ここらで解散するか
地上に雨が落ちるように、俺達は誰にも意識されること無く、都市―――ムーカティに降り立った。
商売人の街と言うだけあって、人の行きかいがとても盛んだ。それこそ、以前の“次元祭”と同等、もしくは凌ぐほどだ。
「逸れぬようにしろよ。あまり治安の良い地域ではないからな……」
先頭を歩くハロルドが、後方の俺達に注意を促す。
たしかに……。人が盛んで一見“マトモ”な街に感じるが、人と人の間から時々垣間見える、素行の悪そうな男達に、道端に倒れ込む子供の姿。少なくとも学園付近では見なかった光景だ。
……ついでに言えば、すれ違う人々が俺に視線を向けている気もする。そりゃあ、こんな美貌の少女が歩いてるのだから当然と言えるだろう。しかしなんと言うか、嫌らしいというか、嬲るようなと言うか、いつも俺が異性に向けている視線を感じるのだ。
視界の隅に入る“嫌な光景”は無視して進んでいく。
しかし一瞬映った光景に、俺は目を奪われその場に立ち尽くしてしまった。
それは、大きな檻を囲って、人々が群がっている光景。最初は奴隷商かと思ったが違う。檻の中にいる“ソレ”は明らかに異質だ。
一言で言うならば“影”。全身が黒く、陽炎のように朧気な存在。座っているのか立っているのかも見えない。いや、見ようとするほどボヤけていく“何か”が檻の中にいるのだ。
「逸れぬようにしろ、と言っただろ?」
耳元でハロルドに囁かれ、俺は身体を震わせた。
「なんだよ“アレ”……」
「“未確定”ですよ」
ハロルドに聞いたつもりだったが、返事はビオラから来た。
「ふむ、魔導書のお嬢さんはご存知のようだ。―――“未確定”。その名の通り、何者でも無く、何者にでもなれる存在だな」
「もっと分かるように説明してくれよ……」
「なんだ、そっちの世界には居ないのか? 奴らは満月の夜、食べたモノの姿になる。動物を食えば動物に、人を食えば人に……。つまりは何者にでもなれるわけだ。…………檻の中にいるのは証明の為か何も与えられてないようだが……」
檻の中に漂う“未確定”。それに群がる人々。見ていて気持ちのいいものでは無い。
ハロルドは俺の視線が未だ“未確定”に向かっていることに気づいたのか、静かに忠告を告げる。
「間違っても助けてやろうなんざ考えるんじゃないぞ? 我々の力ではどうしようも出来ない世界だ……。お前は己はの届く範囲のものを守るよう心掛けろ。でないと足元をすくわれる」
「……分かってるよ」
俺は、その光景も見なかった事にして再び歩き始めた。
中央広場に着くとハロルドは足を止め、俺達に振り返る。
「ここらで解散にするか」
そう言うと、ハロルドは俺とレイビアに紙切れを1枚ずつ渡した。
「各々に買ってきて欲しいものをメモしてある。二人組にでもなって買ってきてくれ」
「いいの? 治安悪いのに解散しちゃって」
ミルカは返ってくる答えがわかった上で口の端を上げる。
「一人にならなければ問題ないだろう。少年も元は男であるし、レイビアも“大人”として扱ってもよい年齢だと思っている」
一応僕も、レイビアさんと同学年なんですが“大人”には勘定されませんかね?
「それに、ワシがいる間は雨が降っている。万が一の時はワシが助けに行くから安心してくれ」
というわけで、二人組に別れて買い物に出た訳だが、解散したと同時、ミルカがレイビアに飛びついた為ここのペアは確定。……となれば残す手は1つしかない。
いつもの2人。こうなるのが1番自然なのだがどうも今は気まづい。
振り返れば、いつもより2、3歩分多く間隔をかけてを歩くビオラの姿があった。
俺が立ち止まれば、ビオラも立ち止まる。
「…………もっと近く歩けよ」
「この程度の距離が今の私達には適切かと」
「いっそ、別行動にしないか?」
「マスターを一人にすると、誘拐されますから」
前例があると反論できないな……。
これ以上の口論は無駄だと、俺は再び歩き始め、品物が詰まった袋を持ち直した。
頼まれた物はさほど多くないのだが、店に入る度に店員がオマケしてくれるため、気づけば大きな袋を両手で持つようになってしまった。これも、この見た目のお陰だろう。
「マスター。少し待ってください」
どうやら、ビオラは人の波にのまれてしまったようで、俺を呼び止める為に上げられた手だけが見える状態になっている。
「おいおい……大丈夫か?」
救出に行こうと踵を返す。が、そのタイミングで通行人にぶつかってしまい、抱えていた品物が道にぶちまけられる。
「おわ……! 悪いな、お嬢さん」
俺とぶつかったとおもしき少年が、すぐさま拾うのを手伝ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いや、ぶつかった俺が悪い。それに、君みたいなべっぴんさんなら喜んで拾わせて貰うよ」
やっぱり見た目って大事なんだなって……。
少年の協力もあり、品物はすぐに拾い終わった。更には立ち上がるのに手を貸してくれたりと、なかなかの紳士である。
「君のような美少女に出会えるなら、人にぶつかるのも悪いもんじゃないかもしれないな!」
なんだが微妙にキザじゃないセリフだな……。
「ちょっとタチバナ! なに油売ってんのよ!」
「悪ぃ! 今行くからよ。―――ではお嬢さんまた会えたら……」
少年は礼儀正しくお辞儀をすると、自身を呼ぶ声の方に駆けて行ってしまった。…………タチバナか。名前からすると“転生者”に感じるが、どうだったのだろう。
そう言えばとビオラの方を見れば、まだ人の中に埋もれている。むしろさっきより遠くなった気さえするくらいだ。
「おーい、大じょ―――」
再び声をかけようとしたその時、俺の両腕に二人の男が突っ込んで来た。
状況が掴めないまま、衝撃で袋を落としてしまう。
声を出す余裕も無く、抵抗する暇さえなく、俺は裏通りへと引きずられて行った。
「申し訳ございません……。遅れてしまいました」
人混みからやっとはい出てきたビオラは、声をかけるべき相手が居ないことに気づいた。
彼が居たはずの場所には、破れかけた紙袋だけが残されていた。
案の定と言いますか、誘拐されるヨツバです。
次回は日曜日です




