今日はデートに行こうよ
「今日はデートに行こうよ」
試験の前日、ルマが唐突にそう言った。
待ち合わせ場所の図書館。入ってくるなりルマがそんなことを言うもんだから、俺は眉をひそめた。
「明日、確認テストなんだが……?」
「私が毎日教えたんだもん。もう大丈夫だよ。……例えば、“凶爛魔術”の概要と、使用が禁じられてる理由は?」
ルマの問いかけに、俺の小脳はすぐさま反応した。
「対象の五感を極限まで上昇させる“凶爛魔術”。敏感になりすぎた感覚のせいで対象の精神を崩壊させるため使用が禁じられている。しかし、詠唱文が紛失したため、現在使用出来る者はいない……。“良く分かる近代魔術史 43ページ 4行目”より……」
言っている最中に気づいたが、どうやら教科書の内容を暗唱できる位には完璧らしい……。
嬉しそうなルマの視線が俺に向けられる。
「じゃあ行こうか」
ルマは、座っていた俺の腕を掴んでグッと引っ張りあげると、そのまま図書館を出て廊下をかけていく。
彼女のこんなにも嬉しそうな顔は初めて見る。その顔が俺に向けてのもだと考えると、今までにない嬉しさを感じた。
時刻は16時を少し回った頃、町はまだ明るく人通りもあった。
しかし俺とルマは制服のままで、長期休み中である為目立つ。しかも、ルマは俺の手を握ったまま話さないため、余計目線を集めてる気がした……。
「あんまり急がないでくれよ……」
「“時間”は有限なんだよ? 急がないとすぐ終わっちゃう」
楽しそうに走り回るルマに連れられて、様々な場所を巡って行く。
何か特別な催しがされている訳でもないのに、お祭りのようにはしゃぐルマ。彼女と一緒にいるとこっちまで子供に戻ったようだ。
「やっぱり町に出るのはいいね。誰かと一緒だと尚いい」
「町はいいって……。いつでも来れる場所だろ」
「そりゃあ私だって“他の時間”には訪れることもあるよ? でも“この時間”に来るのは久しぶり」
走り回るルマが落ち着いたのは、噴水を中心にした広場である。所々に常駐されている出店とベンチがあり、住民の憩いの場となっている場所だ。
ルマは噴水近くのベンチに俺を座らせると、俺に密着するように隣に腰を下ろした。
「おい……、ちょっと近すぎやしないか……?」
「いいじゃんこの位、デートなんだしさ」
デートって言ったって……。
異性とここまで接近したことの無い俺は、顔ではクールを気取っているものの、脳内では異常事態のサイレンが鳴りっぱなしなのだ。このままでは間違いなく思考回路が燃え尽きてしまう!
「おっ、俺、なんか買ってくるから……!」
緊急回避だ。
勢いよく立ち上がり、早足で辺りの出店に向かっていく。何か適当な食べ物を買っていれば、その間に気持ちも整理できるだろう。
俺は“プローン”と呼ばれる、クレープをおにぎりのような形にしたスイーツを買っていくことにした。
「兄ちゃん、2つも食べるの? 食いしん坊だねー」
プローン屋の店主が汚い歯を見せながら、からかうように言った。
彼は、俺がルマと来ている事を当然だが知らないようで、一人で二つも食べるのだと勘違いしたのだろう。
ムカついた俺は店主から奪い取るかたちで、プローンを両手に持つと、ベンチで待つルマの元へと戻っていく。
「別に買ってこなくても良かったのに……」
「あのままじゃ間が持ちそうにもなかったんだよ」
「ここ数日間、ずっと教えてたのに緊張してるの?」
勉強と“こういう行為”とでは訳が違うだろ……。
座るルマにプローンを差し出すが、彼女は一向に受け取ろうとせず、大きく口を開いて目を瞑っている。
「……なにしてるんだ?」
「食べさせてくれるのかな? って」
上目遣いで見つめてくるルマに、すぐさまNOとは言えない……。
そんな殺生な……。そんな母親にもしたこと無い行為を、同年代の女の子に出来るはずがないだろう。
「あっ、もしかして“口移し”で食べさせてくれたり―――」
「喜んで、食べさせてしんぜよう」
恥ずかしがっていれば、更なる難題を押し付けらそうだった。
俺はプローンをルマの口元に押し付ける。
ルマは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに口を動かし始め、もきゅもきゅと咀嚼音をたてながらあっという間に食べ終わってしまった。
「うん! 初めて食べたけど美味しいね」
口の周りについた生クリームを舐めながら、ルマは囁く。
