ずっと会いたかったよレイ姉!!
俺達を乗せたドラゴンは地上のモノが豆粒位に見える高さを、雨の中飛行していた。向かい風と水滴が心地よく感じる程のスピードだ。
寮から飛び立って少したった頃、レイビアが説明のために口を開いた。
「叔父さんは冒険家でね、ルーゼに乗って世界中を旅してるんだ」
「“叔父さん”って呼んでるが……、ネウト族って性別無いんじゃなかったか?」
「それは僕みたいな未成人の間だけだよ。成人の時に自分で性別が決められるんだ。ハロルド叔父さんが選んだのは“男性”。僕も叔父さんみたいになりたいから“男性”を選ぶつもり」
俺は前方のハロルドを見る。渋い顔に屈強な身体。これぞ男とも言える外見だ。目の前に座るレイビアとは真反対である。成人したと同時に男らしくなるのだろうか…………。それはそれでちょっと見てみたい気もする。
レイビアはドラゴンの表面を撫でる。
「この子はルーゼ。“アシレイの水芸魔術”で授けられた、叔父さんのパートナーだよ。僕で言うところの“レイくん”だね」
レイビアが水筒を捻ると、中からレイくんが飛び出し、嬉しそうにルーゼの身体に潜っていく。…………こいつら同化するのかよ。
「レイくんも、こんなドラゴンになるのか……?」
「それはまだ無理かなぁ。大きさや形は、持ち主の魔力量に応じて変わるからね、僕じゃこんな正確なドラゴンは作れない。でもいつかは出来るようになりたいね」
レイビアは憧れの眼差しを、頭部に座る叔父へと向ける。つまり、 正確なドラゴンを形成できる、ハロルドの魔力量は相当なものなのだろう……。
「レイくん達は“雨水”で出来てるんだよ。だから、ご飯も雨水じゃないといけない。前に少し話したよね?」
「聞いたような気もする……」
いつぞやに昼飯を持ってきてくれた時だろう。
「しかも、その雨水も“特定のモノ”じゃないといけない。僕の場合は、この“水筒に入った雨水”。叔父さんは“傘に触れた雨水”。
だから叔父さんはいつも雨と一緒に行動してるんだ。
今こうして、雨の中を飛んでるのもそのせい。自分の傘に雨水を当てて、ルーゼのご飯にしてるんだよ」
「正確に言うと、ワシが雨に付いて行ってるのではなく、“雨がワシに付いてきとる”んだがな」
レイビアの説明にハロルドが補足する。
「まあ、少年方。細かいことはともかく、見た目は少々怖いが、ルーゼは優しくて繊細な奴だ。お前さん達も優しく扱ってくれ」
「な、なるほど……」
ルーゼの表面に触れ、慎重に撫でてみる。すると、頭部から、けもののような雄叫びが響いた。
「はっはっは、喜んどる喜んどる。好きなだけ撫でてやってくれ」
これで喜んでくれるのか!
そうなると、このドラゴンの形をした水も可愛らしく思えてきた。猫に似た愛くるしさを感じる。
俺はさっきよりも強く撫で始め、ビオラも俺の真似をしだした。
「痛った!?」
突然指先に刺激を感じ、慌てて手を離す。
まさか棘など生えているはずがない。手の動きに合わせて、ルーゼの中から指に噛み付いたレイくんが引き上げられた。
「て、てめえ! 前も俺のこと噛んだよなぁ?!」
レイくんは「してやったり」と目で笑い、再び、ルーゼに潜っていった。
ちくしょうまた同化しやがった……。これでは仕返しが出来ない……。
「ごめんねヨツバくん。レイくんもルーゼの事好きだから嫉妬してるんだよ」
「次会ったら、噛み付き返してやるからなぁ……」
と言いつつ、勝てるビジョンが見えないのも事実である。
「もうすぐ到着だぞ」
前方からハロルドの声が通り抜けていく。
視界が裂け、地上に小さな村が現れた。
四方を山に囲まれ、平地の大半は畑で、民家や湖、雨のせいか水たまりがチラホラと見える。非常に緑率の高い土地である。
「綺麗ですね……」
横からビオラの感銘がこぼれる。
俺もビオラと同意見、いやそれ以上の感想を得た。近代化していく社会で、いつしか人々が忘れてしまった、多くを望まない理想のカタチ。便利ではなくとも裕福な暮らし。自然があり、食べ物もある。桃源郷とはここの事なのかもしれない。
「…………ここが」
「そう―――」
レイビアは自身の故郷を見下ろしながら答える。
「ここが僕達ネウト族が暮らす村、“ネーフィ”だよ」
ルーゼは小高い丘に着陸した。
滝の近くにいるような、細かい雨が降っている。その成果薄く霧が出来ていて、 上空で見たより村全体がボヤけているようだ。
大きく息を吸い、新鮮な空気で肺を満たす。学園のものが不潔だとは言わないが、やはり自然で育まれた空気は気持ちが良い。
「それでは諸君、我が家へと向かおうではないか」
傘を差したハロルドが、ルーゼから飛び降り、先導するように丘を降りていく。
