“盗んだ”
―――闘技会まで5時間
「テメェ、何しに来やがったっ?!」
「私まだ眠ぃ……」
「ポータ、パース、静かにしなさい」
猫ですら眠る真夜中、俺は再び“偽物の舘”へと訪れていた。
寝巻き姿の三姉妹を椅子に座らせ、俺は堂々と仁王立ち。二人の妹を制したゾーラが足を組んで俺に目を向ける。
「こんな夜更けに何のようかしら?」
「単刀直入に聞く。お前らの“変身魔術”で他人を変身させることはできるか?」
三姉妹は顔を見合わせる。
「出来なくはねぇな」
「でも、私達が知ってる人間じゃないと無理ね。見ず知らずの他人には変身させられない」
俺は顎に手を当て、昨日の出来事を思い返す。たしかこの三人は“彼女”を見ているはずだ。
「……なら大丈夫そうだな」
「それで、誰に変身したいの?」
「いや、変身するのは俺じゃない」
指を鳴らすと、俺の横にミヤビが現れた。
彼女を見た瞬間、ゾーラとポータの椅子が倒れ、二人は後ずさった。ウトウトしていたパースも、ハッと起きると遅れて姉の真似をする。
「ちょっと! イロツキじゃない!?」
「テメェ! やっぱり復讐か」
「あらら、私怖がられてる?」
「落ち着いてくれ、ミヤビは何もしない。アンタ達に変身させてもらえば出ていく」
三姉妹は迷惑そうに俺達を睨む。どんだけミヤビの事嫌なんだよコイツら……。
「で、コイツを変身させてくれよ」
俺は、ミヤビの後に隠れていた“奴”を引っ張り出す。
三姉妹が凝視して顔をしかめる。
「「「誰、こいつ」」」
三姉妹の声がハモった。
――――――――――――――――――
―――試合開始と同時刻
「あわわ……、完全に遅刻だ……」
レイビアがお弁当箱を抱え、駆け足で闘技会へと向かう。自分も少しは役にたとうと、時間を忘れてお弁当作りに熱中してしまったのだ。
会場の方から歓声が聞こえる。もうヨツバくんの試合は始まったのだろうかと不安になりながら、足を前に運ぶ。
「うわっ?!」
急ぎすぎたせいか通行人とぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい急いでたもので……」
顔を上げた瞬間、レイビアは目を見開いた。ぶつかった相手が昨晩、ビオラを襲った黒装束だったからである。
「いいんだよお嬢ちゃん。それよりちょっと来てくれるかな?」
「ぼっ、僕はお嬢ちゃんじゃありません……」
腰に携えた水筒が震える。中の“レイくん”が警戒しているのだ。
レイビアは黒装束から距離をとるように後ずさろうとした。しかし、逃げようとしたその時、既に周りは同じ服装の男達に囲まれている。
「ジェフティ様からの申し付けだ。試合中、君を監禁させてもらう」
水筒の中で暴れるレイくんを、レイビアは撫でて落ち着かせる。
自身を囲む男達を睨みながら、レイビアは闘技会の歓声に耳を傾けていた。
黒装束達はレイビアを囲みながら裏路地へと入っていく。
その光景を影で見ていた赤髪の少年には、誰も気づかなかった。
――――――――――――――――――
「“マーティスレイシリーズ”だと?」
「お、やっぱ知ってんのか」
「当たり前だ。君如きじゃ契約できないこともね」
よかった……。どうやら、マーティスレイシリーズの強力さも理解しているらしい。
万が一知らないとなれば、この作戦はおじゃんになる。
しかし盗賊王は恐れる様子を見せず、余裕ありげに鼻で笑う。
「マーティスレイシリーズの名を出せば怯むと思ったか? 残念だが、事前に君の情報は手に入れてる。命乞いならもっと上手くやるんだな」
「そうか……。じゃあ俺の知り合いに、“契約できる程の融資をしてくれる人”と、“マーティスレイの所まで連れてってくれるテレポーター”がいるのも知ってるよな?」
盗賊王の顔に疑念が浮かび始める。
ビオラを使用不能にした辺り、盗賊王が俺の情報を得ているのは予想できていた。
だからこそ無視できない。ウルカとミヤビの存在を知っているからこそ、ブラフだと決めつけられない。
「契約してもらうの大変だったぜ? マーティスレイの野郎、足元見やがってよ。提示額の倍を強請ってきやがった」
