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褒めてはくれません……


 「まったく……。あの子はこれだから心配なのよ」

 「どうしてくれるんだよお前ら! 俺のキャラが崩れるじゃないか」

 「いいだろ? もうどうせ売られるんだからよ」

 

 うぅ……本当にこのまま売られてしまうのか。

 誰かが偽物だと気づいてくれる、なんて思っていたが、やはり無理なのだろうか……。

 

 『ぉぉおお!! ヨツバア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』

 

 俺の名を叫びながら、遠方からバッファローの如く突進してくる人影をモニターは映した。

 

 『あ、グリフォ―――』

 

 “偽物”の腹部にドロップキックが入る。彼女の体は、時計でいうと1時20分の角度くらい曲がり、そのまま後方へと吹っ飛ばされた。

 

 『―――ガハ……。な、何すんだよおっちゃん……』

 

 壁に打ち付けられた“偽物”が顔を上げる。

 モニターには、鬼の形相のグリフォンが映し出されていた。頭皮の筋肉がピクピクと動き、髪が戦闘民族並に上を向いている。

 グリフォンは“偽物”の胸ぐらを掴むと、無理やり立たせる。

 

 『何すんだよはこっちのセリフだ馬鹿野郎……。もう一度聞いてやる、正直に答えろ……。お前の世界だと、“求婚するときは、喉仏を掻きむしりながら求婚の舞を踊る”。そうだよな?』


 あっ………。

 何故彼がここまで怒ってるのか。何故いきなりドロップキックをお見舞したのか。全て把握してしまった。

 

 『う、うん……。そうだよ……』

 『………………』

 

 あーあやってしまいましたな。偽物さんよ。

 グリフォンは“偽物”の瞳をジッと睨む。

 どんな制裁を食らわすのかとハラハラしていたが、意外にもグリフォンは胸ぐらから手を離し、“偽物”の服についた埃を上から下まで払ったのだ。

 

 『…………お前がそう言うなら信じるよ。さっきは蹴って悪かったな』

 

 グリフォンは秋愛な表情を浮かべ、顔を隠すように後方を向いた。。

 ……なんという大人な対応だろうか。惚れてしまいそうである。

 

 『んなわけあるかぁ!!!』

 

 見返す勢いを乗せた硬いゲンコツを“偽物”の頬にめり込ませる。

 “偽物”は言葉を発する間もなく地面に叩きつけられた。

 

 「パースっ?!」

 「おいおいおい、大丈夫かあいつ……」

 

 ゾーラとポータが心配そうに画面を見つめる。

 自分の見た目をした奴が痛めつけられるのを見るのはなんとも可愛そうな気持ちにさせられるため、魔性マゾ向け映像から俺は目をそらした。

 

 『さっき言った女性に運良く再度巡り会い、言われた通り、喉仏を掻きむしりながら自作の舞を踊ったのに振られちまったじゃねえか?! そして後から知人に聞けばそんな文化は無いだとぉぉ! よくも俺を騙してくれたなヨツバ! 』

 『それ言ったの……私じゃ……』

 『この後に及んで言い逃れしようなどそれでも男かお前は……。 その腐った根性叩き治してくれるわ! おら、腕立て100回だ。今すぐこの場ではじめろ!』


 グリフォンは強豪校のスパルタ教師のように、腕立てを強要させる。

 

 『うぅ……、なんで私がぁ……』

 

 ポロポロ涙を流しながら腕立てをする“偽物”。本来なら俺がああなっていたのだ……。運が良いのか、悪いのか……。 

 

 「テメェ! よくもパースにあんな仕打ちを」

 「いいのか? 商品に傷がつくぞ?」

 「やめなさいポータ」

 「ぐっ……。いつかこの借りは返すぞ覚えてろよ」

 

 今にも殴りかかってきそうだったポータを言い負かす。なんて気持ちいいことだろう。画面の中の“俺”は腕立てをさせられ、かく言う俺自身を全身縛られているが、なんて気持ちがいいんだろ! …………まずい、この発言だと俺がマゾみたいではないか……。

 

 『うぅ……。ひゃっ、100回……』

 『よし、ムカつくところは有るが許してやろう。次からこんな嘘つくんじゃないぞ』

 

 グリフォンはプンスカ怒りながらその場を後にした。

 

 「パース大丈夫か?!」

 『お姉ちゃん助けてー。ほっぺが痛いー。お腹が痛いー。腕も痛いー』

 

 地面にへばりながら泣きわめくパース。

 べそをかきながら“偽物”が立ち上がると、モニターには、こちらへ突進してくる影が再び現れた。

 

