第十二章 偽りの王冠、真実の光 前編
夜明け前の王宮は、静かだった。
エルデンフェルト王宮の東翼。来賓用に設けられた小さな控えの間で、燭台の火が揺れている。
卓上には、通関記録と輸送日数の比較表が並んでいた。その傍らにあるのは、リディアが記憶を頼りに書き出した、告発当時の公務日程だった。
昨夜、会議を終えたあと、一度は床に就いた。
けれど、まだ薄暗いうちに目が覚め、再び眠ることができなかった。姉の声も、レオンハルトの告白も、目を閉じるたびに思い出された。
リディアは、紙の一節を見つめた。
祖国を離れる前、どこにいたのか。誰と会い、どのような公務を行っていたのか。
覚えていることを書いたつもりでも、正確な日付に自信のない箇所はある。それぞれに印をつけ、記録との照合が必要だと分かるようにしていた。
自分の記憶を信じたい。
それでも、記憶だけで誰かの不正を証明することはできない。
「……もう起きていたのか」
声に顔を上げると、開いた扉のところにアルジェンが立っていた。朝の支度を整える前なのか、上着はなく、襟元も少し緩めている。
「アルジェン様。おはようございます」
「おはよう。少しは眠れたか?」
「はい。ですが、早く目が覚めてしまって……」
彼は卓上の紙へ目を向けた。
「それで、仕事を始めたのか」
「少しだけですわ」
「その『少しだけ』は、信用しにくいな」
リディアは目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「アルジェン様に言われてしまうとは思いませんでした」
彼は返す言葉を探すように口を閉じた。
その顔がおかしくて、リディアの笑みが深くなる。
「……お互い様ですわね」
「そうだな」
アルジェンも表情を緩め、彼女の隣へ来た。
「何か、気になることがあるのか」
リディアは紙から手を離した。
「今日の協議では、ルミエラの通商審査について確かめますね」
「ああ」
「お姉様が、どのようにお答えになるのか、考えておりました」
窓の外は、まだ暗かった。
「私への告発についても、いつか説明を伺うことになると思います。ですが……最初から、お姉様を罪人として扱いたくはないのです」
アルジェンは黙って聞いていた。
「疑っていないわけではありません。昨夜のお話を聞いて、調べなければならないことは増えました。けれど、疑いだけで誰かを裁いてしまえば……」
リディアは目を伏せた。
「私がされたことを、繰り返してしまいます」
短い沈黙のあと、彼の手が差し出された。
リディアが指先を重ねると、温かな掌が包んでくれる。
「君の言う通りだ。説明を聞き、記録と照らして確かめよう」
彼は、卓上に分けて置かれた二つの資料へ視線を向けた。
「通商の問題も、君への告発も。それぞれに必要な手続きを踏む」
「……はい」
「ただし、そのためにも、今は目を休めた方がいい」
リディアが顔を上げる。
「協議で眠気に負ける通商顧問を連れていくわけにはいかんからな」
「まあ」
彼女は笑い、素直に紙を重ねた。
「承知いたしました、伯爵様」
アルジェンが、わずかに目を細める。
初めて会った頃、遠慮がちに口にしていた呼び名。今、その響きには親しみがあった。
「朝食まで、まだ時間がある。部屋へ戻ろう」
差し出された手を取り、リディアは立ち上がった。
窓の向こうで、空が少しずつ明るくなっていた。
*
その朝、王宮の会議の間には三国の旗が掲げられていた。
ニヴェリス、ルミエラ、そして議長国エルデンフェルト。
長い卓を囲んで各国の代表団が着席する。ニヴェリス側の席にはアルジェンとギルバートが並び、リディアも通商顧問として資料を整えていた。
向かいには、イネヴィアとレオンハルトの姿がある。
姉の横顔は、昨夜と変わらず落ち着いていた。レオンハルトは手元へ視線を落とし、こちらを見ようとはしない。
エルデンフェルト側にはセレスティーヌが座り、議長を務める外交官と短く言葉を交わしていた。
