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―――疼くな


 ムーカティからネーフィに戻って数日間。

 俺の体は段々と元に戻っていき、不服なことについには完全に男になってしまった……。

 そして、学園に帰る当日。

 広場では、レイビアとハロルドが村の人達とお別れをしていた。

 ミルカも、帰ってから数日間は何かに怯えたように震えていたが、今は“姉”との別れを惜しんでワンワン泣くまで回復している。

  そんな様子を尻目に、俺とビオラはルーゼにもたれかかって、のんびりとしていた。

 

 「どうじゃ? 体の調子は」

 

 ボーッとしていた俺達にアシレイが近づいてくる。

 

 「お陰様でちゃんと男に戻れたよ……。お別れでも言いに来てくれたのか?」

 「そんな所じゃの。餞別でもやろうかと思って……」

 

 アシレイが右手をかざすと、そこに青い蛍のような光が密集し始め、小さなナイフを形作った。


 「出来るなら人の世に、あまり介入はしたくない。しかし、お主を放っておくのは神として失格だと思ってな……」


 アシレイは大きく息を吐きながら、そのナイフを俺の手に置いた。

 

 「ヨツバとやら、お主は多くのモノに魅入られすぎとる。魔力に、魔術、“時間”まで……。“これ”はそれらの“積荷”を一つだけ降ろせる代物じゃ」

 「…………どういう事だ?」


  何となく納得しようとしたが、やはり無理だった。


 「お主が自覚して契約した魔術から、無自覚のうちにしているものまで、あらゆる魔術を“一つだけ”一方的に契約を“解除”できるということだ。―――しかし、降ろした“積荷”はそのままにしておけん。誰かが代わりに背負うことになるがな……」

 「つまり……、俺が契約している魔術を人に渡すことが出来るのか?」

  「“渡す”とは聞こえがいい……。“押し付ける”と言うべきだな。―――特に、その背中に刻まれた“積荷”。できるだけ速く捨てることを勧める」

 

 アシレイは俺から目を逸らしてつぶやく。

 背中に刻まれた“積荷”。それだけで何を指しているかは分かる。しかし、どれだけ危険だとしても、唯一マトモに戦える手段なのだ。

 

 「…………有難く貰っておくよ」


 ちょうど、レイビア達も別れが済んだようで、沢山の餞別を貰ったレイビアがルーゼに近づいてくる。

 

 「では、レイビアと仲良くしてやってくれ。また会えることを期待しておる」


 アシレイはそう言い残すと、顔を俯かせたまま広場の方へ歩いていく。

 手に置かれた、小さなナイフに視線を落とす。“魔術を誰かに押し付ける代物”。……使う日は来るのだろうか。


 「どうだった、楽しかった?」


 抱えている餞別を落とさないように、レイビアは俺達に顔を向ける。


 「ええ。マスターの性別が変わりはしましたが……貴重な体験ができました」

 「……そう捉えてくれてるなら良かった。ヨツバくんは?」  


 会話が自分に向いていることに気づき、俺はハッと顔を上げる。


 「そうだな……。俺も貴重な体験ができたよ」


 出来るなら、初めての女体に興奮した思い出を大声で語りたかったが、今はそんなことを話せる余裕がない。  


 「では、帰るとするか」


 ルーゼの背中に乗り込み、村の人達から手を振られる。

 顔に笑顔を貼り付け、作業的に手を振り返すが、思考と感情を繋ぐパスがショートしてしまったかのように気持ちは沈んだままだった。



―――――――――――――――――――――


        

 人の寄り付かない深く、暗い森の中。淡く青い輝きを放つ湖があった。

 神秘的な生物が水を飲みに来ていれば絵になるのだが、残念なことに畔に座っているのは不機嫌な顔をした少女。湖に素足を浸し、いつも掛けているメガネは手元で弄ばれている。

 

 「―――いい所だね、ミヤビ」

 

 突如背後から自分の名を呼ばれ、少女は咄嗟に振り返る。

 そこに居たのは、コートを着た“元同僚”の青年。ミヤビは眉をひそめた。

 

 「どうしてここがわかったの?」

 「“瞬間移動”は君の専売特許じゃない。俺だって30分くらい詠唱すれば、こうやって“跳んでくる”こともできる」

 

 タチバナは一仕事でも終えたかのように肩を回しながら、大木にもたれかかる。

 

  「……それで、わざわざ何の用かな」


 ミヤビは湖の方へ顔を戻すと、平然を装うかのようにゆっくりと足を動かす。

 水平だった湖に波紋ができる。


 「単直入に言おう―――“疎楽園”に戻ってきて欲しい」

 