 『ヨツバア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! お主よくもワシの財布を盗んでくれたな!? ……って何じゃお主、もう既に虫の息ではないか』

 

 「お前どんだけ恨み買ってんだよ……」

 「い、いやぁ……。こんなもんですよ」

 

 副校長に財布を盗んだことが、今になってバレたらしい。彼は俺に仕打ちをしようと考えていたようだが、何故か既にボロボロな俺を見て困惑しているようだ。

 

 『うー、副校長助けてくれー』

 『うわっ、やめろ汚い格好で近づくんじゃない』

 

 副校長の身にすがろうとした“偽物”であったが、副校長にかわされ、そのまま地面に倒れてしまった。

 

 『大丈夫か……お主。まあいい。金だけ返してもらうからの』

 

 倒れる“偽物”のポケットを探り、雀の涙ほどの小銭を取り出した。ボロボロの生徒から金をむしるとはなかなかの外道である。


 『何じゃ、あんなにあったのにこれだけしか残っとらんのか……。足りない分は今度払って貰うからの』

 『やめてよー、それ私のお小遣いだよー』

 『ワシの財布を盗んでおいて何を言うか! 次やったらタダじゃすまんからな』

 

 

 副校長はプンスカ怒りながらその場を後にした。

 ここまで来ると同情してしまう。

 俺のせいで殴られ、俺のせいで金まで取られる。これは誰が悪いのだろうか……。

 嘘をついて金を盗んだ俺なのか。それとも、その俺に変身した“パース”なのか。

 うーん、道徳って難しい!

 

 「パース大丈夫か? 迎えにいくぞ?」

 『大丈夫……。多分もう恨まれるようなことしてないだろうし、歩いてくだけだし』

 

 ボロボロの“偽物”は肩を落として、ゆっくり歩き始めた。

 “偽物の館”へと戻る最中、小道から大通りに出ようとした頃、辺りの喧騒が急に静まりだした。

 “偽物”も、何故静かになってるのか分からないようでキョロキョロと辺りを見回してみる。

 

 「なんだ? 葬式でもやってんのか?」

 「そんなわけ……」

 

 “偽物”は疑問に思いながらも、大通りを横断しようとするが、その場に立ちくす人々の壁に進むことができない。

 

 『もう、なんだよ……。なんで皆動かないのさ』

 

 苛立ちを隠さず、どうにか人の壁を掻き分けながら進むと、大通りの中心へ飛び出すことが出来た。

 “偽物”がいきなり飛び出したことで辺りがザワつく。

 なぜザワついてるのか分からない“偽物”が辺りを見渡すと、黒ずくめの集団がコチラに近づいてくることに気づいた。しかし、その集団の先頭を歩くのが“盗賊王”だとは気づけない…………。

 運悪く大名行列の真ん前に出てしまった“偽物”に盗賊を気がつく。彼が足を止めると、後ろの集団も進むのをやめた。

 

 「どういう状況だ? これ」

 「少なくとも│パース《あの子》が何かやらかしたようね……」

 

 “俺”が睨む。

 モニターに映る盗賊王もこちらを睨んでいた。暗い瞳に、黒い髪。そして黒い服。暗闇に放り投げたら完全に同化するんじゃないかと思える。

 知らぬに耳が聞こえなくなったのでは、と疑う程静かな空間である。咳払いも、鼻をすする音さえしない。

 

 『…………なんだよ』

  

 沈黙を破るように“俺”が発する。

 盗賊王は“偽物”をしばらく見ると、小さく鼻で笑い、再び歩きだした。

 盗賊王の集団が見えなくなると、再び電源が入ったように人々がざわめき、大通りを縦横無尽に歩き始めた。

 “俺”を遠巻きに見ている者もいたが、話しかけてくる奴はいなかった。

 

 『マスター!』

 

 聞き覚えのある声が画面に響く。

 映し出されたのは浴衣姿のビオラ。

  洋服屋のオバサンは何処からこんな物を手に入れてきたのか……。そして気合が入りすぎである。

 紫の生地に黒色の髪留めを付け、歩きにくそうに下駄で“俺”に近づいて行く。

 

 『探しましたよマスター。いつまで経っても迎えに来てくれないので、私から探しに来ました』

 『あ、悪い……、忘れてた。凄い似合ってるよ。可愛い』

 

 またしても“偽物”がキザなセリフを吐く。

 ビオラは神妙な面持ちで“俺”の顔を見上げる。

 

 『それよりマスター、私アレが食べたいです』

 

