カップラーメンは?!
“偽物の館”に監禁されて、すっかり忘れていたが、まだ“闘技会”のエントリーをしていない。
夕日で飾られた町並みを走る。
昼間はあんなに混んでいた広場も既に人足も少なくなっていた。
「ビオラ、急ぐぞ」
「ま、待ってくださいマスター」
カランコロンと下駄を弾ませながら走るビオラ。慣れない履物に苦戦しているようだ。
このままでは間に合わない可能性がある……。こういう時にミヤビがいると有難いのだが……。
「ちょっとそこで待っててくれないか? 走っていってくるからさ」
「ダメです! 私のいない間にまた騙されたらどうするんですか。偽物になってたらどうするんですか」
それを言われると言い返せない……。しかし、このままビオラの速度に合わせれば間に合わないだろう。受付が何時までか不明だが多分、間に合わないだろう。
三日三晩考えて答えを出したい位だが、そうなると間に合うとかの問題では無くなる。
仕方ないと、俺はその場にしゃがんだ。
「よし、おぶってやる。乗れ!」
「そんな失礼なこと出来ませんよ……」
「このままじゃ多分間に合わないんだよ。いいから速く」
ビオラは少し黙った末、申し訳なさそうに小さくお辞儀をすると、俺の背中に身をあずけた。
気合いを込めて立ち上がるが、予想よりビオラは軽く、余った力で腰を痛めそうになった。まるで、巨大な軽石をおぶってるようだ。
「お前軽いな……」
「人型とは言え、魔導書ですから」
そう言えばそうでしたね……。
しかし、この軽さなら充分に走ることが出来る。
大通りを抜け、受付となるコロッセオへと向かった。こういう時にミヤビがいると有難いのだが……。
「―――ヨツバっち!」
目の前にミヤビが現れたのはその時だ。
「うわっ! なんだよ急に……。俺の願いが通じたのか?」
「それは分かんないけど、はいこれ。やっと見つけてきたよ」
ミヤビは、これが目に入らぬか!とでもいいたげに汚れた紙コップのようなものを見せつける。
「……なんだよこの汚いの」
「汚いとはなんだ?! ヨツバっちがカップラーメン食べたいって言うから探してきてあげたんだぞ」
「ラーメン……?」
目先に迫る物をよーく目を凝らして見ると、確かにカップラーメンのロゴのようなモノが見える。
おお、そうだ……。偽物の館で監禁されていた時、これが食べたくて腹を鳴らしたのだ。
「おお、おっ、おおおお……」
気づけば膝を地面に付け、拝むような体勢になっていた。
「したらば授けようではないか……」
「これが……、伝説の……」
「マスター? 急がなくてはいけないのでは?」
カップラーメンを包み込むように受け取る。賞味期限ですら俺の生まれる前の年である…………。これはもやは兄と言える存在ではないか? 生き別れた兄弟が再開したような感動がそこにはあった。
「……しかも、お湯まであるのじゃよ」
「ミヤビさん……、アンタはどこまで俺に施しを与えてくれるんだ……」
ミヤビからポットを受け取ると、カップラーメンの中に注ぎ込む。
それは、まるで赤子を初風呂に入れる母親のようなで、優しさと暖かさが調和した神聖な空間となっていた。
もはや塊とかした粉末をお湯が溶かしていく。エビなのか肉なのか不明な物体がメリーゴーラウンドのように容器内を回る。
蓋にシールを貼り、その宝物をビオラへと渡す。
「大事に持っててくれよ。俺の“兄貴”だからな」
「は、はぁ……。それより受付に急いだ方が……」
「おっと、そうだった。ミヤビ、コロッセオまでお願いできるか?」
「コロッセオ? 私、場所指定のテレポートは、ちと精度が鈍るけどいい?」
「走るより速く着くならなんでも」
ミヤビが不安そうに頭を搔きながら詠唱を開始した。
一分くらいたった頃だろうか、ミヤビが俺とビオラの肩をつかむと、次の瞬間視界が一転する。
「―――あ、ヤベ……」
ミヤビがそう呟いた時、俺の視覚はいつもより近い空を捉えていた。
「ちょっ?! なんで浮いてんだ」
「ごめんミスっちった……。でも大丈夫この高さなら死にはしない」
そういう問題ではない。
ミヤビのミスで空中にテレポートしてしまった俺達。重量にしたがいそのまま落下していく。
「痛ってえな……」
地面に尻餅をつく。どうやら大した高度じゃなかったようで、打ち付けられたお尻の表面もそこまで痛くはなかった。