やがて議長が立ち上がる。
「それでは、三国通商協議を開会いたします」
会議室が静まった。
「本日の主要議題は、ルミエラ王国における通商審査の変更と、その運用が各国の交易へ及ぼしている影響についてです」
各国の資料をまとめた一覧が配られる。
通関に要した日数。追加書類の要求件数。輸送の遅延と、それに伴う損失。
リディアがアルジェンたちと整理してきた記録も、その中に含まれていた。
「まず、ルミエラ王国側からご説明をお願いいたします」
イネヴィアが立ち上がった。
「今回の審査基準の見直しは、不正な申告を防ぎ、交易の健全性を確保するためのものです」
よく通る声だった。
「国境を越える取引の増加に伴い、証明書類の不備や、荷主の確認が困難な事例も生じております。我が国としては、こうした問題に対応する必要がございました」
説明は理路整然としていた。
取引の確認、税収の確保、不正の防止。
制度の目的として、不自然なものではない。
リディアは、姉の言葉を聞きながら資料へ目を落とした。
問題は、その目的が実際にどのような基準で運用されているかだった。
同じ品目を、近い時期に運んでいる。それでも、ヴォルフェルト領を経由する取引では、追加の要求と遅延が多い。
そこには、説明を求める理由があった。
イネヴィアの話が終わると、議長がニヴェリス側へ発言を求めた。
アルジェンが立ち上がる。
「制度を見直す目的については、理解しました。我々が懸念しているのは、その運用です」
彼は資料の一節を示した。
「こちらの取引では、通常の積荷証明に加え、荷主と仲介人に関する詳細な情報が求められています。一方、比較対象となる取引では、同様の要求がありません」
イネヴィアは資料を開いた。
「品目が同じでも、取引の状況が同一とは限りませんわ。仲介の経路や、提出書類の内容によって、確認の必要性は変わります」
「承知しています。ですから、その違いを判断する具体的な基準を確認したい」
アルジェンは続けた。
「我々が受け取った正式な規定では、今回の追加要求のすべてを確認できませんでした。窓口での判断なのか、別の指示に基づくものなのか、ご説明いただけますか」
イネヴィアは、すぐには答えなかった。
手元の実務担当者へ視線を向け、短く確認してから口を開く。
「個別の審査については、担当部署の記録を確認する必要がございます。ここで一律に説明することはできません」
「では、その記録との照合をお願いしたい」
アルジェンの声は落ち着いていた。
「規定に基づく要求であれば、その根拠を商人にも明示していただく。個別の判断であれば、どのような理由で追加確認が必要になったのかを確かめる。それが、今後の停滞を防ぐためにも必要だと考えます」
セレスティーヌも発言を求めた。
「エルデンフェルトを経由する取引にも遅延が生じています。対象となった荷の審査記録と、各国が保有する輸送記録を照合することを提案します」
イネヴィアは彼女へ向き直る。
「記録の確認そのものを拒むつもりはございません。ただし、調査の対象と目的は明確にしていただきたいものですわ」
その視線が、アルジェンへ移った。
「昨夜の妹の件まで、この協議に含めるおつもりではございませんわね?」
リディアの胸に、小さな痛みが走った。
アルジェンは表情を変えなかった。
「今、求めているのは通商審査の照合です。彼女への告発については、昨夜のお話を受け、別の手続きで確認を申し入れます」
「でしたら、異存はございません」
イネヴィアは資料へ目を戻した。
「通商上の確認であっても、商人の情報や機密に関わる記録を無制限に開示することはできません。閲覧する者と、情報の扱いについても合意が必要です」
議長が頷いた。
「その点は、実務担当者間で調整することになります」
リディアは手を上げ、発言を求めた。
「どうぞ、リディア顧問」
その呼び名に、背筋が伸びた。
