分かった、返すよ
「だから、とっとと白状させようって言ってるのよ!」
「暴力反対。そもそもお前だって拷問の方法とか知らんだろ! 俺だってSMモノの“やつ”は嫌煙してんだぞ」
いつまで口論するのか……、退屈である。
何度目の欠伸をした時だろうか、部屋の扉が開いた。
「外まで聞こえてるわよ……。なにしてるの?」
大きな帽子を被った少女が、何故か両手を小さく上げながら入ってきた。
俺は目を見開いた。その外見に見覚えがあったからだ。深くは知らないが、ミヤビの旧友と聞いている彼女を―――
「ご苦労だったな、アンピ」
そう、アンピ。何だかんだ、マトモに話した記憶も無いし、関係性も無いに等しいのだが……。
彼女はコイツらの仲間だったのか……。という事は、残りの二人もミヤビの友人なのだろうか。
「貴方……、大丈夫だったの?」
「“教会”のこと? お陰で火傷する羽目になったけど、何とかなったわよ。……ちなみに調べておいたけど、奴は“箱”を持ってなかったわ」
アンピは机に腰をかけ、応急箱を取り出した。
「なるほど……、“│教会”が持ってないとすると、やっぱりこの子が怪しいわね」
「おいおい、そもそも手ぶらなんだぞ? 隠せる場所が無いだろ」
「でも、女は“隠せる所”いっぱいあるって言うし」
「何気持ち悪いこと言ってるのよ!」
タチバナの頭に、リッティの拳が振り下ろされる。
「そんな事しなくても、アンピに“観て”もらえばいいじゃないの」
「へ?」
ちょうど片手に包帯を巻き終えたアンピが素っ頓狂な声を上げた。
「なんで私が出てくるのよ……」
「貴方の“目”で何とかなるんじゃないかと思って」
アンピは大きくため息をついた。
「私の目は“魔力の色”が見えるだけで、嘘発見器では無いのよ?」
「だから“箱”を―――」
「“箱”の色は見えなかったって朝確認したじゃない」
「……」
バツの悪そうに、リッティは目を逸らした。“箱”の色が見えない事を忘れていた、といったところだろうか。
「まぁ、減るもんでもないし、“観る”だけなら構わないけど」
アンピはもう片方の手にも包帯を巻き終え、やる気の無さそうな半眼で俺に視線を向ける。
しばらくして、アンピが目を見開いた。
「貴方、なんで―――」
その瞬間、轟音と共に部屋が揺れた。
部屋中の人間が体勢を崩し、俺の縛られた椅子も横転する。
「なに? “教会”!?」
リッティが困惑し、大声を上げる。
しかし、下の階から響く声は“教会”のものではなく、もっと聞き慣れたもので―――
「マスター!! 助けに来ましたよ!」
宣言するかのように、1階からビオラの声が響き、俺の顔に笑みが浮かんだ。
予想外の来訪者に三人は混乱したような顔を浮かべたが、タチバナの動きは早かった。
「俺とリッティで対処する。アンピは見張りを頼む」
さっきまでの抜けた印象が嘘のように、タチバナはハッキリと言い、リッティを先導して階段から降りていく。
「言われなくても分かってるわよ」
―――――――――――――――――――――
ハロルドから告げられたヨツバの居場所である宿屋。木製の床に大きな穴が空いていた。
その穴の横に、品物袋を抱えながら堂々と仁王立ちをするビオラ。その後ろに、レイビアとミルカが少し引き気味で立っていた。
何時もは大人しく、ヨツバの影に隠れがちなビオラが、こんな堂々としているのを見るのはレイビアにとって初めてのことだった。
先程の轟音も、“レイくん”で床に穴を開けた時のものだ。そのせいで、無関係な宿屋の店主や客がてんやわんやしている。
「……ここまでして良かったの?」
「良いんですよ、目立てば。私達は“おとり”ですから」
ビオラまでもが、ヨツバのような思考になっている。
その時、二人組が階段から降りてくるのに、ビオラは気づいた。
落ち着いた様子と、明らかにほかと異なる雰囲気で、ビオラ達に視線を向けている。
ビオラも負けじと睨み返し、腕に抱える紙袋に力が入った。
「ミルカ……、ちゃんと出来るかな」
誰にも聞こえない声でレイビアは呟き、“別行動”の“妹”を思う。
―――――――――――――――――――――
リッティが階段を降りていくと、二人の少女が目に止まった。
一人は“普通”の少女だが、もう一人は見たところ人型魔導書だ。
「マスターを……、返してもらいますよ」
先制するように、魔導書の少女が睨んでくる。
「うーん、どっちも女の子か……。これは困ったな」
タチバナが独り言を呟き、頬をかいた。
タチバナは無類の女好きのせいか、女性に手を挙げるのを極端に嫌っている。なんなら、敵にだって躊躇するくらいだ。
