私はもう―――
「ったく、ふざけんじゃねぇよ。誰が歯なんざやるかよ」
妖精との契約を踏みにじってやった俺達は、近くの菓子屋に入店しており、店先のテーブルに腰を下ろしていた。
「良かったのヨツバっち? 契約しなくて」
「割に合って無さすぎなんだよ。歯がなけりゃあ、ケーキすら噛みきれないんだぞ」
「その通りです。あんな無礼者と契約する必要はありません。私で十分です」
八つ当たりするように、フォークでケーキをぶっ刺し、口に運ぶ。ビオラも俺の真似をするようにケーキを食べた。
「そろそろ聞かれてもらってもいいか?」
ハヤトが机に肘をつけながら、不機嫌そうな顔で俺らを睨んでいる。
「どうして俺を呼び出した?」
「……金無かったんだもん」
「ヨツバっちに同じく……。ハヤトっちなら快く奢ってくれるとおもったんだもん」
ハヤトが不機嫌にしているのもそのはず、ケーキを食べたいが持ち合わせのなかった俺達は、教室で過ごしていた彼をミヤビの魔術で連れてきたのだ。
有無も言わさず無理やり連れてきたものだから、上機嫌なはずもなく、「奢らないと帰さないぞ」と脅迫し、渋々ご馳走させた。
「いいか?! 普段サボりほうけてるお前らは知らんがな、俺はもうすぐ次の授業があるんだ! 間に合わなかったらどうするつもりだ」
勢いよく席を立ち、取り乱すハヤト。
ミヤビが「まあまあ」と宥める。
「忘れてしまったかもしれんが、私はテレポーターなのだよ。私にかかれば授業開始似秒前でもバッチリ間に合わせてあげる。…………そう考えると、余暇の時間はまだ五分もあるじゃぁないか。どうだねハヤトっち“君”もこの時を楽しんでは」
ミヤビは上流階級の叔父様みたいな口調で言うと、紅茶の入ったティーカップを口に運んだ。
しかし、ハヤトの機嫌が直るはずもなく、むしろ悪化させたようで、俺達がケーキを食べる姿を一心に睨んでくる。
その様子が可笑しいのか、ミヤビは声を上げて高らかに笑うのだった。
「あれ? “タクシーちゃん”じゃない」
―――ミヤビの笑いが止まった。
彼女が咄嗟に振り返ると、そこには大きな帽子を被った金髪の女性が立っている。
手にはそこで買った、菓子屋の箱を持ち、肩の上には“小さな狐”が座っており、コチラを見据えていた。
「…………アンピ?」
「久しぶりね。ちょうど聞きたいことがあったけど、手間が省けたわ」
アンピと呼ばれた女性は、俺に目を向けると机に乗り出し、俺の顎に手を添えた。
予測できない異性の接近に俺の心臓も激しく震え始める。
「アナタが盗賊王を倒したっていう子?」
「え? あ、はい」
「“焦げ茶”なのね」
「……へ?」
「魔力の色よ」
妖艶な雰囲気のあるアンピは、俺の瞳を静かに見つめる。
このままでは恋が走り出してしまうと思った頃、彼女の肩に乗っていた狐がムクリと起き上がる。
アンピの腕をトコトコと伝ってくる。近くで見ると、狐は“電気”で形作らている事に気づいた。
可愛らしく進む“電気の狐”を目で追っていると、突然、俺の瞳の中に狐が飛び込んで来たのだ。静電気のような刺激を網膜に感じ、咄嗟に目を閉じる。
「―――化かされぬようご注意を」
耳元で囁かれ、目を開けた瞬間には、ミヤビがアンピの胸ぐらを掴んでいた。
俺が目を閉じていた間に何が起きたのか尋ねる前にミヤビが大声をあげる。
「私の友達に手を出さないでっ!」
今までに見たことが無いほどの形相で、ミヤビはアンピを睨む。
「ごめんハヤトっち……、学園まで送れなくなった」
そう言い残すと、ミヤビはアンピとテレポートしてしまった。
取り残された俺達は唖然としていると、思い出したように俺が口を開く。
「なんだよ今のは……、ていうかあの狐見たか? 肩に乗ってた電気の奴」
「狐?」
ハヤトが首を傾げる。
「視覚は共有していましたが、狐等は映っていませんでしたよ?」
「えぇ? でも確かに……」
確かに、俺の目に飛び込んで来たのだ。痺れるような痛みも感じたのだ。でも、視覚を共有しているはずのビオラは何も見てないと言う……。俺の見間違いなのか?