今、この場では、自分の知識をもって協議に参加している。
リディアは一礼し、資料の該当箇所を示した。
「対象となる取引の記録を確認する際、当時適用されていた規定と、追加審査の根拠になった指示も、照合できるようにしていただけないでしょうか」
イネヴィアの瞳が、わずかに動いた。
「積荷の内容だけを比べても、追加要求の理由は分かりません。どの基準を、どの取引に適用したのか。それを確かめる必要があると思います」
リディアは言葉を区切った。
「機密に関わる情報は、合意した担当者だけが確認する形でも構いません。ただ、照合した資料と確認の方法については、三国で共有できるようお願いしたいのです」
議長が専門官へ目を向けた。短いやり取りのあと、彼は頷く。
「記録の照合に必要な範囲として、検討できます」
イネヴィアも、静かに応じた。
「閲覧条件が守られるのであれば、我が国としても調整に応じましょう」
リディアは礼をして席へ戻った。
隣でアルジェンが小さく頷く。
彼女は息を整え、次の説明を聞くために紙をめくった。
*
協議は、その後も続いた。
追加書類を求める際の通知方法。商人が審査状況を確認するための窓口。取引の停滞を長引かせないための連絡手順。
すぐに決められることもあれば、各国の担当部署へ持ち帰る事項もあった。
初日の終わりには、対象となる取引を絞って記録を照合し、追加要求の根拠と運用の差を確かめる方針が確認された。
具体的な閲覧条件と日程は、実務担当者が詰めることになる。
閉会後、リディアが資料をまとめていると、アルジェンが声をかけた。
「見事だった」
顔を上げると、彼が微笑んでいる。
「調べるべきことを、具体的に示してくれた」
「ありがとうございます」
安堵すると同時に、肩の疲れに気づいた。
アルジェンは、その様子を見逃さなかった。
「少し休もう」
「まだ、確認しておきたいことが……」
「それは、休んでから聞く」
きっぱりと言われ、リディアは笑った。
「承知いたしました」
差し出された手を取る。
向かいの席では、イネヴィアが実務担当者と言葉を交わしていた。こちらを見ているようにも感じたが、リディアは確かめなかった。
今は、アルジェンと共に部屋へ戻りたかった。
*
その午後、リディアへの告発についても、正式な申し入れが提出された。
通商協議とは別に、告発の根拠となった資料と当時の手続きを確認したいという要請だった。
開催国の担当者を通じ、第三者の立ち会い、資料の閲覧範囲、関係者から説明を受ける方法について調整が始まった。
イネヴィアは、すぐにすべての開示を認めたわけではない。
それでも、夜会で調査の場を設けると述べたことを受け、ルミエラ側は担当部署への照会に応じた。
どの資料が存在し、何を確認できるのか。
まずは、その所在を明らかにするところから始めなければならなかった。
*
五日後、エドガーから最初の返事が届いた。
ギルバートが安全に使える連絡経路を確かめ、送っていた照会への返答だった。
来賓用の執務室で、リディアは差し出された書簡を見つめた。
「……エドガー様は、ご無事なのですね」
「ああ。返事を寄越せる状況にはある」
ギルバートが頷く。
「ただ、こちらから送る内容も、向こうに求めることも、慎重に選んだ方がいい」
「はい」
リディアは書簡を開いた。
見覚えのある筆跡だった。
それだけで、喉の奥が熱くなった。祖国を離れた夜から、ずっと案じていた人が、自分の生存を知っている。
書簡の冒頭には、無事を喜ぶ短い言葉が記されていた。
リディアはその一節を読み、ゆっくりと息を吐いた。
ギルバートが、同封されていた紙を卓上へ並べる。
「こちらは、公務日程の写しだ。エドガー殿の報告では、告発資料に記された送付日と同じ日に、リディア様は南部の交易都市を視察している」
「……覚えております」
記憶が蘇った。
石畳の広場。商人組合の会談室。物資の輸送について、長く意見を交わした日。