仮にリッティが魔術を行使すれば一瞬で決着が着くとしても、タチバナはそれを許さないだろう。
「出来るなら手は出したくない、話し合いで済むならそうしたいんだけど」
魔導書と少女が、拍子抜けしたような表情を浮かべる。
床に穴を開けてまで呼び出した連中の第一声が一種の“戦闘放棄”だったのだ。当然と言えるだろう。
「話し合い、と言われましても、私はマスターを返して欲しいだけです」
「マスター、つまりはあの女の子だろ?―――分かった、返すよ」
「…………はぁ?!」
リッティは堪らず叫んだ。
躊躇無く、なんの迷いも無く言い放たれたタチバナの言葉に、リッティを含め全員が驚愕した。
「ちょっと貴方、肩貸しなさい」
リッティはタチバナの肩を掴むと、少女二人に背を向けた。
「貴方、何言ってるか分かってるの? “あの子”は現状唯一の手がかりなのよ?!」
「俺が考えも無しに、そんなこと言うなんてありえると思うか?」
「大いに有りうるわよ! 貴方が二人のどっちかに一目惚れして、言われたこと全部鵜呑みにしようとしてる可能性が高すぎるくらいよ!」
「大丈夫だって。ちゃんと考えて行動してるからさ」
タチバナは肩に回された手を振り払い、再度少女二人に視線を向けた。
「でも、条件がある」
「…………私の身程度なら喜んで差し出しますが」
「それは素晴らしい提案だけど違う。君の持ってる紙袋でいい。それを俺達に譲ってくれ」
「…………それだけなの?」
あまりに簡単すぎる提案、これではかえって警戒されてしまうだろ。現に、二人は眉をひそめ、顔を何度も見合わせている。
「罠や嘘は無い……よね?」
青髪の少女が、確認するように首を傾げる。
「俺は女の子に嘘はつかない。不細工な子にもちゃんと不細工って言う」
それはどうなんだ……。とリッティは思うが、交渉が止まることは無い。
「君達は、その場に袋を置くだけでいい。そしたら―――」
タチバナは階段の手すりを飛び越え、床に着地する。
「俺達は道を譲る。マスターなり、好きに連れて行くといい」
人型魔導書は無言でしばらく考える。しばらくすると決心が着いたのだろう、ゆっくりと紙袋を床に置いた。そして、階段を駆け足で登っていく。
…………結局、最後までタチバナが“仕掛ける”ことは無かった。
少女二人が見えなくなると、タチバナはホッと息を吐き、置かれた紙袋を漁り始めた。
「ちょっと、どういうつもりよ。その紙袋に財宝でも入ってるって言うの?」
「あながち間違っては無いぞ。―――ほら」
タチバナは袋から何かを取り出すと、リッティに放り投げた。リッティは慌ててそれを両手でキャッチする。
「最初品物袋を見た時から、もしやな……と思ってたんだよ」
リッティが手を開くと、そこには探し求めていた“箱”。
「あの子が持ってた袋に紛れ込んでた。そもそも、あの子達に“箱”を盗む気なんて無く、俺が間違えて入れちまっただけみたいだ」
恥じること無く、淡々とタチバナは語る。
「つまり…………、やっぱりアンタのおっちょこちょいじゃないのよ!」
「別にいいだろ! 取り返せたんだから」
「そういう問題じゃないわ! アンタがミスさえしなければ、一連の事件は起きなかったのよ。わざわざ“教会”に姿を晒す必要もなかっの!」
「お前だって拷問しようとしてただろうが、棚に上げるな!」
「ちょっと待ってください!」
二人の口論を止める、凛とした声が2階から響いた。見れば、魔導書の少女が眉をひそめてコチラを見ている。
「これは…………どういう状況なんですか?」
タチバナとリッティは顔を見合わせる。
まさか、アンピが幻術でもかけたのかと、二人は階段を上がり、部屋を覗き込んだ。
そこには、たしかに混乱する光景が広がっていた。
少女が縛られていたはずの、椅子が床に転がり、何故かその横にアンピが倒れている。一瞬思考が停止した後、リッティがアンピに駆け寄る。
「ちょっと大丈夫?! 何が起きたっていうの?」
息はしているものの、アンピの肩を揺すっるが反応がない。
「マスターが何処にもいないではありませんか」
顔には出さないものの、魔導書は明らかに憤りを込めた声で呟いた。誰も現状を呑み込めないため、返事をする物はいない。
「ミルカ! どうしたの?!」
青髪の少女が窓から乗り出し、地面に向かって叫んだ。
何事かと、リッティも窓から外を見れば、一人の少女が木刀を抱え、縮こまりながら小さく震えていた。
…………一体何が起きたと言うのか。
よく分からないところで終わりましたね。何故ヨツバが消え、アンピが倒れていたのか、そしてミルカが震えている理由とは…。
次回は日曜日です