俺達もルーゼから降りる。地面は湿っているものの、泥濘む程ではない。足を取られることなく、ハロルドについて行った。
「レイくん達は置いてってもいいのか?」
「レイくん達が思いっきりハメを外せるのはこの村位しかないんだよ。たまには外で遊ばせてあげないとね。ネーフィではずっと雨が降ってるから、燃料切れになることも無いし」
「ずっと雨って……。それで農作物は育つのか?」
「雨は全て、この村とネウト族の守り神―――アシレイ様が管理してるからね。ちゃんと育つよう調整してくれるんだよ」
「アシレイってあの―――」
「そう、“アシレイの水芸魔術”のアシレイ様だよ。レイくん達を作った偉大な神様だよ」
なんと有能な存在だろうか……。
神と言えば、いつぞや倒し損ねた“天敵”位しか知らない為、余計にそう感じる。
丘を降りていくと、ちらほら民家や畑が現れだした。
ふいに、畑で農作業をしていた老人がコチラに気づき、「ああっ!」と歓声を上げた。
「ハロルドとレイちゃんが帰ってきたぞぉぉぉ!!」
その声が村中に響くやいなや、村のあちらこちらから、
「なんだと?!」「レイ│兄帰ってきたのか!」「ハロルドも戻ってきたぞ!」
と、声が聞こえ、俺達を囲うようにどんどん人が集まり始めた。
「レイ兄! 俺やっと二重跳びが出来るようになったんだ。あとで遊ぼ!」
「ダメ! レイ兄は私とオママゴトで遊ぶの!」
「しばらく見ないうちにまた可愛くなってぇ……。オバサン何だか泣けてきちゃう……」
「今年はいい酒が出来たぞ! 今夜は寝かせないから覚悟しろよハロルド」
「お前が載った新聞記事読んだぞ〜。ちょっと前までこーんなガキンチョだったのが今じゃ村が誇る冒険家だもんなぁ!」
群がってきた村人達が二人に止めどなく話しかけていく。
「すっ、凄い人だな……」
「みんな家族みたいなものだからね」
気づけば人が集まりすぎて、一つの生命体が蠢いているようになってしまった。その中心で、おしくらまんじゅう状態の俺は苦笑してしまった。
「で、横のパッとしない小僧は誰だ?」
「まさか婿を連れてきたのか?!」
「ワシは96年生きてきてるけどねぇ……。こんな地味なのは見ぃたことないよぉ」
「既にもう一人女子を連れてるぞ!」
「“女性”を選んだのは嬉しいが…………、ヴァルーチェには、こんな奴しか居らんのかね?」
おうおう、いきなり罵詈雑言を浴びせられるとは思わなかったぞ……。
俺が発狂するより速く、レイビアが「違う違う!」と否定した。
「ヨツバくんは僕の友達だし、ビオラちゃんは彼の魔導書。そして僕は今でも“男性”を選ぶつもりだよ!」
「なんだよォ……」「レイビアちゃんは女の子を選ぶべきよねぇ」「これもハロルドの影響だろうなぁ」
村人達は落胆の声を上げ、肩を落とした。
「レイ“│姉”ぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」
雄叫びと共に、凄まじい勢いでコチラに向かってくる人影があった。
「ふむ、ミルカのお出ましか……」
ハロルドが鼻で笑う。村人もやれやれと微笑みながら、レイビアへと続く道をあけた。
村人を押しのけ、レイビアの胸に飛び込んで来た“少女”(?)。
その表情は万遍の笑み。髪はポニーテールで、身長はレイビアより一回り小さいものの、その容姿や纏う雰囲気はレイビアそのものとも言える。
「レイ“姉”! ずっと会いたかったよレイ姉!!」
レイビアより幼い子達は皆、“レイ兄”と呼ぶ中、彼女だけは“レイ姉”と呼んでいる。
レイビアは強く抱きしめられて苦しいらしく、無理やり少女を剥がすと呼吸を整えた。
「もう! 僕は“男性志望”だからお姉ちゃんじゃないって言ってるだろ!」
何時になく、強気な口調のレイビア。
「いいの! 俺が“旦那さん”で、レイ姉が“奥さん”。二人で幸せな家庭を作ろう」
二人の掛け合いを見て、村人達は微笑んでいる。
「あ、ヨツバくん達にも紹介するね」
レイビアは少女の肩を持つと、俺たちの方に無理やり向かせる。
「この子はミルカ・アートレイ。―――僕の“妹”だよ」
「ちょっと、俺も“男性志望”だから“弟”でしょ?!」
………………もう既にややこしくて分からない。
ネーフィに到着しまして、レイビアの妹? 弟?が登場しました。非常にややこしいですね。
既にお気づきかと思いますが、レイビアの呼称が“彼”だったり“彼女”だったり、秋の空並によく変わります。ただ単に私が何も考えてないだけなので、気にせず読んでください。
対したオチもなく切れ目の悪い話が続きますが、今に始まったことではないので辛抱強くお付き合いください。
次回は日曜日になります。




