こんな昔話をしっていますか
レイビアは目を疑った。
さっきまで自分を囲っていた黒装束の男達が一瞬のうちに倒され、蹲りながら呻き声をあげるその光景を見たからだ。
「稽古用の剣で良かったな、―――“インバリダス”なら塵になっていたぞ」
手に剣を持った、赤髪の青年。
レイビアと同じ制服を着た彼が、一瞬のうちに男達を倒してしまったのだ。青年が剣を振るう姿を、レイビアは呆然と眺めているしかなかった。
「あ、あの、昨日ハヤトくんの部屋に来た人ですよね?」
「う、うっ、うむ。アーサー ペイジだ。以後よろ、よろしく頼む」
男達を倒した立ち振る舞いとは一転、アーサーはカクカクに震えながらレイビアに手を差し出した。
レイビアもおずおずと彼の手を握る。
互いにぎこちない握手をした後、アーサーは震える唇で意を決して言った。
「それでレイビア“さん”、この前のハンカチを―――」
「ああっ! もうヨツバくんの試合始まってるよ」
レイビアが我に返ったように慌てる。
懐からハンカチを取り出そうとしているアーサー手はそこで固まってしまった。
「ほら、アーサーくんも急ごう!」
「う、うむ……。俺も後で追う……」
コロッセオへと駆けていくレイビアを見つめるアーサー。彼は、これでもかと拳を固く握りしめる。
「おのれオオバヨツバ……。またしてもお前かァ……」
――――――――――――――――――
「いや~、お兄さんやりましたね!」
「うるせえよ詐欺師」
「またまた詐欺師なんて~、僕にもジャスパーって名前があるんですからー」
試合後の控え室、ボロボロになった我が身に、ジャスパーが猫のように擦り寄ってくる。
「まさか上手くいくとは思いませんでしたよ!」
「……そうだな。正直、お前は要らなかったかもな」
「そんな滅相もないこと言わないでくださいよー。僕が変身していたお陰で、盗賊王の動揺が誘えたんですから」
“偽物の館”の三姉妹に頼んで、ジャスパーの姿を“ビオラ”のもの変身させたが、最悪省いてもいい仮定だった。結果として盗賊王を動揺させることは出来たのだが……。
「ところで詐欺師、盗賊王はこれからどうなるんだ?」
「そりゃあ、彼の魔力は僕に届きますからね。一生魔術は使えませんよ。…………ところでお兄さん暗くないですか? 勝ったんですよ?」
そりゃあそうだろう。勝ってもビオラの戻し方が分からないままだ。
試合後、リンク上で問いただしたが、気絶しているのか、盗賊王は口を割らなかった。
黙っている俺を見かねてか、ジャスパーは立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ僕も帰りますわ。手に入れた魔力を還元しなきゃならんのでね」
「盗賊王の手下に報復とかされるなよ」
「力のない人間に従う奴、います?」
ジャスパーはそう言い残すと、控え室から出ていった。
力のない人間……。盗賊王はこれからどうするのだろうか、魔力を無くした彼は当然魔術も使えない。そんな彼に従う人間はいないのかもしれない。
「いつまでそこにいるの? 皆観客席に集まってるよ」
ジャスパーと入れ替わりで、ミヤビが控え室の扉から顔を出す。
「ああ、今向かう……」
立ち上がり、ミヤビと共に無言で観客席へと向かう。
階段を上る最中大人しい俺を見かねてか、ミヤビが俺の頭を撫で回した。
「っわ! 何すんだよ」
「落ち込むなんてヨツバっちらしくない。勝ったんだからもっと喜びなよ」
「でもビオラが―――」
「大丈夫! ビオラっちは直る。だから心配するな。泣きそうになってるとこ新聞にのせるぞ~」
ワシャワシャと俺の髪をかき乱すミヤビ。屈託なく笑うその顔に、俺もつられて頬が緩んだ。
「ミヤビ……」
「そう、やっと笑ってきたじゃん」
「今の俺に優しくすると惚れるぞ?」
「……それは遠慮させてもらう」
「ヨツバくんおめでとう!」
観客席につくやいなや、レイビアが俺の胸に飛び込んできた。
誘拐した、などと盗賊王が言っていたから不安だったが、やはり無事だったようだ。
多分、彼を救ったであろうアーサーが、凄い剣幕で俺を睨んでくるのでくる。
「ホント凄いよ! 試合は見逃しちゃったけど……、でも、おめでとう!」
「うん、よく頑張ったよ。途中まではダメかと思ったけど、何とか勝てたじゃん」
レイビアとミヤビが拍手を送ってくれる。
いやー、嬉しい。こう、皆に褒められるのは良いもんだ。…………二人しかいないけどな。 アーサーは未だに睨んでるし……。
「他の奴らはどこ行ったんだよ! ハヤトは? ロザは? ウィリアムは?」
「あー、それなら……」
ミヤビが顎で指した先には、観客席で頭を抱えて落胆しているロザとウィリー、その横にハヤトが立っていた。
「何があったんだよ」
近くまでいって尋ねると、二人はゆっくりと口を開いた。
「……動かなかった」
「一歩たりとも」
「一蹴りで負けた」
「倒木のように倒れていった……」
そこまで言うと二人は堪えるように泣き始め、ついには互いに肩を抱き合ってわんわん泣き始めるという、なんとも汚い絵面が出来上がってしまった。
苦労して制作したロボットが動かなかったのだ。そりゃあ泣きたくなるのも分かるが、男二人が泣き合うと言うのはなんとも……。“過激な表現”とかに引っかからないといいが……。
「…………オオバ ヨツバ」
ホラー映画のように、アーサーが俺の肩を急に掴んだ。リンゴでも潰そうとしてるのかと聞きたくなる位の握力を感じるのだが、気のせいだろうか……?
