掴んだ。
「やだ……、痛いよ“お兄ちゃん”……」
今にも泣きだしそうに、ミライは小さく悲鳴をあげる。何も知らない者が見れば、完全にハヤトが悪役である。
「とぼけるな! なんの目的でここにいる」
目を鋭くして怒鳴りつけるハヤトに、ミライはため息をついた。
「それはこっちのセリフだよ?」
ミライはハヤトの腕をはたき倒し、彼の頭部を鷲掴みにすると、助走をつけて向かい側の壁に押し付けた。
「軽いね……。中身が“空洞”なだけはある」
先程までの弱々しさは何処へ行ったのか、ミライは気だるそうにハヤトを睨みつける。
「私はね、お兄ちゃんがいつまで経っても任務を遂行しない“無能”だから来たんだよ? 私がお兄ちゃんの代わりに、“回路開拓”をすることになったの」
ミライは嬉しそうに頬を支える。
「だから、お兄ちゃんの必要価値はゼロ。これからも好きなように生きて、野垂れ死んでくれていいんだよ?」
挑発……、というよりか当たり前、心の底からそう思ってるように、ミライは言葉を繋げる。
「ねぇ? 反論とか抵抗とかは無いの?」
押し返すことも無く、無反応なハヤトに苛立ちを覚えたのか、ミライの言葉に力が入る。
「あっ、ごめんね。抵抗できる力が備わってないんだね……」
ミライが手を離すと、ハヤトは崩れるように膝をついた。息すら出来ていなかったのだろう、大きく何度も呼吸を繰り返す。
「感情表現と知能が豊かな分、戦闘能力が削ってある、ってのは本当みたいだね」
ミライは屈み、苦しそうに喘ぐハヤトを見下ろす。そんなハヤトの首元に、ミライは隠し持っていたダガーを這わせる。
「“無能”らしく、ここで死んどくのもいいかも。そしたら、次はもっと“有能”に創ってもらえるよ……」
ミライは何の迷いもないように冷たく呟く。
彼女なら本当にやりかねないのではないか、という恐怖心がハヤトの身体を静止させる。
そんなハヤトを見て、ミライはいたずらっぽく微笑む。
「ひへへ……、冗談だよ“お兄ちゃん”。私がそんなことするわけないじゃん!」
ミライはダガーをしまうと、ハヤトの耳元に顔を寄せた。
「安心して……、生徒の顔と名前はインプットされてる。今からでも“回路開拓”は始められるよ?」
ミライはハヤトを落ち着かせるように囁く。
ちょうどその時、遠くからドタバタと激しい足音が響いてきた。
「ああ! やっと見つけたぞハヤト!!」
ハヤトのやかましい隣人、オオバヨツバである。
―――――――――――――――――――――
廊下を駆け回り、やっとミライとハヤトを見つけた。何があったのか、ハヤトはヘタレこんでいるし、壁も凹んでいるが知ったことではない。
「見つかりましたか?」
少し遅れてビオラが追いつく。
……見つかったのだが、ここからどうしていいか分からず、静止してしまう。
すると、ミライが飛び上がるように、ピョンと立ち上がった。
「こんにちは! オオバヨツバさん」
「あれ……? 自己紹介とかしたっけ?」
「してないよ? でも、オオバさんは“特別”だから……」
ミライはそう言うと、俺の頬に手を這わせる。その手が驚く程冷たくて飛び上がりそうになる。
そして、ミライは捨てられた猫でも見るような冷たい、哀愁のある視線を俺に向け、ゆっくりと自身の顔を、俺の顔に接近させる。
「―――え? ちょ、ちょっと? そ、そんな初対面で?!」
「喋らないで……」
「は、はい」
そんなクールに言われたら抵抗のしようもない。俺はなされるがままになろうと目を閉じて、唇に来るであろう“温かい感触”を待つことにした。
「やめろ!」
ハヤトの声が聞こえる。止めてくれるなハヤトよ。
しかし―――、いつまで経ってもその感触が来ないのだ。
焦らしプレイかと、薄く片目を開けてみると、ミライは鼻と鼻が接触しそうな距離で顔を止め、眉をひそめている。
