さあ、夏休みの始まりだよ!
レイビアが訪ねてきたのは、補習が終わってから数日後の早朝であった。
「ヨツバくん、僕と一緒に帰省しない?」
玄関を開けると、涼しそうな薄手のパーカーを羽織ったレイビア。
寝起きの脳味噌にそんな事を言われても理解出来るはずがない。
ボーっとする思考で、レイビアの発言を噛み砕いていく。
「………………どういうことだ?」
噛み砕こうにも、脳味噌が思考を放棄したようで、レイビアに聞き返す。
「僕、もうすぐ故郷に帰るんだよ。良かったらヨツバくんと、ビオラちゃんもどうかなって」
そう言えば、帰省するという話は聞いた気がする。しかし、何故俺達まで誘うというのか……。
「あと……、ヨツバくん転生者だし、夏休みなのに行く所なくて暇かな? と思って…………」
恥ずかしそうに、少し俯きながら話すレイビア。こんな気遣いのできる娘が他にいるだろうか?! そして、こんな姿を見せられて、NOと言える男性はいないだろう。
「ああ、もちろん御一緒させてもらうよ!」
深い考えもなしに、即答した。
歯を見せて笑ってみるも、噴水のように飛び跳ねた寝癖のせいで、だらしなく見えていただろう。
「良かったぁ。じゃあまた迎えに来るよ。じゃあね」
嬉しそうに階段を降りていくレイビアを見守り、俺は玄関の扉を閉めた。
「よかったのですか? 急に決めてしまって」
居間に正座して、お茶をすすっていたビオラがそう聞いてきた。
「良かったもなにも、やる事なんて無いだろ?」
「…………それもそうですね」
俺達の予定の無さに落胆したのか、少々落ち込んだ様子でビオラは返事をした。
こうして、俺達はレイビアの故郷へと遊びに行くことになったのだった。
レイビアが迎えに来たのは、その翌日、よく晴れた早朝の事だ。
レイビア曰く、叔父さんが迎えに来るそうなのだが…………、連れてこられたのは寮の裏の公園。
待ち合わせ場所がこんな交通機関の「こ」の字もないような所でいいのだろうか。
不安になりレイビアを見ると、彼も同じような顔を俺に向けていた。
「ヨツバくん、そんなに荷物もっていくの?」
レイビアが言うのも当然だろう。
何を持って行くべきか分からないため、ありったけの衣類を詰め込んだギッチギチの鞄を担いでいるのだ。
「ビオラの服も入ってるからな。……あと、何があるか分かんないし……」
その反面、レイビアは荷物らしい物は何も持っておらず、“レイくん”の入った水筒を手に抱えている位だ。実家に帰るのだから当然とも言えるだろう。
「別に服なんて持ってかなくてもいいよ?僕の貸すからさ」
「…………いや、それは何だか非常に不味い気がする」
倫理的にと言うか……、衛生的にと言うか……。
そうこうして、待ち合わせ場所について聞けずにいると、俺の鼻先にポツンと滴が落ちてきた。
空を仰げば曇り空である。先程まで雲一つ無かったというのに、今にも降り出しそうなお天気になってしまった。
「……どうするよ、迎えが来るまで部屋に戻るか?」
「いや、寧ろ迎えが来たんだよ」
「え?」
空を見上げたままレイビアは動こうとしない。そうしている間に、とうとう雨が降り始めてしまったが、レイビアは不動のままである。
「すまん、待ったか?」
空から声が降ってきたのはその時だ。
俺も空を見上げると、その光景に息を飲んだ。
雨が降りしきる中、上空に浮かぶ“水の塊”。細い尻尾に、太い足と腕、そして大きな翼を型どった、“ドラゴン”としか呼び用のないその姿。
透明な“ドラゴン”が長い首を降ろすと、水で形成された鋭い牙が、俺の目の前に迫る。
「別に待ってないよ、ハロルド叔父さん」
「おっ、叔父さん?!」
なんてこった、迎えにくるレイビアの叔父さんは、まさか“ドラゴン”だというのか?! こんなの全く予期してないぞ!
「横の二人が、お前の言っていた友達か?」
話題と“ドラゴン”の顔がコチラに向いた。下手したら食べられるかねない……。
「あ、はい。レイビア“さん”とは御学友といいますですででで……でしょうか? オオバ ヨツバと申し……したです」
「―――ヨツバ様の魔導書、ビオラと申します」
ガッチガチに緊張して口が上手く回らない。
「ふむ、中々興味深い御友人だな」
“ドラゴン”から誰かが降りてきたのはその時だ。
右目に黒色の眼帯を付け、長い髭を生やした渋い顔の男性。髪と髭はレイビアの青より少し濃いだろうか。 右手には大きな黒色の傘を差している。
男性は俺に手を差し出した。
「聞いてるかもしれんが、レイビアの叔父、ハロルド・アートレイだ。―――冒険家をしている」
……………………はぁ。
俺は“ドラゴン”と“叔父を名乗る男性”を交互に見る。
なるほど、人はこれを“早とちり”と呼ぶわけか。ハロルドの差し出された手を握ることも出来ず、唖然としたまま立ち尽くす。
その姿を見て、ハロルドも眉をひそめた。
「大丈夫かね? 彼は…………」
「多分、“ルーゼ”を見て驚いてるんじゃないかな」
「なるほど……。では、私のことは“背中の上で”説明してやってくれ。とりあえず我々の村に向かおうではないか」
浮遊していた“ドラゴン”が地面に着地し、身を屈める。
放心状態の俺はレイビアとビオラに手を引かれながらその背中に登り、ラクダのようなコブの上に腰を下ろした。
水の上のはずなのに沈まないという不思議な浮遊感を感じる。非常に柔らかいソファに座っているようだ。
「それでは向かうとするか」
“ドラゴン”の頭に立ったハロルドが指を鳴らす。すると、“ドラゴン”はその大きな翼を激しく振り始め、後ろ足で立ち上がると、勢いよく飛び立った。
一気に高度が上がっていく。全身に凄まじい風を受けるが不思議と落ちることは無い。
レイビアはだんだんと高度の上がっていくその最中、俺に笑顔を向けた。
「さあ、夏休みの始まりだよ!」
ご無沙汰でした。
今回から始まりました、夏休みパート2。レイビアの故郷に行く話です。
次回は水曜日ですかね




