この子は私が預かっておくわ
奇妙なことから、“教会”と行動を共にすることになった。
……百歩譲ってそれはいいとしよう。問題なのは、何故か指と指を絡ます“恋人繋ぎ”で歩いていることだ。
「あの……、何故手を繋ぐんですか?」
「また拐われるかもしれないだろ?」
さも当然のようにイールは答える。
にしても、恋人繋ぎはないでしょうよ……。
さらに、名目上は、俺がはぐれた友人と再開するための道案内である。しかし、イールの視線は俺に向きっぱなしだし、道だってさっきから同じところを行ったり来たりしている。
何かがおかしい……。嫌悪感に不信感がふりかけられていく。
「……私の顔に何かついてますか?」
意を決してイールに顔を向ける。
イールは肩を震わせ、モジモジしながら視線を逸らす。
「いや……、面影が妹に似ていてな……」
何でコイツ、微妙に赤面してるんだよ……。ビオラを“誰か”と勘違いしたと思ったら、俺に妹の面影を重ねるのか……。ここまでくると、さっきの男達に嬲られていた方がマシだという気さえしてきた。
「へっ、へー、妹さんがいらっしゃるんですね……」
「ああ、ウェンディという名でな。……君みたいに綺麗な髪をしていた」
イールのもの寂しそうな顔を見ると、これ以上この話を掘り下げてはいない気がしてきた……。
もうやだ……。いっそ逃げ出してしまいたい。
しっ、しかし、これを好機と考えるのだ。出来るだけコイツの情報を得ておけば、今後対峙した時に役立つだろうと。
「ところで、イール“さん”。“教会”の方ですよね? 今日はお仕事でこの街に?」
「ん?……気づいてたのか」
イールは顔を隠すように、ローブの襟をたてる。
そりゃあ、そんな白装束なら気づくでしょう……。
「仕事……。と言っても賊に盗まれた“モノ”を取り返すだけだ」
「“モノ”って……?」
「それは明かせない……と言いたいところだが、私も知らされてない。“教会”の最高位まで上り詰めたはずなんだがな……」
頭を掻きながらイールがボヤく。
とりあえず、俺とビオラを狙っては無さそうだ。
「次は、ヨツバについて教えてくれないか?」
「へ?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。君についても知りたいんだが……」
イールは恥ずかしそうに視線を泳がす。
「ダメか……?」
不覚にもちょっと可愛いなと思ってしまった自分がいた。くっ……、まだ女心になりきれてないな……。それか“そっちの気”に目覚めてしまったか……。
しかし、俺についてそのまま教えるわけにはいかない。かくして、9割虚言の身の上話をすることになった。
――――――――――――――――――
仲良く手を繋ぐ2人を遠くから観察している影が、こちらにも2つ……。
アンピとリッティは、タチバナと接触したであろう少女の発見していた。タチバナの言う通りかなりの美貌で、同性のリッティですら一瞬見とれてしまった。
しかし問題なのは―――
「なんで“教会”が居るのよ……」
少女の横にいる、白装束。間違いなく“教会”の人間だ。
仲睦まじげに恋人繋ぎまでして……。少女1人ならば何とかなると考えていたが、教会が居るとなれば話は別である。
「普通に考えて、仲間だったんでしょ?」
アンピが菓子を口に放り込む。
「仲間?」
「そう、“教会”とあの少女はグル。少女をタチバナと接触させて“箱”を盗んでくるよう仕向けたのよ」
「じゃあ、最初から“盗む”つもりでタチバナとぶつかったわけね……」
リッティは納得したように頷きながら呟く。
「そりゃあそうでしょう……。タチバナがうっかり渡したと本気で思ってたの?」
「アイツならやりかねない」
「…………言われてみればそうね」
真偽はどちらにせよ、少女が“箱”を持っているのは確かなはずだ。
今はどうやって奪い返すかが問題なのである。
「じゃあ、頑張ってちょうだいね」
アンピがリッティの背中をドンッと押した。
「はぁ?! ふざけないでよ、私戦闘員じゃないでしょうが! アンタの“狐”で何とかしなさいよ」
「大丈夫、ちゃんと策は有るから。貴方にはちょっと囮役をやってもらうだけ」
「本当でしょうね……」
「ホントよ、ホント。絶対神オーゼにも誓ってあげるわ」