「……大丈夫ですかマスター?」
「生きてはいるな……。いや、それより“兄貴”は? カップラーメンは?!」
容器を覆っていたはずのビオラの手には何も握られていない。
地面を見れば、中身を高級感ある“黒色のカーペット”にぶちまけたカップラーメンの姿があった…………。
エビと肉は遠方まで飛び散り、ぶちまけられたスープはカーペットに染み付いてしまうだろう。
「あぁ、あああああ……」
「申し訳ありません……! 私の不注意のせいで……」
空になった容器を庇うように覆い、そのまま咽び泣く。やっと……、やっと逢えたと言うのに、こんなお別れなんて……。
………………それにしてもこの“黒いカーペット”、なんていい生地なんだろうか。咽び泣いてる最中にすら分かる高級感。ほのかにある乙女の香り。これを道に引けるこの町はさぞお金持ちなんだろう。
ミヤビの咳払いが聞こえる。
「あのぉ、ヨツバっち?」
「今別れを惜しんでるんだよ!」
「いや、とりあえずそこから退いた方がいいよ……」
顔を上げてみると、強面のオジサン達が恋人同士でもはばかれる距離まで顔を近づけていた。
むせび泣いていた俺を見ている人々が「また、あの少年だ……」などと口々に呟いている。
空から人が降ってきたのだ、驚いて当然である。俺だったらラピュタを探しに行っていただろう。
カーペットが動き始めたのはその時だ。
俺は「ぎゃ!」と叫ぶと、尻尾を踏まれた猫のように飛び上がり、カーペットから慌てて離れる。
俺達が尻で踏んでいたカーペットがモゾモゾと動き出すと、人間の手と足、そして顔が現れゆっくりと起き上がった。
その憤慨を顕にした顔は、偽物の館で見た“盗賊王”のそれである……。
…………認めたくは無いが、どうやら俺は盗賊王の上に着地し、彼のコートにカップラーメンをこぼして、その上で咽び泣いていたらしい……。
「……早く謝ったほうがいいよ」
ミヤビが俺に耳打ちをする。
彼の上に落下したことから始まった数々の無礼を考えると、4︰6位でギリギリコチラ側が悪いだろう。しかしだ、奴は俺の兄貴とも呼べるカップラーメンを亡きものにし、俺の、『このカーペットはきっと可愛らしい町娘が洗ったものに違いない』という幻想を叩き割ってくれたのだ。
それらを全て考慮すればどちらが悪いか明確である。
「テメェよくも、よくも“兄貴”を……! タダじゃおかないからな!?」
「なんでそんな、へっぴり腰で切れちゃうんだよ……」
俺が獲物を襲う虎のような勢いで怒鳴るも、盗賊王は表情一つ変えず俺を凝視していた。
「ヨツバっち、コッチが完全に悪いよ?! 今からでも遅くないから頭下げよう」
「知ったことかぁ! それで尚、許せないからこうなっとるんじゃい」
俺の頭を押し付けるミヤビを振り払い、目先にそびえるコロッセオを指した。
「決闘だ! 明日の闘技会で俺と勝負しろ。そこでどっちが悪いかハッキリさせようじゃないか」
しばしの沈黙。
誰もが微塵も動かない世界で、俺の声と足だけが震えていた。
「何言ってんだお前?!」
「テメェなんざこの場で捻り潰されるんだよ!」
騒ぎ始める部下達を、盗賊王が片手をあげて制す。
盗賊王は俺を上から下へと眺め、その固く閉じた口を開いた。
「―――いいよ。やろう」
短く、それだけ言うと彼は歩き出した。
俺とすれ違う時ですら、何も感じてない無機質な顔で……。代わりに部下達は穴が開きそうな程俺を睨んできた。
彼ら一行が見えなくなると、緊張が一気に解けたように、俺はその場で膝をついてしまった。
人通りのない裏路地を歩く中、盗賊王―――ジィフティはコートを脱いだ。油をべっとりと含んだシミが出来ている。
「―――ルーク」
ジェフティが呼ぶと、後続の集団から一人の男が飛び出し、コートを受け取る。
「それ、僕の“お気に”なんだ。明日までに汚れをとっておいてくれ」
「……承りました」
「あと、あの男の情報を全部洗いだせ―――」
ジェフティは足元にあった石ころを蹴飛ばす。弾丸のように飛び跳ねた石は煉瓦の壁にめり込む。
その光景は彼の静かなる怒りを表していた。
「僕のコートを汚した挙句、喧嘩まで売ってきたんだ。タダじゃおかない……」
昼間あれだけ輝いていた太陽も沈み、今は“黒色の時間”が始まろうとしていた。
ヨツバがただただ頭おかしいという……。
次回は水曜ですかね