「嘘をつくなっ! 仮にマーティスレイと契約出来たとしても、魔導書が無いと詠唱が出来ないはずだ」
俺は、冷酷な落ち着いた双眼で盗賊王を見上げる。
「―――って、思うじゃん」
俺は目で合図を送ると、ローブを纏った少女が、フードをとる。
盗賊王の目が見開かれた。
それもそのはず。彼の瞳に映ったもの、それは自身の命令によって使用不能にした“ビオラ”の顔そのものだったのだ。
「腕の良い“コード解読者”に頼んだんだよ。なんとか闘技会には間に合わせてくれた」
俺の声はとうに聞こえてないのか、盗賊王の目は魔導書に釘付けになっている。
「“マーティスレイの反動魔術”。本来は25分はかかる詠唱をどうにか、10秒でできる長さまで省略してもらった。俺が受けたダメージ、とくと味わうといい。―――“gratiaMarty Sleigh 《敬意を》
」
ここからが勝負。できる限り“隙”はつくった。
驚愕に染まった盗賊王の顔。しかし、その口元は不敵に笑う。
「―――じゃあ、“盗ませてもらおう”」
盗賊王が俺に手を向けた瞬間、スコップで胸を抉られるような感覚が体を襲う。
「残念だけど、僕は“人の魔術も盗める”んだよ。どうだった? 僕の慌てる“演技”は。中々なもんだろ?」
盗賊王は、俺の顎に足をくぐらせ、隠しようもない愉悦感を顕に、俺を見下ろす。
「“魔術”を盗んでしまえば詠唱はできない。君がどんな作戦を練って、どんなブラフを吐こうと、最初から敗北は決まっていたんだよ。なあ、聞かせてくれよ。今どんな気持ちだ?」
勝利を確信した余裕の籠った瞳で俺を見下ろす。
勝利を確信した瞬間ほど、敗北に近い時はない。
俺は小さくため息をつくと、焦る気持ちを抑えて口を開いた。
「―――全部、予想済みだ」
盗賊王は眉をひそめる。
「何を言っ―――」
その瞬間、盗賊王が地面に膝をついた。
急に息を荒らげ、苦悶の表情で口元を抑える。
それと同時、俺を押さえつけていた氷の円柱が消えさった。俺は立ち上がり、服についた埃を払う。
「どうだ? 吐き気はするし、風邪みたいな感じだろ?」
「お前……、いったい何をしたっ!?」
「典型的な“魔力切れ”だぜ」
「何をしたっ?!!」
「お前の魔力を“盗んだ”」
言葉の意味を理解できないのか、盗賊王は無言で俺を睨む。
完全に逆転した形勢で、俺は盗賊王に淡々と尋ね返す。
「聞かせてくれよ。今どんな気持ちだ?」
―――闘技会まで7時間前
(“偽物の館”に訪れる2時間前)
“次元祭”とは言え、物静かな街並み。
俺とミヤビは壁の隅に、一人の青年を追い込んでいた。
「へっへ……。いきなりなんなんすかお兄さん……。まさか騙そうとした恨みとか……?」
その正体は、“魔術管理局”に訪れた時や、昨日の昼にもまとわりついてきた“詐欺師”だ。
昼間はあんなにご機嫌だったのにも関わらず、夜中にいきなり襲われ、流石の詐欺師も困惑している様子である。
「そうだよヨツバっち。なんで今更こんな奴の所に来るんだよ」
状況を理解出来てないのはミヤビもらしく、口を尖らせる。
「要件は単純だ。“パスパーの収奪魔術”と契約させろ」
ミヤビと詐欺師が顔を見合わせる。
「「は?」」
「言ってること分かってるのヨツバっち?! 契約したら半永久的に魔力を奪われ続けるんだよ? 盗賊王戦前にふざけてんの!」
「俺は大真面目だよ」
「まっ、まぁ、僕は構いませんよ? コチラに損はありませんからね」
「じゃあ早速頼む」
詐欺師は慌てて、懐から用紙とペンを取り出し、俺に差し出す。
「コチラに名前を書くだけで、もう契約完了です」
「わかった」
何の躊躇いもなく名前を書き始める俺を、ミヤビが急いで止めに入る。
「何? ヤケになってんの?! 作戦が思いついたって飛び出してみれば、これが目的? こんなの自殺行為じゃん」
「大真面目だって言ってんだろ?」
このままミヤビを放っておけば、殴ってでも止めてきそうだ。時間が惜しいが、俺は打倒盗賊王への作戦を説明する。
「まず、盗賊王は“概念”も盗めると仮定する」
「その仮定だと、どうしようもないじゃん」
「いいから聞け」
「……はい」