リッティに睨まれる中、アンピは悪戯っぽく微笑み、手の平で“電気の狐”を精製した。
――――――――――――――――――
少女と“教会”の前に、リッティは仁王立ちで立ちはだかった。
“教会”はリッティの存在に気づくと、少女と繋いでいた手を離し、少女を自分の背中で隠す。
「まさか、そっちから現れるとはな。―――“疎楽園”」
「とぼけないで……。取り返しに来るのは分かってたことでしょ?」
睨み合う二人。少女はその様子を白々しくも、困惑した形相でオドオド震えている。
「ヤルなら場所を変えよう……」
「“教会”にしては珍しく常識的な判断ね」
「―――この子を巻き込みたくないだけだ」
“教会”は後ろにいる少女に目配せをする。
アンピからの報告だと、あの“教会”はヴァルーチェの校舎を倒壊させたはずである。そんな奴が少女一人の心配をするとは……。“教会”にとってあの少女がどれだけ大切かをリッティは再度認識した。
「―――じゃあその間、この子は私が預かっておくわ」
“教会”の背後、突如現れたアンピ。
意識を無くした少女の身体に手足を絡ませている。
仲間であるリッティですら驚く中、“教会”の行動は迅速だった。
「貴さ―――!」
振り返ると同時に、イールは右腕を剣へと変化させる。
が、それよりも速くアンピは“狐”を精製し、その背中に飛び乗った。
「じゃ、貰ってくわね―――」
“狐”は人混みの間を縫うように、凄まじい速さで駆けていく。
しかしアンピが振り返るとそこには、鬼のような形相で“狐”を追う、“教会”の姿があった。
この事態にはアンピも顔を歪めざるおえない。しかも、“教会”との距離はみるみる縮まってきていた。
「不味いわね……」
アンピは“狐”の左耳を撫でる。
すると、“狐”は身体を右に捻らせ飛躍し、建物の上に着地した。
―――流石の“教会”と言えど……。
アンピは逃げ切ったという安心感から、ホッと息を吐いた。
「―――もう逃げないのか?」
アンピが咄嗟に振り返ると同時、喉元に剣先が突きつけられる。
「どういう脚力と反射神経してるのよ……」
アンピの顔に苦笑が漏れる。
「ヨツバを……、返してもらうぞ」
「これは……抗いようがないわね」
抵抗すること無く、アンピは少女から手を離した。
“教会”は自分の元に少女を引き寄せると、眠っているように穏やかな彼女の顔を見て安堵の息を吐いた。
“教会”は少女を床に寝かし、アンピを左腕で床に押し倒す。そして、彼女の腹部を押しつぶすように踏みつけた。
「グッ……!」
「白昼堂々、“私の”ヨツバを拐おうとはいい度胸だな」
「そんなに……あの子が大切?」
「…………たまたまさっき出会っただけだ」
―――ならここまでしないでしょ。
アンピは可笑しくなり、口の端を上げた。
「……何故笑う」
「いえ……、なんだか可哀想になってきて」
「何が言いたい?」
「知ってるかもしれないけど、私は幻術使いの電撃狐。電気を使って人に幻覚を見せることが出来る」
「だからどうした……」
“教会”はアンピの喉元に剣先を迫らせる。
そんな事は気にせず、アンピの口から笑いがこぼれる。
「例えば、脳と視覚を微弱な電気で刺激して、“質量のある幻覚”を見せることだって出来るの―――」
しまった! と“教会”が悟ると同時、寝かせていた少女の姿が、空気に溶けるように消えていった。
「残念だったわね……。“本物”は移動してない。今頃私の仲間が良いようにしているでしょう……」
「貴様も幻覚か!!」
「それも残念……。私は本物」
アンピは自身を踏みつける足首を掴む。
「私の電気は、こういう事もできる……」
その瞬間、雷に撃たれたような衝撃が“教会”を襲った。“教会”は堪らずその場に倒れ、感電したように小刻みに身体を震わせる。
腹部を抑えながら、アンピは身体を起こした。
「一時的に身体を麻痺させたわ……、私の手も火傷するから、あんまり使いたくはなかったけど……。何にしても、取引が終わるまでそこで寝てて欲しいわね」
身体を麻痺させているはずなのに、“教会”はハッキリした瞳でアンピを睨んでいた。
「さて……、リッティはちゃんとやってるかしら 」
少し遅れましたが、本日分になります。
ヨツバ(箱)を巡って、ふたつの勢力がぶつかる展開です。
次回は日曜日……、時間が無ければ水曜日…のどちらかです。




