―――ね? “お兄ちゃん”
ハヤトは、朝日を感じて目を覚ました。
どうやら机に突っ伏せたまま寝落ちしていたらしい。
枕にしていた、フィボロスの著書―――“精術の基礎”を閉じ、机の上で平積みにされた本の山に重ねる。
ハヤトは凝るはずのない肩を回し、大きく伸びをする。
今日から学園が再開するのだ。いつも平然としている彼も、今日ばかりは少しばかり心が踊っている。
しかし、喧しい“アイツ”と顔を合わせると思うと、機敏に動いていた心も腰を下ろしてしまた……。
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長期休暇中、たいしてやる事も無く大半を寝て過ごしていたが、終わってしまうと寂しいものだ。かと言って学園でも昼飯以外寝ているのだが……。
久しぶりの制服に腕を通し、大きく欠伸をしながら通学路を歩いていく。すると、後ろから巨体を揺するような地響きが聞こえてきた。
「やあやぁ! ヨツバ氏ではないか!」
汗で服が肌に引っ付いたウィリーが、背負った鞄を揺らしながら迫ってきた。
ビオラが軽く礼をし、俺は煩わしい視線を彼に向けた。
「久しぶりではないか~。……どうだった!? 休みは!」
「特に何かしたわけでもねえよ。……レイビアの帰郷に同行したくらいか?」
「そうかそうか……。私はロザ氏と共に伝説に聞くアマゾネスを探す旅に出ていたぞ!」
話したくてたまらないのだろう、ウィリーはまるで、大冒険をしてきたかのように胸を叩いた。
「……で、どうだったんだ? そのアマゾネスは見つかったか?」
興味も無かったが、聞いてやらないといけない気がしたのだ。
「はっはっは。見つけたら学校など来るわけなかろう!?」
何が面白いのか、ウィリーは大声で笑い始めた。
「そうそう、旧校舎が建て直されたらしいぞ!」
急に笑うのを止めると、ウィリーはそんな事を言い始めた。
「建て直したって……、つまり新しくなったってことだろ? ……それって“旧”校舎とは言わないんじゃないか?」
「正確には“修復魔術”で元に戻したらしいのだ。だから“ちゃんと”ボロい状態で建て直されたぞ! ―――しかしあれだけの建築物だからな……。相当な費用がかかっただろう。それこそ、本校舎が3つ程建つくらいの……」
それなら、新しく建設した方が良かったんじゃないか?
「そこでヨツバ氏よ。我々の新部室にコレクションを移動させたいのだ。手伝ってくれても良いぞ!」
「……遠慮しとく」
「はっはっは。遠慮するんじゃい。放課後から始めるから来るといい。―――ではまた会おう」
そう言い残すと、ウィリーは鞄を揺らしながら走り去って行った。ある意味、彼が1番学園生活を楽しんでいるのかもしれない。
「楽しみですね。皆さんに会うの」
「……そうだな。レイビア以外と会ってなかったわけだし」
他の皆は何をしていたのか。……ここで数人しか思いつかない辺り、俺の人脈の浅さを実感する。
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教室に入ると、御学友達が各々集まって長期休暇の出来事を話していた。
「ビオラちゃん」
自分の席に向かっていると、女子生徒のグループからビオラが呼ばれた。ビオラは寂しいそうな顔で俺に目配せをする。
「いいぞ、行ってきても……」
「……失礼します」
ビオラは俺に軽く礼をすると、女子生徒達の元へ駆けて行った。
不思議なことにビオラは女子生徒達から可愛がられている。更には一部の男子から壮絶な人気があるようで、密かにファンクラブもあるという噂だ。
何故ビオラの人気が出て、何故俺の人気は低空飛行のままなのだろう。パートナーである俺を崇めてくれてもいいだろうに。
俺は一人席に座り、時間潰しのために机に突っ伏せた。
気付けば全員椅子に座り、ホームルームが始まっていた。
「なんかめぼしい情報あったか?」
寝起きの目を擦りながら、真横に座るビオラに尋ねる。
「どうやら、編入生がくるみたいですね」
編入生とな……?