「―――これは、“ダメなやつ”だね」
唐突にそう言うと踵を返し、今までの事が勘違いかのようにけろっと笑ってみせる。
「てへへ……、冗談だよオオバさん。ちょっとからかってみたくなったの」
行き場のなくなった上下の唇同士が、互いに慰め合うように擦れ合う。
ま、まぁいい………、次の機会があるさ。そう思っていると、ビオラから刺すような視線を感じ、思考は中断させられた。
「それよりオオバさん! イロツキさんってどこにいるか分かるかな?」
「イロツキ……? ああ、ミヤビの事か。だいたい予想はつくが……」
「ほんと?! ―――じゃあ」
ミライが俺の右腕に飛びつく。
「連れてって欲しいな♪」
わぁ……、ついに語尾に音符が着きましたよ。
ミライは自身の体を密着させ、懇願するように俺を見上げてくる。こんな事されて、断れる奴はいない。
「よっしゃ! 行こう! 授業なんてサボって今すぐ行こう」
どうせ授業なんて寝てるだけだ。
俺は胸を張って新しくなったという、旧校舎へと向かう。右腕には柔らかい感触、背後にはビオラの冷たい視線を感じながら……。
「ちょっと待て。俺も同行する……」
いつも真面目に授業を受けるハヤトが、何を血迷ったかそんなことを言った。
「あ? お前は授業受けてろよ」
「そうだよ。お兄ちゃんはもう必要ない」
ミライは兄に威圧的な言葉を投げつける。
しかしハヤトは教室に戻ろうとせず、妹を睨みつけるのだった。
「ま、いいか。―――じゃあ行こう! オオバさん」
ミライは俺の腕を引くように駆け始めた。
……変な兄妹だ。顔も外見も全く似てないし、何より二人の間に埋めがたい距離感を感じる。
そもそも、ミライはミヤビに会ってどうするのだろうか?
―――――――――――――――――――――
ミヤビは新しくなった部室で回転式の椅子に座っていた。
“復元魔術”で元に戻ったとは言え、内装まで直る訳では無い。床を埋めつくしていた“ガラクタ”は無くなり、机と椅子が一つだけのつまらない部室になってしまったのだ。
「あーあ、また集めないといけないじゃーん」
不満げに椅子で回っていると、ミヤビは横の壁に目が止まった。
ちょうど、プロメとミノリが暮らしていた部屋のものだ。ミヤビは“あの時”のことを思い出し、身震いをする。休暇中に癒せた傷かと思ったが、まだ当分引きずりそうである。
その時、部室の扉が外れそうな勢いで開かれた。
「よう、ミヤビ。久しぶりだな」
訪れたのはヨツバ、ビオラと少し離れた位置にハヤト。そして、ヨツバの隣には見たことのない紫髪の少女がいた。可愛らしい顔立ちで、同性のミヤビも一瞬ドキッとしてしまう。
「久しぶり……。今日は可愛い子二人も連れて……、両手に花って―――」
そこで言葉が止まった。
理由は単純。
紫髪の少女が飛び込んできたと思えば唐突に、“接吻”でミヤビの口を塞いでしまったからである。
ミヤビの思考は混乱程度ではない。
様々な疑問と感情が入り乱れ、落ち着こうという気さえ起きないのだ。“移動魔術”で抜け出そうにも、身体の中が溶ける感覚と乱れる思考のせいで出来そうもない。
「―――ふぅ」
紫髪の少女は息継ぎをするようにゆっくりと口を離し、唾液を上品に指で拭き取った。
ミヤビは身体が熱くなるのと嘔吐感を感じ、椅子から転げ落ちるように床へ尻もちをついた。
ぼやけた視覚で、唖然とするヨツバ達が見える。
「大丈夫だよ。今は辛いけどスグに治る」
少女は腹部を指で撫で、味わうように唇に舌舐めずりをする。
「これで私と―――“ママ”と“回路”が繋がったよ。“ミヤビお姉ちゃん”」
書いてて楽しいけど、読み返すとムカつく、ミライはそんなキャラですね。予定では、もうちょい先まで書きたかったんですけど、字数と時間的な問題でここまでになってしまいました。
次回は日曜日です