「お前にコレをやろう……。黒装束から奪ったモノだ」
アーサーは緑色のカードを俺に差し出す。
それを見るやいなや、ミヤビが「あー!」と叫ぶ。
「それ“解除コード”じゃん!」
「ビオラのか?!」
「そう! それさえあればビオラっち直せるよ」
これさえあれば……! 仕組みは分からないが、これさえあればビオラが元に戻るのだ。
「ありがとよアーサー! この恩は忘れない」
「いいのだ……いいのだ……。万全の状態でないと意味が無いからな……」
何を想像しているのか、アーサーが嬉しそうな笑顔を俺に向ける。何故か、俺の肩を持つ手の力はさらに強くなるのだった。
「ほら、ウィリーっち。これさえあればアンタでも直せるでしょ?」
泣き止んだウィリーが虚ろな目でカードを受け取る。
「急いでハヤトの部屋に帰るぞ! ほら、いくぞ」
ウィリーの背中を叩いて無理やりた立てようとする。
ウィリーとロザの肩に手を回し、観客席を後にしようとしていると、ミヤビに慌てて声をかけられた。
「ちょっと、ちょっと。ヨツバっち、何処行くつもり?」
「ビオラを直しに行くに決まってるだろ!」
「ダメだよ。ヨツバっち二回戦があるじゃん」
は?
「盗賊王に夢中になってたけど、“闘技会”はトーナメント式だから、勝ったヨツバっちは次も出ないと」
…………すっかり忘れていた、というか一度も意識すらしてなかった。
もう、盗賊王倒したんだしいいじゃん……。俺、ビオラいないと魔術つかえんのやで?
「じゃ、じゃあウィリー。二回戦までにビオラ直しといてくれるよな?」
「…………二回戦は30分後だ。魔導書を直すのにはどう考えたって一時間はかかる……。―――クソ、俺も二回戦に……」
「泣くなウィリー氏。来年がある、来年があるではないか……」
……ダメだこりゃ。
「ち、な、みに……」
ミヤビがトーナメントの紙を開き、あみだくじのように指を滑らせる。
「………………二回戦の相手は“魔女”だね」
「魔女だと?」
「……ご愁傷様です」
「……ご愁傷様です」
「早めの降参が最善手だな」
ウィリーとロザ、ハヤトまでもが俺に手を合わせる。……それほどの奴だというのか……。
「……前回優勝者だからね」
ミヤビが引きつった笑を見せた。
『両者、リングへ入場っ!』
「よ、よろしくお願いします」
“魔女”と呼ばれる少女が頭を下げる。
俺はあっけに取られた。
ヴァルーチェの制服に身を包み、手には分厚い本、その見覚えのある姿はどう見てもロザとウィリーと同じ、“暗色の技師団”の一人、アニーである。
しかし、いつも目を隠していた前髪は、後ろで纏められていた。
「ど、どうですか? この髪留め……、使ってみました……」
「お、おう」
い、言えない。実はそれ、偽物がやっただけで俺は無関係だと……。本当は喋るのも初めてなんです、と。
しかし、それとは別に俺は理解した。
ははーん、俺はからかわれてるんだな、と。
あたかもアニーが“魔女”という最強の存在だと思わせ、俺を心底ビビっらせようとしているのだ。そしてあわよくば俺に降参をさせる。
HAHAHA。残念だったな。対面するまでは死ぬほど怖かったが、蓋を開けてみればどうだ、こんな無害で大人しそうな子ではないか。
「あの、ヨツバさん……。こんな昔話をしっていますか?」
彼女が恥ずかしそうに口を開く。
俺に揺さぶりをかけるつもりなのだろう。
「それは、10年前の“次元祭”。ある少女が、一冊の書物を手にしました。少女が本を開くと、“魔女”が現れたのです」
淡々とした調子で話すアニー。
「魔女は言います。『アナタの体と契約させて欲しい』と。少女は何の躊躇いもなく答えました。『いいですよ』
―――それが悪夢の始まりとも知らずに」
「それで? お前がその少女ってか?」
アニーは小さく頷いた。
「ヨツバさんを傷つけたくはありません。今からでも降参して頂けませんか?」