 こんな所までわざわざ来るのだ……。何を言われるか予想はしていたが、実際耳にすると心臓の動きが速くなる。

 ミヤビは溢れ出そうな“悪い思い出”が顔に出ないよう抑え込んだ。

 

 「何を今更……」

 「近いうちに“教会”と全面対決する事になるだろう、そうなった時君の力が欲しい」


 “教会”と全面対決なんてついに焼きが回ったか……、とミヤビは鼻で笑った。


 「私はもう“仕事”はしない」

 「“仕事”はどちらでも構わない。ただ、“教会”との対決で味方になってくれるだけでいい」

 「…………」


 すぐに返事はできない。  

 もちろん、“教会”と戦うのが怖いのいうのもある。しかしそれ以上に、組織に戻れば、“元の自分”に戻ってしまうのではという恐怖が、ミヤビを縛りつけるのだ。

 

 「……すぐに答えろとは言わない。そのうち答えが出たら連絡でもしてくれ。組織の本拠地も変わってない」

 

 “疎楽園”に戻りたいのか。

 それとも、学園に留まりたいのか。

 もちろん、“元の自分”には戻りたくない。しかし、アンピと再開して以来、“今の自分”に生きづらさを感じているのも事実だ。現に、こんな森に来て心の平穏を保とうとしている。

 ……自分がどうしたいのか、自分にも分からない。

 

 「…………物思いに沈んでるところ悪いけど、出来れば送ってくれないかな?」

 

 タチバナが言いづらそうに微笑んでいる。

 ミヤビは苦笑して、“自分一人”で湖を後にした。

 

―――――――――――――――――――――


 富裕層や貴族の暮らす地区に、ペイジ家の豪邸は建っていた。

 煌びやかな外装と、それに反しない内装。壁の至る所に絵画が飾られ、廊下には石像がたっている。

 日も落ち、食堂にはまるで帰省した息子を歓迎するかのように、豪華な食事が並べられていた。

 食堂の長机に座るペイジ家の二男、アーサー・ペイジは困惑していた。

 彼は自ら“勘当”は申し出て家を出たはずである。本来なら敷地すら跨ぐつもりは無いのだが、父から帰ってこいと命令された為、父親と食事をとる羽目になった。

 父の反対を押し切って“家出”をしたが、最後には父も彼の決意を汲んでくれた。

 それを無下にするという事は、アーサーを甘く見ているか、相当な理由があっての事だろう。


 「それで……、“剣術”はどうだね」


 メインディッシュの肉料理にナイフを入れると同時、アーサーの父―――ルーサー・ペイジが重い口を開いた。

 オオバに敗北をきして以降、アーサーは剣術の鍛錬に一層の力を入れてきた。……が、結果に結びついてはいない。


 「……ぼちぼちです」


 アーサーははぐらかす。

 わざわざ反対を押し切って家を出たというのに、コレといった結果は出せてないなど口が裂けても言いたくなかった。


 「そうか……」


 ルーサーは肉を一切れ口に入れ何度か咀嚼した後、ゆっくりと立ち上がった。そして食堂を後にする。

 口には出さないが、着いてこいと言っているのだろう。アーサーはナプキンで乱暴に口を拭うと、父を追いかける。


 「どこへ連れていこうと言うのです」


 子供の頃から歩きなれた廊下も、暗く、使用人がいないと別の世界に見えてしまう。

 何も言わない父親に一寸の不安と苛立ちを感じ、廊下に響く足音が大きくなる。

 やっと立ち止まったと思えば、そこは地下室の扉の前。ルーサーは扉の鍵を開け、石畳の階段を降りていく。


 「『ペイジ家に敗北があってはならない』。私の祖父の言葉だ」


 狭い地下室に父親の声が響く。

  

 「はい……。だから俺は家を出ました」

 「お前は昔から妙な所で意地を張る。私も父も祖父だって、敗北が無い訳では無いのだぞ」

 「……わざわざ慰めるためにこんな所まで来たんですか?」

 

 アーサーは眉をひそめる。

 ペイジ家に縋っているままでは強くなれないと、意を決して家を出たのだ。今更戻ってこようとは思えない。

 地下室は薄暗く、古くなった石像や、曽祖父の遺品などが埃を被って並べられている。そんな中、部屋の中心に真新しい大きな木箱が置かれていた。―――まるで剣でも入っているかのような大きさだ。