たしか、俺も編入生としてこの学園に入学したはずだ。となれば、俺に愛想を尽かせた副校長が新しく“転生者”でも呼んだのだろうか。
「それじゃあ、入ってきて」
教師が声をかけ、教室の扉が開かれる。
編入生の姿を見た瞬間、男女問わず生徒達から「おおっ!」と小さく歓喜の声が漏れた。…………俺の時と反応が違くないですか皆さん……。
しかし、それも無理からぬことだろう。
左右非対称に結ばれた薄紫色の髪と、左だけ綺麗な藍色の瞳。そして、少し首を捻れば中の“聖域”が見えてしまいそうな短いスカート。
奇抜と異質を体現したようなその姿に、当の俺も目を奪われてしまうほどだ。髪型、顔立ち、服装どれをとっても普通の子ではない。
「やっほー! みんな元気? 編入生のムラサメ ミライちゃんだよ!」
口調もその例外ではないらしい。
ミライは目元でピースをしながらあざとく、アイドルみたいなポーズをとった。
かなり痛い自己紹介だが、俺の時とは違い冷笑する声は聞こえない。皆見とれてしまったように口を開けて、彼女を眺めているのだ。―――“ハヤト”一人を除いて。
「天真爛漫な16歳。誰からも愛され、誰でも愛します! 好きなものはオレンジ、嫌いなのはサカナ。―――ま、どっちも食べたことないんだけど。
かなり短い間になると思うけど、みんな仲良くしてね?」
教室の中を旋回しながらミライは変わった自己紹介を唱え始めた。彼女が動くと、皆の首も同期したように回り、俺の近くを通った時は思わずドキッとしてしまった。
「全然帰ってこないから、私が派遣されたんだよ?」
ミライはよく分からないことを言いながら、誰かの机に腰を据えた。―――一人苦い顔をしているハヤトだ。
「―――ね? “お兄ちゃん”」
ミライに魅了されていた全員が吹き出した。
お兄ちゃんだと?! あのハヤトの?
当のハヤトは眉をひそめ、親の仇でも見るような顔でミライを睨みつける。
「お前、何者だ?」
「もう“お兄ちゃん”ったら! お兄ちゃんの“妹”―――“次世代機”のミライだよ? お兄ちゃんがいつまで経っても任務を遂行しないから、“ママ”が怒ってるんだよ?」
ミライは目を細め、嘲笑うかのようにハヤトへ冷たい視線を向ける。
ハヤトは睨み返し、突然立ち上がったと思うと、ミライの胸ぐらを掴み、教室を出ていってしまった。
「―――なッ」
突発的な出来事なやその場の誰もが唖然とした。しばらくして、今見た奇っ怪な出来事について話し始める。
『ミライちゃん可愛い!』
『ハヤトとミライはどういう関係だ?』
『あんなハヤト見たことない!』
そんな内容が答えもなく飛び交っている。
俺もおおよそ、クラスメイトと同じ疑問を持っていたが、それ以上に怒りで体を震わせていた。
「どうしました?」
俺の異変に唯一気づいたビオラが首を傾げる。
「―――許せん」
「え?」
「あんな可愛い子を独占しようとは許せんぞハヤト!」
俺はおもいっきり机を叩きつけた。
「ミライさん、そこまで可愛らしいですか?」
ビオラは眉をひそめ怪訝そうに呟く。どうやら、ミライの評価に疑問があるらしい。
「なんていうか……、べらぼうに可愛いって訳ではないけど、なんか目が離せないんだよ!」
自分でも把握出来てない感情を吐き出し、椅子が飛び出す程の勢いで立ち上がった。
「独占など許してたまるか! 俺たちも行くぞ」
怒りに身を任せ、教室を飛び出す。
ビオラもため息を吐いて、俺の後を追った。
ご無沙汰です。というわけで今回から新章が始まらました!
よく分からんキャラがハヤトをお兄ちゃん呼びですよ! というわけで今回はハヤトの話になります。今までの話でもこれと言った活躍もない、たまり場要因みたいな所ありましたからね。今回は活躍させてあげたいと思います。
次話は水曜っす