……なるほど、こうやって勝ちを譲って貰うわけだ。
しかし相手が悪かった。俺はそんなチンケなブラフには乗らない。
「悪いな。一回戦の奴は騙されたのかもしれないが、俺には無理だぜ。 正々堂々と勝負しようじゃないか」
ま、魔術つかえないけどな。
アニーは残念そうに俺の足元を見る。
「……そうですか」
試合開始のカウントダウンが始まった。
「ヨツバさんは私に優しくしてくれました」
カウントダウンは進む。
「出来れば傷つけたく無かったです……」
惜しそうに、少女は書物に手をかける。
『“│反転”』
開始と同時、開かれた書物から飛び出した黒紫の影が少女を包み込んだ。
完全にブラフだと思い込んでいた俺は唖然とし、その光景を眺めることしかできない。
影はアニーを咀嚼するかのように蠢く。
影が晴れた瞬間、そこに居たのは、お城から逃げ出してきたような赤色のドレスを纏った少女。
見た目そのものはアニー。だが、弱々しさや、大人しそうな雰囲気は一切取り払われ、妖艶なそれが少女から溢れていた。
『くぅー、やっぱりこの子の身体はイイわね』
うっとりとした表情で大きく伸びをする“魔女”。
余裕そうな彼女とは一転、トンデモ無いものを見せつけられた俺は、ブラフだと思い込んでいた分凄まじい衝撃が精神を襲った。
咄嗟に辺りを見回す。
降参を告げる審判を探したのだ。
もはや勝負をしようなどと思えない。
今すぐ彼女の前から消えてしまいたい。本能が魔女から逃げろと命じている。
踵を返してリング外へと逃げ出そうとする。こうなったら場外負けでいい。だから……
魔女に背中を向けた瞬間、首に注射のような鋭い痛みを感じた。
手を当ててみれば、何かの“糸”に刺されていることに気づいた。
その糸の先を目で追うと、魔女の手の中に収まる。
『 制限時間まで、遊んであげるわ』
意識が遠ざかる中、魔女が不敵に笑っている顔だけが視界に入った。
そこからの事はよく覚えていない。……と言いたいところだが所々記憶はある。サーカスの空中曲芸のように、空を飛び回っている記憶だ。
…………わけわかんないだろう? 俺だってそうだ。
後に聞いた話によると、中々の醜態を晒していたらしい…………。
「おい、まだなのか?」
闘技会も終わり夕暮れ時、ハヤトの部屋。
意識が戻った俺は、ウィリーを急かす。
「落ち着け。もう少しだ」
ビオラの“コード解除”を行うウィリー。
あともう少しでビオラが直るのだ。
意識が戻ったらなんて言うのだろう。まだ盗賊王と戦っていないと思っているのだろうか。
「これで……、よし!」
ウィリーが“コード解除”を終わらせたようで、ビオラに貼られていた御札が消えていく。
しばらくした後、ビオラの瞳に光が戻ってきた。両目を何度か瞬きさせ、ムクっと起き上がり、辺りを見回した。
「ここは……」
そして、俺を見つけた瞬間、胸に飛び込んできた。
「ゼ―――様っ!」
その時、彼女が誰の名前を呼んだのかは分からない。
「……ビオラ、まだ壊れてるのか?」
俺はおずおずと尋ねる。屈託のない瞳で俺の見上げ、魔導書は首を傾げる。
「どうしました? マスター」
そこからは、いつものビオラだった。
すいません、投稿おくれました。
3章はこれにておしまいです。盗賊王戦がメインだったので、今回の話はオマケみたいな感じですね。
最初は、『何でも盗めるやつから、魔力盗むんで勝つ』というアイデアからこの話は出来ました。そこを軸に話を作っていき、でもその勝ち方が簡単に予想つくのは嫌だなと、マーティスレイなどのミスリードを入れました。そんな感じで云々やっていった結果、3章の話はできたのです。
……実は4章の話、完全にはできてないんですね。どうにか完成させるので、次回の更新は来週の日曜日ということで……お願いします。
次は、ちょいちょい名前の出ていた“教会”が関わってくる予定です




