もはや芸術品のレベルよ!
「うぅ……、ぐっ! ううぅぅ」
旧校舎、新聞部の部室の隅で忍び泣く。
「……何してんの? ヨツバっち」
椅子の背もたれに足をかけたミヤビが聞いてくる。顔は見えずとも、俺の背中に粘りつくような視線を向けているのは明らかだ。
「俺はな! 今さっきそこで……」
「うん、完敗だったね。それは見てた。何でここに居るの? って聞いてるんだ」
「男が大衆の前で泣けるわけないだろ! だからワザワザここまで来て泣いてるんだよ!」
詠唱が速い“だけ”の俺が、“無詠唱”のミノリに勝てるはずもなく、勝負は一瞬のうちに決まった。
決着がつくと、アーサーの敵が取れたと喜ぶ女子生徒もいれば、負けた俺に興味は無いとすぐに去っていく者もいた気がする。
その辺の記憶は曖昧だが、プロメが用済みだとでも言いたげに、俺を見ていたのだけはハッキリと覚えていた。
「っていうかおかしいだろ! 無詠唱とか反則だろ?! 完全俺の上位互換じゃないか」
「部室から見てたけど為す術無くボコボコにされてたね。―――で、どうするの?」
ビオラを椅子に座られたミヤビが首を傾げる。
「…………どうするって?」
「まさか、負けたままにしておくような性格じゃないでしょ?」
一瞬言っている意味が分からなかったが、つまりはミノリにリベンジするのか、と聞かれてるわけだ。そんなもの、答えは決まっている。
「よしミヤビ、お前は新聞部だよな?」
「そうだけど? あの二人組の情報でも集めてこようか」
「いや、情報は集めなくていい。その代わり、奴らのある事ない事をでっち上げて記事にしよう!」
「へ?」
先程までメソメソしていた俺はどこへ行ったのか、そこには復讐心をこじらせた男がいた。
「例えばそうだな……、あの二人組は元殺し屋で、金の為なら誰だって殺すような奴らだとか、あとは……、彼らの関係は一線を超えていて、日夜構わずR18タグが付くような行為が行われてるとか、とりあえず印象が悪くなりそうなことを書くんだ! 情報操作をして社会的に殺してやろうじゃないか!」
下手な悪役のように、声を出して、歯も出して高らかに笑う。ミヤビとビオラにジト目で見られようが知ったことではない。
「後者の方はあながちデタラメじゃないよ……」
「え……?」
「実はあの二人、この部室の隣に住んでるんだけどさ、夜毎、互いを求める甘い囁きが漏れてくるんだよね。録音してあるけど聞きたい?」
「遠慮させて頂きます……」
胃から食べた物が込み上げてきそうになる。
“そういう事情”は、恐怖から羨望まで様々な感情が入り交じった複雑な気持ちにさせられるからキツい。そして、なんだか負けた気持ちにさせられる。
「マスター、もう少しマトモな作戦はないのですか?」
「そうは言われてもだな……」
正直ミノリに勝つ方法は全く思いつかない。泣いていた時も一応は考えていたのだが、無詠唱相手に俺は完全な無力だ。
その結果苦し紛れに出た“情報操作作戦”だったのだが、提案しておいて逆にダメージを食らうという謎の展開になってしまった……。
うーん、と立ったまま考えていると、ミヤビが俺に視線を向けている事に気づいた。
「なんだよ、見とれてんのか?」
「いやいやまさか……。さっき笑ってた時に気づいたけど、ヨツバっちって歯並び綺麗だよね」
「ん? まあな、虫歯に1度もなった事ないのが唯一の自慢だ。……って全く関係ないだろうが!」
怒鳴ったが、当のミヤビは顎に手を当てて黙ってしまった。
「思ったんだけどさ、今後色々な奴らと戦うことになるだろうけど、今のままじゃ相当キツいと思うんだ」
「ま、そうだな……。で、何が言いたいんだ?」
ミヤビがもったいぶるようにふふん、と鼻で笑う。
「あっちが“神様”なら、こっちは“妖精”と契約しない?」
ヴァルーチェ魔術学園近辺の街、俺達四人は昼間の商店街を歩いていた。
「ヨツバっち、歯の妖精って知ってる?」
「あの、抜けた歯を金貨に交換しくれるっていう西洋のアレか?」
「そうそう、枕の下に乳歯入れとくアレね。その妖精さんと契約しようってわけ」
さも当然のように言うミヤビだが、未だ彼女の言いたいことが理解できていない……。
「当たり前みたいに言ってるが、歯の妖精なんて迷信じゃないのか?」
「いいかねヨツバっち。神様がいるんだよ? そりゃあ歯の妖精くらい存在するよ。ドラゴンもユニコーンも」
「マジ?! じゃあサンタさんもいるのか?」
「…………サンタさんは……、まあ、どっかの次元にはいるんじゃない?」
なるほど、大雑把だが大体の話は理解した。つまり、歯の妖精はいるのだ。サンタクロースもいるのだ。
…………じゃあ、3歳の時金属バットくれたサンタさんはどういう気持ちで俺に与えたんだ……? やっぱり俺を犯罪者にしたかったのか……?