 ビオラが指したのは、大きな看板のかかった食べ物の屋台である。…………こやつ、この後に及んで“偽物”に強請るとは。

 

 「“ビラステ”じゃねえか」

 「あの子の大好物ね」

 

 『“ビラステ”……? なんだ異世界の食べ物か? いいぜ、買ってくるよ』

 

 あくまでも知らないふりをする“偽物”は、駆け足で屋台へと向かっていく。

 

 『―――アナタ、誰ですか?』

 

 ビオラの冷たい声がモニター越しに響く。

 姉妹は目を見開き、ゾーラが慌ててモニターに叫ぶ。

 

 「パース、適当に誤魔化しなさい!」

 「嘘だろ……。どこでバレた?」

 

 驚いてるのは二人ばかりではない。当の俺でさ、なぜビオラが“偽物”を見破ったのか分からないのだ。

 

 『何言ってんだよお前……。俺はオオバヨツバだろ?』

 

 平然を装って“俺”は振り返るが、ビオラは疑いの眼差しを向けていた。

 

 『違います。アナタはマスターではありません……』

 『大丈夫かビオラ? ちょっと離れてただけで俺の顔を忘れたのか?』

 『マスターは私と“視覚共有”をしなければ文字が読めません。なのにアナタは“ビラステ”と読めました』

 『………………』

 

 「テメェ! 文字も読めねえのかよ!」

 「ハッハッハ、残念だったな三姉妹。俺の方が一枚下手だ!」

 

 まさか文字を読めない事が、有利になる日が来るとは……。

 しかし、いつもなら言わずとも“視覚共有”をしてくれると言うのに、何故今回だけしなかったのだろうか。

 

 『…………何処からバレたのですか』

 

 ついには堪忍したのか“偽物”は少女の声で問いかける。

 

 『最初は気づきませんでした。……でも、アナタの発言で分かりました』

 

 ビオラは悲しそうに笑う。

 その瞳には涙が溜まっていた。

 

 『マスターは…………』

 

 魔導書の声が震える。

 

 『本物のマスターは、私の事を“可愛い”なんて褒めてはくれません……』

 

 ついには、顔を覆い座り込んでしまったビオラ。

 モニターの中で涙を流す少女。俺はその姿を直視することが出来なかった。

 

 『お姉ちゃん……』

 「……分かってるわ。ポータ、縄を解いてあげなさい」

 「なっ! お姉良いのかよ?! まさか情に流されたわけじゃないよな」

 「あの子にバレた時点で、イロツキに情報が回るのは時間の問題。そうなれば困るのは私達、そうでしょ?―――それにバレたら解放するってアナタも約束したじゃない」

 「でも!」

 「アナタだってイロツキの噂は聞いてるはずよ。彼女に目をつけられたら破滅するのは私達よ……」

 「チッ、分かったよ……」

 

 どんだけ恐れられてるんですかねミヤビさん……。

 ポータが渋々、俺の縄を解く。

 

 「…………良いのかよ」 

 「速く逃げなさい……。それと、今度からちゃんとあの子を褒めてあげる事ね……。私達の変身を見破るなんて彼女が初めて、それだけアナタの事を見てるってことよ」

 「そりゃあご忠告どうも。……アンタ達とはもう2度と会いたくないけどな」


 自由になった手足をプラプラ動かしながらテントを出ると、手の前にビオラが待っていた。

 

 「マスター」


 俺の胸にビオラが飛び込んでくる。

 

 「大丈夫でしたか? 変なことされませんでしたか?」

 「大丈夫だよ……」

 

 沈みかけの太陽を見て、気恥しい気持ちを誤魔化そうとする。

 

 「その……、色々と悪かったな。それと、その浴衣似合ってるぞ……」

 

 ビオラは腫れぼったい目で俺を見上げると、俺の頬をつまんだ。

 

 「また偽物ですか?」 

 「…………お前がいなきゃ文字も読めないホンモノだよ」

この話は結構やりたい事を詰め込んだ感じです。

伏線という程ではありませんが、主人公の悪事が全部偽物に返ってくるという、迷惑すぎる展開をやりたかったわけです。


そして、誰も偽物だと気づけない中、ビオラだけ気づくというシーン。これもやりたかったんです。ビオラはヨツバの事を気にしてるのに、ヨツバはそうでもないという誰も報われなかった構図が変わり始めるキッカケにしようと思い書きました。色々と書きたいこともありますが、今後のネタバレになりそうなのでおさえておきます……


3章も次から佳境に入りますので、どうぞ気長にお待ちください。次回は日曜の予定です。

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