そんな彼女を見ながら、 俺も大きく口を開いた。その姿をルマはきょとんとした顔で見てくる。
「……何してんの? ヨツバ」
「何って……。 お前も食べさせてくれるものかと思ったんだが……」
俺の顔が羞恥で赤くなるのと同時、ルマも顔を赤くして目を泳がせる。
「じ、自分が“される”のはいいけど……、自分が“する”って言うのは……なんて言うか……照れる……、かなって」
「なんでだよ!」
せっかく彼女に乗ろうとしたしたのにこの有様である。俺は仕方なく自分の口にもプローンを運ぶことになった。
「ごめんごめん、急なことでちょっと恥ずかしがったんだよぉ……」
ルマはすぐさま謝ってきたが、ムスッとした俺の顔を見るとクスッと小さく笑った。
「でも、こういうのっていいね……。ずっと小説で憧れてたんだ」
「小説って“羞恥プレイの歴史”とかそういう題名のやつか?」
「違うって、“恋愛小説”だよ。私もこういうデートとかしたいなって思ってたけど、“相手”が居なくてさ……」
夕陽に照らされて影のできた、彼女の物寂しそうな顔を見ると、憤っていた感情も何処かへと消えていく。
「なんでいつも、17時になると居なくなるだ?」
ずっと思っていた疑問が零れるように出てきた。
ルマに勉強を教えてもらった数日間、彼女は16時になると現れ、17時になるときっかりいなくなってしまうのだった。
「なんで……、ね……」
ルマは手に持った懐中時計に目を落としてから、 俺の顔に向き直った。
「残酷だけど、“世界”がそういう風に完成されてるんだよ」
一切の感情も含んでいないような無機質な表情。諦めにも似た、この世の全てを受け入れているとでも言いたげな冷たい瞳を俺に向けてくる。
互いに視線を交わし合う。……正確に言うと、彼女の眼差しから目を逸らすことが出来ないのだ。
しばらくすると、彼女は急にほくそ笑んだ。
「ふふっ……。冗談だよ冗談。そんな真剣にならないで、ただ家の門限が厳しいだけだからさ」
まるでさっきまでの顔が嘘だったかのように、ルマは頬を緩めると、俺の頬についた生クリームを指ですくった。
「ほら、落ち着いて食べないと私が貰っちゃうよ」
ルマはからかうように言って、指についた生クリームをペロリと舐める。 その姿は可愛らしい女子学生そのものだ。
なのだが、疑う余地なく明らかに“人間”であるはずの彼女に、歯車が一つずれているような不信感を抱いてしまうのだ。
俺からの視線に気づいたのだろう、ルマは首を傾げ、「どうかした?」と尋ねててくるのだ。
今思えば、彼女への不信感は今に始まった事ではない。……意識していなかっただけで初対面の時から―――。
悲鳴が聞こえたのはその時だ。
なんだと思えば、悲鳴の先へ向かう男達の会話から情報を得ることができた。
「誰かが飛び降りようとしてるらしいぞ!」
「自殺か?!」
こちらの世界にも自殺志願者がいるとは……、悲しい話だ。
俺は残りのプローンを口に放り込んだ。
その反面、ルマは目を見開き、男達が向かった先に顔を向けていた。
「行こうヨツバ」
表情を一切変えず、顔も不動のままそう呟いたルマ。
「行こうったって何しに?!」
「その子を助けにだよ」
俺の返事を待たずして、ルマは腰を上げると、そのまま駆け出したのだった。
走り出したルマを追い、辿り着いたのは煉瓦の建築物。
高さ10メートルはあろう建物の屋根に、少女が一人立っており、地上にはそれを囲うように野次馬がわらわらと集まっていた。
「やめてぇ! 誰も来ないで!」
屋根の上から叫ぶ少女。そう言うなら、こんな白昼どうどう自殺しなくてもいいだろうに……。
先に着いていたルマは屋根を見上げ、悔しそうに歯を噛み締める。
「これまた何でああなったんだ……」
「野次馬の話を聞くに、色恋沙汰の問題らしい……」
屋根の上の少女から目を離さず、ルマは答えた。
「ヨツバ、助けに行こう」
不純のない真剣な顔で言うものだから、吹き出してしまいそうになる。
「助けに行こうって……、どうやるんだよ」
「私達も屋根に登って力ずくだよ!」
「力ずくかよ! こういうのは『貴方が死んだら私は悲しみます』みたいな心にもない言葉をかけて説得するもんだろ。……ていうか、“浮遊魔術”みないなのは無いのか?」
「“浮遊魔術”は存在するけど……、大半は契約魔術だし、最低でも詠唱に10分はかかる……」
10分なら余裕!