夢の中に引きずり込まれたような、突発的な出来事から俺達を目覚めさせたのは、学園のチャイムだった。
ハヤトが我に返ったように俺を睨んでくる。
「今のは始業のチャイムだぞ……。どうしてくれる。二秒で戻してくれるのか?」
出来ないことを頼むと嫌われるぞ、と忠告してやろうかと思ったが、少しでも口を開いたら殴りかかってきそうだ。
「ま、まぁ、急げば途中には間に合うんじゃないか?」
――――――――――――――――――
テレポートした先は学園の屋上。
ミヤビは胸ぐらを掴んだまま、アンピを壁に押さえつけた。
「何しに来たの?!」
「やっぱりアナタの魔術は酔うわねぇ」
「何しに来た!!」
鬼気迫るミヤビをアンピは鼻で笑う。
その瞬間、押さえつけていたはずのアンピが、空気に溶けるように消えてしまった。
「―――化かされたわね」
背後からするアンピの声。
ミヤビが振り返ると、屋上の柵に腰を下ろしたアンピの姿があった。
「私の“電影魔術”は初めてじゃないでしょ? そんなに驚かないでよ」
「…………いつの間にかけたの?」
「夢に入る時、自覚してないでしょ? 私の“幻想”もそれと同じ」
アンピは菓子屋の箱からケーキを素手で掴むと、一口齧る。彼女の頬に生クリームがついた。
「“焦げ茶色”が盗賊王を倒した子でしょ?」
「……ヨツバっちの事?」
出来れば会話もしたくはない。そう思いながらもミヤビは答える。
「ヨツバ、っていうの……。中々面白そうな子ね。でもそれより、“無色”の方が面白そうじゃない?」
無色の魔力? ミヤビは黙って頭を働かせる。
“無性にの魔力”は術具などの人工物、それこそ魔導書のようなものにしか宿らないはずである。奴は、ビオラの事を言っているのだと結論付けた。
「ビオラっちの何が面白いっていうの」
ビオラはヨツバの人型魔導書である。
誠実で、それでいて少し抜けてる所もある可愛らしい子だが、アンピが何を面白がっているのかミヤビには分からなかった。
「本人から聞いてないの? あの子、“ゼキノの魔導生命体”でしょ?」
「……ッ?!」
“ゼキノの魔導生命体”。ミヤビも全貌は知らないものの、名前位は聞いたことがあった。
転生者、ゼキノがある目的の為に創造したとされる、完全に人間を模倣したという魔導機関。
―――あのビオラっちが、“ゼキノシリーズ”? そんな馬鹿な……、彼女は魔導書のはず。しかし、アンピは“電撃狐”と揶揄される程の女。彼女の口から出る言葉が全て真実とは限らない。
「ありゃ? もしかして、いらん事行っちゃった?」
アンピは食べかけのケーキを口に放り込み、柵から降りる。
「ところで“タクシーちゃん”、未だに、貴方宛ての依頼が来るわよ」
「私はもう昔の私じゃない……」
「一応非常員として、組織に名前が残ってるわよ」
「もう、“そういう仕事”はしない……」
「組織に来るのは“そういう仕事”だけじゃない。貴方が率先して選んでいただけ」
ミヤビはアンピに突っ込むと、その勢いのまま彼女を柵に押さえつける。
「私はもう、人は殺さないっ!」
らしくもなく、息が荒くなっている事は自覚していた。アンピに遊ばれていることも自覚していた。
しかしそれで尚、溢れる激情を抑えることが出来なかった。
交わる視線。鳴り響く学園のチャイムも一切耳に入って来ない。
ミヤビは呼吸を整えると、身体の力を抜き、踵を返した。
「最後に忠告してあげるわ」
アンピの声が聞こえたが振り返らない。
「“教会”の連中が来てたわよ」
―――教会。その言葉に一度足を止める。しかし話は聞かず、そのまま“魔術”でその場をあとにした。
屋上に取り残されたアンピは扉から戻ろうとしたが、鍵が閉まっていることに気づいた。
どうやって戻ろうかと思考していると、旧校舎が目に入る。
「…………そう思えば、絶景スポットかな」
――――――――――――――――――
「あぁ……、もう10分も過ぎてる……」
「うるせえな! 落ち込んでないで道案内してくれよ。俺道分かんないんだぞ」
鬱状態のハヤトを無理やり引っ張り、どうにか学園を目指していく。
チャイムが聞こえるのだから、たいして離れていないはずなのに、さっきから同じ道を行ったり来たりしている。
「マスター、そっちは先程と同じ道です」
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛もうわかんねぇ!」
軽く発狂し始めた頃、遠方から小柄の少女が近づいて来ていることに気づいた。
両目に包帯を巻き、魔法使いみたいな、先端がぐるぐる巻きの杖を頼りにヨテヨテとゆっくり歩いてくる。
「失礼、ヴァルーチェ魔術学園の生徒さんですか?」
包帯の巻かれた目で見えているのか不明だが、少女は俺の顔を見上げて尋ねる。
「まあ、一応は……」
辿り着けないけど……、なんて言えるわけもなく曖昧に返事をしてみる。すると、少女の頬が安堵したように緩くなった。
「良かったです、私ブリールと申します。実は、ヴァルーチェに用事があるのですが、方向音痴でして……。宜しければ案内して頂けます?」
そりゃあ目隠ししてるんだもの迷いますわ。でも、目隠ししてない俺ですら迷子なんですわ。
しかし、だからと言ってこんな小さな少女を放っておくわけにもいかない。
「分かりました! 大船に乗った、いや、メアリー・セレスト号に乗ったつもりで任せてください」
さて、どうしたものか……
さて、ミヤビが意味深な事言ったり、言われたりの話でした。
ミヤビはまだ書いてないところで、色々設定が練られてるキャラでして、もういっそ主人公にしちゃえばいいんじゃないかと、勝手に思ってるくらいお気に入りのキャラです。能力的な意味でも動かしやすいですからね。
やっと名前の出てきた“教会”についても、次話以降触れていきますので、
次回は日曜です