「組合の方々と、お話ししておりました」
セレスティーヌが紙へ目を落とした。
「現地側にも記録が残っていれば、行動の確認ができますね。ただ、別の都市にいたことだけで、書簡の送付を否定できるわけではありません」
「ええ」
リディアは頷いた。
「使者に託すこともできます。告発された内容が、私のどの行動を根拠にしているのか、確かめなければ」
「その点についても、原本の閲覧が必要だな」
アルジェンが応じた。
ギルバートは次の紙を示す。
「こちらは、関連する記録の所在と番号についての報告だ。問題の書類を受け付けた記録に、ライゼンベルクの承認名義があるらしい」
アルジェンの視線が鋭くなる。
「登録担当者の名ではなく、承認者としてか」
「ああ。エドガー殿は、そう書いている。本人の署名かどうかまでは、この報告だけでは確認できない」
セレスティーヌが頷いた。
「正式な照会では、受付記録と承認記録を分けて求めましょう」
「それから、通常の確認を終える前に、書類を受け付ける指示が出ていた可能性がある」
ギルバートは、書簡の一節を示した。
「関連する特別指示の番号が記されている。ただ、指示の本文は、今回の返事には含まれていない」
リディアはその符号を見つめた。
見覚えがあった。
王宮にいた頃、姉が監督していた部署の文書で、幾度も見たものだった。
「……お姉様の部署を経由した指示、なのでしょうか」
声がかすかに震えた。
セレスティーヌは慎重に答えた。
「その可能性はあります。ただ、符号の意味も、当時の管理規程で確かめる必要があります」
リディアは目を閉じ、短く息を吐いた。
姉の名前を求めるように記録を読んではいけない。
逆に、見つけることを恐れて、目を逸らすこともできない。
「正式な命令書を確認しなければ、どなたが何を指示したのかは分かりませんね」
「ああ」
アルジェンが頷いた。
「今回届いたのは、調べるべき記録の所在だ。まず、その記録を確かめよう」
ギルバートが紙へ書き足す。
「指示の本文が届いていない理由も、聞いておく。別の場所で管理されているのか、閲覧に許可が要るのかもしれない」
「記録が削除されたと考えるのは、まだ早いですね」
セレスティーヌが応じた。
「告発資料、受付と承認の記録、当時の確認規程、そして関連する特別指示。正式な照会で、順に確認しましょう」
アルジェンはリディアを見た。
「君には、公務日程の写しを見ながら、覚えていることを整理してもらいたい。記録を読んで思い出したことと、以前から覚えていたことは、分けて残そう」
「はい」
彼女は頷いた。
記憶を正しいものに合わせて作り直すのではない。
自分が何を知り、何を知らないのか。それを、確かめられる形で残していく。
リディアは新しい紙を引き寄せた。
*
ギルバートとセレスティーヌが退出すると、部屋は静かになった。
リディアはエドガーの書簡を、もう一度読んでいた。
かつて自分を逃がしてくれた人が、今も記録の所在を探してくれている。
そのことが嬉しく、同時に、これ以上危険を負わせたくないという思いも強くなった。
「……リディア」
アルジェンが傍へ来た。
彼女は書簡から顔を上げる。
「少し、気持ちを落ち着けよう」
その言葉に、張り詰めていた息がほどけた。
「……本当は、怖いのです」
彼は黙って聞いていた。
「記録を確かめたいと思っております。けれど、もし、お姉様が本当に……」
続きは口にできなかった。
告発を主導したのは姉だった。
それでも、何を知り、どこまで意図していたのか、まだ確かめられていない。
その答えを得たとき、幼い頃の思い出を、自分はどう受け止めるのだろう。
アルジェンの手が、彼女の手を包んだ。
「今、すべてを受け止める準備ができていなくてもいい」
リディアは彼を見る。
「確かめたことを、一つずつ考えよう。辛くなったら、私に話してくれ」
「……はい」