 「お前が、“ペイジの名”を纏うのが嫌になったのは分かっている。しかし、父親の私にとっては、息子が“ペイジの名”を捨てるのは何より恥だ」 


 ルーサーが木箱を開けると、そこには一本の剣が鎮座していた。

 赤黒い大理石のようなモノで形作られ、神々しいオーラを纏っている。


 「持ってみろ」


 父親に手渡され、アーサーはその剣を握る。

 ―――軽い。実践用には見えない……、装飾品と言ったところか。

 アーサーが刀身を眺めていると、その刃に小さな文字が刻まれていることに気づいた。


 「―――まさかっ!」

 「ああ、元になる“聖剣”を手に入れるのに財産の7分の1を使い、“詠唱文”を刻むために、それ以上の金を消費した」


 ルーサーは小さく息を吐く。


 「―――“崩剣インバリダス”の“術具”だ」


 “崩剣インバリダス”。ペイジ家の独占魔術であり、最強の剣。


 「しかし俺は……!」

 「分かっている。ペイジ家の象徴とも言える崩剣など使いたくは無いだろう。しかし、今後“教会”レベルの連中と渡り合うには必要なモノだ」


 『剣に勝たされているだけだ……』。自身が“教会”との一戦で放った言葉である。

 崩剣を使っても意味が無い。それは分かっている。しかし、“教会”に見せられた圧倒的な力の差。

 揺らぐ気持ちが無いと言えば嘘になる。 

     

 「今すぐ“使え”……とは言わない。自分がその剣に見合う人間になれたと思えた時使うといい。―――それまでは肌身離さず持っていろ。“その剣”が、お前の背負うべき“ペイジ家の責任”となる」


 捨てたはずの名前と剣。

 これから“崩剣”を見る度に襲ってくるであろう、“誘惑”とアーサーは戦い続けなければなあない。それがペイジ家の責任だと父親が語るのだから。



―――――――――――――――――――――



 “教会”の本拠地である大聖堂。“熾従者(セラフ)”の一人である、アズラは並べれている長椅子に寝転がり、鼻歌交じりに雑誌を読んでいた。

 そこに、予備の義腕と義足を付けたイールがやって来る。


 「おや? イールさんじゃないっすか」


 アズラは雑誌から目を逸らし、くたびれたイールを見て鼻で笑う。


 「聞きましたよ〜。任務失敗したらしいじゃないですか。またブリールさんに怒られますよ〜」

 「失せろ」


 アズラの話に耳など貸さず、イールは彼女が寝転がる椅子を通り過ぎていった。

  

 「良かったんですかぁ? あの“箱”、貴方の“お仇さん”の復活アイテムらしいっすよ」


 その言葉に、イールは足を止める。


 「確か、妹さん殺されたんすよねー。あと両手両足も引きちぎられて……。おぉ……考えるだけでも痛そうですね」


 頭上に威圧を感じ、アズラは雑誌に戻していた視線を上にあげる。

 そこには鬼のような形相のイールの顔。アズラは驚きのあまり雑誌で顔を隠くした。


 「その話詳しく聞かせろ」


 イールは雑誌を奪い取り、適当に放り投げる。

 

 「あぁ! ブリールさんが3ヶ月前に気まぐれで買った“これからは術具もオシャレアイテム! デコっちゃおう編vol.2”がぁ!」

 「それはどうでもいい。聞きたいのは“箱”についてだ!」


 イールはアズラの喉元を鷲掴みにして、空中に突き上げる。


 「やっ、やだなぁ……。そんなに強く掴んだら死んじゃうじゃないっすか……」


 必死なイールを見下ろしながら、アズラはヘラヘラと笑う。


 「どうせ“まだ”他がいるんだろう? 早く話せ」

 「そんな人を……、量産品……みたいに……」


 言葉を詰まらせながらも、アズラは顔に笑みが貼り付けている。

 これでは会話にならないと、イールは手の力を緩め、アズラの体が落下させる。


 「詳しく話すもなにも……、さっきのが全てですよ」


 アズラはむせながら、呼吸を整える。


 「イールさんが取り返すはずだった“箱”はゼムストの魔力が封印されていたもの。……まぁ、その様子じゃ事前に聞かされては無かったみたいですけど」


 イールの脳裏に“あの日”の出来事が鮮明に思い出される。燃え上がる家々に、耳に張り付いた妹の悲鳴と、自身の叫び声。

 無いはずの両腕が震えてくる。しかし、恐怖からでは無い。


 「―――疼くな」

 「は?」

 「次こそは私の手で息の根を止められる! そう思うと体が疼いて仕方がない」


 イールは大声で笑いながら、大聖堂を走り去っていく。

 “教会”に入り、どれだけ“転生者”を葬ろうと満たされなかった感情を、やっと満足させる手立てを見つけたのだ。

 久しく感じていなかった高揚感が身体に流れ、彼女の表情は幸福で満たされようとしていた。 

というわけで、4人の話を書きました。

露骨に伏線を貼るのは楽しいですね。今回で長かった夏休みも終わり、次回から新章になります。


………というわけで、恒例ですが話をまとめるのに2週間ほどいただきたいです。


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