ミヤビを落ち着かせ、俺は内容の説明を再開する。
「そして俺は魔術が使えない。でも、“魔術をかけてもらう”ことならできるわけだ」
「つまりどういうこと?」
「俺が契約した“パスパーの収奪魔術”を、盗賊王に盗ませる」
ミヤビと詐欺師が同時に吹き出した。
「そしたら、俺の代わりに盗賊王の魔力が奪われて行くはずだ。魔力切れになれば、“盗む”ことも出来ない。完全に奴の魔術を封じられる」
「そんなの盗むわけないじゃん」
「そこは色々と騙すさ。マーティスレイシリーズの名前とか出してな」
ミヤビは呆れたように頭を抱えているが、口元が微かに笑っているのを俺は見逃さなかった。博打とも言えるこの作戦に乗る気のようだ。
「あのー、なんか盗賊王とか名前出てますけど……、どういうお話でしょう?」
「博打だよ。アンタにも付き合ってもらうぜ」
「へぇ!?」
「そりゃそうだろ。上手くいけば、アンタには莫大な魔力がはいるんだ。悪くは無いだろ? ―――そうだな、動揺を誘うために、アンタには“ビオラ”に変身してもらうか」
いきなり話が大掛かりになり、詐欺師が酔っ払ったようにフラフラし始めた。コイツが動揺してどうするんだ……。
「変身って何よ。ヨツバっち、そんな知り合いいるの?」
「まあ、他人を変身させられるのかは分からないけどな。“偽物の館”ってのがある」
―――現在
「僕に“パスパーの収奪魔術”をわざと盗ませ、僕の魔力を“盗んだ”っていうのか?!」
「ご名答」
「そんな……、ふざけてる……。僕が盗まなかったらどうするつもりだったんだ!」
「その時はその時だな。どちらにしろビオラがいなきゃ魔術は使えないんだし、魔力が無くても大して変わんないだろ?」
今思うと中々に捨て身な作戦だ。 しかし、ビオラがいないと何も出来ないからこそ、出来たモノだ。
「さて、盗賊王。そろそろ決着をつけよう」
俺は昔見た格闘家のように、指をポキポキと鳴らす。
完全に勝負のついた状態、しかし、盗賊王の口元は緩んだ。
「残念だが、君は僕を殴れない」
「あ゛? なんだよ、鬼ごっこじゃあるまいし、バリアは無しだぞ」
「観客席を観て気づかないか? 君の友達が一人いないと思うが―――」
こんな人がいて分かるかよ……。
そう思いつつ、一応辺りを見回したが特に気づくこともない。というか誰一人として知り合いを見つけられない。
「部下に、君の友達を一人誘拐するように言ってある。僕に何かすれば、その子にも危害が及ぶ」
「なっ?! 誘拐だと? 誰をだ!」
盗賊王は不敵に笑う。
「青髪の少女だよ。あの子を放っておけないだろ?」
「なんだ、レイビアか。じゃあ大丈夫だ」
俺は構わず、盗賊王に歩み寄る。
予想外の返事に盗賊王が慌てて制す。
「ちょっと待て…………良いのか? 」
「レイビアだろ? アイツなら大丈夫だよ。―――飛びっきりのストーカーがいるから」
レイビアを狙ったのが運の尽きだ。どうせならハヤトにするべきだっただろう。……まあ、アイツなら見捨てるかもしれないが……。
「さあ、これ以上喚くんじゃないぞ。どんどん、ヘボく見えてくるからな」
盗賊王は何も言わなかった。
やっと諦めたのか。それとも魔力切れで口も開けたくないのか。
俺は拳を振り上げる。
「“反動魔術”じゃないが、今までのお返しと、ビオラの分だ」
全体重をかけた渾身の拳を振り下ろす。
盗賊王の頭にクリーンヒットしたパンチは、そのまま地面まで貫かれる。
一瞬の沈黙。
今まで聞いた事もない程に大きな歓声が、盗賊王に勝利したという実感を湧き上がらせた。
緊張がとけて、尻餅をつく。
この歓声にどう答えれば良いのか分からないため、とりあえず腕を高く挙げた。
というわけで、盗賊王戦終了です。
3章に出てきた要素を使って勝つという、自分でもなかなか上手い構成だとおもっています。残念なことに文章能力が乏しいですが、その辺はね……、温かい目で見てください。
メインの戦闘は終わりましたが、3章はもうちょ続きます。
2、3回名前の出てきた“魔女”が登場する予定です。
次回は日曜です。どんな内容でもいいので、感想貰えると嬉しいです。