「どんな真実が待っていても、君の隣にいる。それは、変わらない」
涙が一粒こぼれた。
アルジェンが布を差し出してくれる。リディアは受け取り、目元を押さえた。
「ありがとうございます」
左手の雪の雫が、春の光を受けて輝いていた。
あの日の自分へ近づくことは、痛みを伴う。
けれど、今の自分には、立ち戻れる場所があった。
*
その後、ルミエラ側から、告発に関する一部の記録を確認することへの同意が届いた。
閲覧は、エルデンフェルトの専門官の立ち会いのもとで行われる。機密に関わる部分の扱いは別途定め、確認した資料と手続きは記録に残すことになった。
提出された受付記録の写しには、ライゼンベルクの承認名義と、特別指示を参照する番号があった。
一方、通常の確認欄には記載がなく、それが手続きの省略を意味するのか、別の記録へ移されているのかは、まだ説明されていない。
その経緯を確認するため、当時の責任者から話を聞くことになった。
ルミエラ側の正式な要請を受け、オスカー・ライゼンベルクが王宮へ到着したのは、数日後のことだった。
*
説明を受けるために用意された部屋には、調査を担当する専門官と記録官、ルミエラ側の立会人がいた。
リディアとアルジェンも、対象となる事項について質問することを認められている。
専門官は、まず確認の目的と範囲を読み上げた。
告発内容の真偽を、この場だけで決めるものではない。書類の受付と承認が、どのような手続きで行われたのかを確かめるための席だった。
やがて扉が開き、オスカーが入ってきた。
厳格な表情は、リディアの記憶にあるものと変わらない。
彼の視線が彼女を捉え、眉がわずかに動いた。
それから何も言わず、指定された席に着く。
「……私に、何をお尋ねになりたいのですかな」
専門官が、卓上の写しを示した。
「まず、こちらの受付記録と承認名義について、ご確認をお願いいたします」
オスカーは紙を引き寄せた。
しばらく読んだあと、頷く。
「私の承認した記録です」
記録官の羽ペンが動いた。
リディアは一度息を吸い、専門官の許可を受けて口を開いた。
「ライゼンベルク卿。私への告発に用いられた書類について、お尋ねいたします」
オスカーが顔を上げる。
「この記録には、通常の確認欄への記載がなく、特別指示の番号が参照されています。当時、どのような手続きで受け付けられたのでしょうか」
彼はすぐには答えなかった。
紙へ視線を戻し、その一節を指で押さえる。
「……その書類は、通常の確認を待たずに受け付けるよう、指示されていました」
リディアの指先に力がこもった。
専門官が問い返す。
「それは、こちらに記された特別指示に基づくものですか」
「そうです」
「指示の本文をご覧になりましたか」
オスカーは、わずかに顎を引いた。
「……見ました」
羽ペンの音が続く。
リディアは、目の前の男を見つめた。
「内容を確認しないまま受け付けることについて、疑問はお持ちにならなかったのでしょうか」
オスカーの表情が硬くなった。
「受付を承認したことと、告発内容を私が判断したことは、同じではありません」
「ええ。その違いを、確かめたいのです」
リディアは答えた。
「何を確認し、何を確認しないよう求められたのか。どうか、お聞かせください」
オスカーは黙っていた。
アルジェンも口を挟まなかった。
待っていると、やがて低い声が落ちた。
「……私は、王宮の命令に従ったまでです」
リディアは息を呑んだ。
専門官が、その言葉を記録するよう合図する。
窓の外では、春の陽射しが庭園へ降り注いでいた。
リディアは左手の指輪へ触れた。それから、再び顔を上げる。
「……それは、どなたの命令だったのでしょうか」
オスカーは答えなかった。
目を伏せたまま、卓上の紙を見つめている。
その沈黙が何を意味するのか、決めつけることはできない。
けれど、問いを引っ込めるつもりもなかった。
リディアは背筋を伸ばし、彼の返答を待った。