昔の事を思い出して、なんだか怖くなってきている俺に、ミヤビが手を振る。
「……なんか変な方に思考が走ってない?」
「おっ、悪い……。でも、どうやって契約するんだ?」
「妖精とか神様を呼び出せる施設があるんだよ。今向かってるのも正しくソコ」
「そんな簡単に呼び出せるのかよ」
「子供の歯取るために次元超えるような輩だよ?」
「………………それもそうか」
到着したのは、白色の、灯台のような形をした建物。
中は意外に狭くて薄暗い。
円形の部屋の中心に絨毯が引かれており、その上に魔法陣のようなモノが描かれている。
「本日は何方を召喚しましょう……」
入口のすぐ近くで、白装束の男に尋ねられる。
「歯の妖精さんを召喚したいんだけど……」
「……かしこまりました。召喚に必要な材料です」
そう言うと男は、どこから取り出したのか枕と、一本の歯を俺に差し出した。……こんな簡単なモノで呼び出せるのかよ。
「めっちゃ軽い流れで進んでるけどよ……。召喚したらどうすればいいんだよ」
「とりあえず気に入られるように振る舞うとか? 相手が契約したくなるようにさ」
曖昧に返されたが、ミヤビも経験したことがないのだろう。
考えていても仕方ない。こういう時は根性決めて成り行きに任せるしかないのだ。
俺は白装束に言われた通り、絨毯の中心に枕を置き、その下に歯を潜り込ませる。
…………本当にこんなもので召喚できるのか不安に思いながら少し離れた所から枕を見守る。
ビオラが不安そうに俺と枕を交互に見続け、ミヤビが8回目の欠伸をした頃だろうか。絨毯の上で、ボンっという破裂音と共に白煙が巻き上がった。
ついに来たか! とウキウキしながら煙が晴れるのを待つ。妖精というのだから爪楊枝くらいのサイズで、人の肩に乗ったりするのだろう。…………しかし現実は、やはり俺の予想を裏切る。
煙が晴れそこに居たのは、一切の濁りもない、買いたての画用紙かというくらい何もかも全身が真っ白な女性。
寝癖だらけの長髪に眠そうな瞳で、大きく欠伸をしている、普通の“人間サイズ”の女性である。
「誰ー、こんな昼間に私を呼び出すのはー」
眠そうな半眼で辺りを見回す妖精(?)。
ミヤビに促され、小さく手をあげると、妖精は俺の方を睨んだ。
「まーた微妙な顔の奴ねー。私との契約魔術が目当てってわけ?」
「ああ、そういう事だ」
確認するように、ミヤビに目をやると小さく頷いている。
「寝起きで相当機嫌悪いけど品定め位してあげるわ。ほら、口開けなさい」
「は?」
「口開けろって言ってるのよ。私、歯の妖精よ? “アナタの歯”で契約するか決めさせてもらうわ。―――って何この綺麗な歯は!?」
口を開いた瞬間、妖精は目の色を変えて俺の元に飛び込んできた。
下顎に手をかけられ、顎が外れるんじゃないかと思うくらい引っ張られる。
パックりと開けられた口内を歯の妖精がマジマジと覗き込む。
「良い! 良い良い最高! 顔はイマイチだけど歯は一流品よ! 完璧すぎる歯並び! 虫歯も無ければ矯正の跡すらない。綺麗に整った前歯に、すこし尖った犬歯のバランスも最高! もはや芸術品のレベルよ! 小さくなって歯の間に暮らしたいと思える程の素晴らしさ……。あぁ……たっまらない」
熱烈に語っている歯の妖精であるが、当の俺は命の危険すら感じているのだ。このままでは顎を破壊され、折角の美顔が台無しになった死体になってしまう。
興奮も最高潮なのか、小刻みに弾み出した妖精。顎にかける力がさらに強まる中、妖精の手をビオラが掴んだ。
「……私のマスターに、それ以上はやめて頂きたいです」
不満のこもった細い目で妖精はビオラを見る。しばらくの沈黙の後、妖精は俺の顎から手を離した。
「……久しぶりの良物に我を忘れてたわ。いいわ、契約しましょう。むしろさせて下さい」
「お、おう……」
俺が痺れた口で軽く返事をすると、歯の妖精は手の平に契約書を啓源させ、差し出した。
ビオラと共に渡された契約書に目を通す。
「…………代償として、歯茎ごと全歯貰う、って書いてあるがこれはどういうことだ?」
……理解は出来ているのだが一応聞いてみる。……もしかしたら、俺が過剰に想像してしまってるだけかもしれない。多分、歯型を取らせてもらうとかそのレベルの事が書かれているのを、ビオラが誤訳しているだけなのだ……。
「そのままよ。契約の代償として、アナタの歯を前歯から親知らずまで歯茎ごとぜーんぶ私に献上するの。安心して、毎日ちゃんと手入れして大切に扱うわ!」
さも当然のように語る歯の妖精。
歯って大切にしてもらえるなら、あげてもいいんだっけ? それともサメみたいに無くなったら生えてくるんだっけ?……あれ、分かんないや。
「どうするーヨツバっち。この世界、入歯の技術が意外と凄かったりするかもよー」
これ契約する流れなのか……?
妖精はキラキラした目で俺の事を見つめてくる。
ここまでされたなら仕方ない。大切にしてもらえるなら俺の歯も本望だろ―――
「ってんなわけあるかぁ!? 歯茎ごとって頭おかしいのかテメェ!!」
契約書を地面に叩きつけ、プンスカ怒りながら出口へと向かう。
「え? ちょっと、ちょっと待ってよ。分かった上の歯はいい。下側だけでいいからその芸術品を私に―――」
喚き続ける妖精を無視して、出ていくのだった。
次回は水曜の予定ですが、もしかしたらちょっと遅れるかもしれません。