……といつもなら言えるのだが、都合よく詠唱文を暗記しているはずもなく、ビオラも居ないとなると、“浮遊魔術”での救出は無理そうだ。
ルマは懐中時計を見て苦い顔をする。
「もう時間が無い……。ヨツバ、やるしかないよ」
「うぅ……」
「たっ、高っけえな……」
当然だが、下から見上げて高いものは、実際登ってみても高く感じるものだ。
ルマと共に上がってきた訳だが……、屋根の斜辺も急で、手をついていないと滑り落ちそうだし、地面を見下ろしたら最後、足がすくんで動けなくなりそうだ。
「ちょっと!! 何勝手に上がってきてんだよ?!!」
屋根の端に立つ少女から怒号が浴びせられる。もちろん、それに怯む俺であるため、助けを求めるようにルマを見る。
ルマは安心させるように俺の背中に手を当てた。
「大丈夫。言葉は自然に出てくるよ」
すると彼女の言う通り、今まで思いつかなかったような台詞が口から溢れ出てくるのだ。
「自殺はやめときなよ」
「はぁ?! そんなの私の勝手だろうが! 私はもう苦しみから解放されたいんだよ!!」
少女の反論にも臆することなく、俺の口は動き続ける。
「―――苦しみからは解放され無い。永遠に続く“時間”の中で自分の犯した過ちを後悔し続けるだけだよ……」
心にも無い、どっかの誰かから借りてきたような言葉の羅列。俺の深層心理ではこんな事を考えているのか……。そう思うとなんだか恐ろしい。
「訳わかんないし五月蝿いんだよ!! ―――もういい……。下に人がいたって関係ない…… 」
どうやら逆上させてしまったらしい。
ルマは溜息をつき、俺の背中から手を離す。
「やっぱり説得はダメみたいだね。じゃあ力ずくしかないかな……」
ルマは再び懐中時計に目を向け、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「もう時間が無いね……。早く手を打たないと」
「具体的にはどうするんだよ」
「ヨツバは何も考えずに、あの子との距離を詰めて……。後は私がなんとかするから」
なんとかって……。
しかし、適当な事を言っているようにも見えない。
俺は黙って頷くと、屋根から手を離し、少しでも速く動けるよう体勢を整える。
呼吸を落ち着ける。人の生死が関わってるとなれば、勝手に心拍数も上がる。
「―――じゃあ、行くよ」
ルマの静かな声が耳に届き、一拍遅れて背中を強く押された。
俺は走り出す。
そこからの出来事は一瞬だった。
俺が6歩進んだ瞬間、突然少女の方から俺の胸に飛び込んできたのだ。
まるで、そこまでの“過程”が抜け落ちてしまったかのようで、俺自身もことの状態を把握しきれていない。ただ、少女が無事ということだけが事実として残っている。
最も不可解なのは、少女の意識は無く、俺の肩に頭を置いて寝息をたてている事だ。
彼女はどうやって俺に飛び込んできたのか。―――誰かに押されたとでも言うのか。
「やったぞ! 少年が助けたぞっ!」
地上から聞こえる歓声。
……不可解な事は多いが、とりあえず少女の命は救えたのだ。これで良しとしようではないか。
「……やったなルマ!」
―――返事は無かった。辺りを見渡してもルマの姿は無い。まさかと思い、地面を見下ろすも、やはりルマはいなかった。
遠くで、鐘の音が聞こえる。
―――ちょうど、17時を知らせる鐘だ。
さて、今回はヨツバとルマのデート、その後少女の自殺を止めるという、浮き沈みの激しい話でした。
こんなに異性がイチャこらする話は書いたことありませんし、私自身話せるほどの恋愛経験もないわけでして…、どこまでやっていいものかと非常に困りました。
謎を含んだ形で終わりましたが、次回で5章は終わりになります。
では日曜日に




