第四章 白銀の街に灯る春 後編
約束の日は、雲一つない晴天だった。
夜の間に降り積もった雪が朝日に照らされ、ヴォルフェルト伯爵邸の庭は、まるで無数の宝石を敷き詰めたように輝いていた。
リディアは玄関広間で、そわそわと外を眺めていた。
厚手の外套に手袋、首元には柔らかなマフラー。足元には、雪道でも滑りにくい丈夫な靴を履いている。
アルジェンが用意させてくれた防寒具は、どれも丁寧な仕立てで、雪国の寒さを十分に考えたものだった。
「……ふふっ、どんなところなのかしら」
思わず、小さく呟く。
ニヴェリスへ来てから、すでに一か月余り。
書物や使用人たちの話を通して、この国の文化や暮らしについて少しずつ学んできた。
けれど、実際に街へ出るのは今日が初めてだった。
市場には何が並んでいるのだろう。
人々はどんな服を着て、どんな言葉を交わしているのだろう。
厳しい冬の中で、どのように日々を過ごしているのだろう。
考えるだけで、胸が弾んだ。
そのとき、階段の方から足音が聞こえてきた。
「……待たせたな、リディア」
振り返ると、アルジェンが階段を下りてくるところだった。
普段の執務服とは異なる、黒いロングコート。
銀灰色の髪はきちんと整えられ、革手袋をはめた長身の姿には、ニヴェリスの銀狼と呼ばれるにふさわしい威厳があった。
しかし、リディアを見つけた瞬間、その灰青色の瞳が柔らかく和らいだ。
「……その格好なら、多少の風が吹いても問題なさそうだ」
アルジェンは彼女の防寒具を確かめるように視線を向けた。
「よく似合っている」
「まあ……ありがとうございます」
リディアは少し照れくさそうに微笑んだ。
「伯爵様も、今日はいつもと雰囲気が違いますね」
「そうか?」
「はい。とても素敵です」
アルジェンは一瞬、言葉を失った。
そして、何事もなかったように軽く咳払いする。
「……外は冷え込んでいるが、空は澄んでいる。市場を歩くには絶好の日和だ」
そう言って、玄関の扉を開いた。
「さあ、行こうか」
*
外へ踏み出した途端、刺すような冷気が頬を撫でた。
リディアは思わず肩をすくめる。
だが、目の前に広がる光景を見た瞬間、その寒ささえ忘れそうになった。
青く澄み渡った空。
白銀に染まる庭木。
朝日を受けてきらきらと輝く雪。
「……綺麗」
小さく呟いた彼女の隣で、アルジェンが腕を差し出した。
「雪道は見た目以上に滑りやすい」
落ち着いた声だった。
「遠慮せず、私の腕に掴まるといい。転んで怪我をされては、市場を楽しむどころではなくなるからな」
リディアは差し出された腕を見つめた。
それから、嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、伯爵様」
そっと手を添えると、厚い外套越しに彼の腕の確かな感触が伝わってきた。
「ふふっ、今日はよろしくお願いいたしますね!」
「……ああ」
アルジェンは短く頷いた。
だが、その返事には普段よりもわずかな温かさがあった。
二人はゆっくりと雪道を歩き、待たせてあった馬車へ向かった。
*
しばらくして、馬車は街の中心にある市場へ到着した。
リディアは窓の外を見つめ、思わず息を呑んだ。
石畳の道には薄く雪が積もり、軒先には白い布や小さな灯籠が飾られている。
広場では職人たちが木製の燭台を組み立て、商人たちは色とりどりの商品を並べながら、楽しそうに声を掛け合っていた。
冷たい冬の空気の中に、人々の活気が満ちている。
「わあ……!」
馬車を降りたリディアは、目を輝かせた。
「なんて賑やかなのでしょう!」
アルジェンは彼女の隣に立ち、自然に腕を差し出した。
リディアは迷わず、その腕に手を添える。
白い飾り。
軒先に吊るされた灯籠。
広場で忙しそうに働く人々。
そのすべてが新鮮だった。
「伯爵様、あちらの飾りは何でしょう?」
リディアは期待に満ちた瞳で彼を見上げた。
「何か特別な催しがあるのですか?」
「ああ」
アルジェンは街のあちこちに飾られた灯籠へ視線を向けた。
「もうすぐ『ルミナ祭』が始まるんだ」
「ルミナ祭……?」
「この土地で、冬の終わりを待ちながら行われる祭りだ」
彼は人々の行き交う通りを眺めながら、静かに説明を始めた。
「ニヴェリスの冬は長く、厳しい。暗い夜が続く季節に、互いの無事を確かめ合い、帰る場所があることを示すために灯火を掲げる。それが、この祭りの由来だ」
リディアは熱心に耳を傾けた。
「あの白い飾りは雪を表すと同時に、灯りを美しく見せるためのものでもある」
アルジェンは近くの灯籠を指し示した。
その表面には、雪の結晶を模した繊細な透かし彫りが施されている。
「祭りの当日には、子どもたちが灯火を手に通りを歩き、街中が光で満たされる」
その声には、領主としての静かな誇りが滲んでいた。
「……この光景を見ずに、ニヴェリスの冬を語ることはできないだろう」
リディアは、灯籠を見つめたまま微笑んだ。
「まあ……! なんて素敵なお祭りなのでしょう!」
厳しい寒さの中で、互いに光を分かち合う。
それは、どこか今の自分の境遇にも重なるような気がした。
雪の中で倒れていた自分に、アルジェンが差し伸べてくれた手。
その温かさがなければ、今ここに立つこともできなかった。
「……もし興味があるなら」
アルジェンが静かに続けた。
「祭りの当日も、一緒に来るといい。そのときは、今よりももっと美しい光景が見られるはずだ」
リディアはぱっと顔を上げた。
「ぜひ、当日もご一緒させてください!」
その返事に、アルジェンの表情がわずかに和らぐ。
「今から楽しみです!」
「……ああ。私もだ」
*
市場を歩いていると、アルジェンは時折、店先で足を止めた。
毛織物を扱う商人には、今年の品物の入荷状況を尋ねる。
保存食を並べる店では、冬の間に不足しているものがないか確かめた。
そのたびに商人たちは丁寧に答え、時には気安い冗談を交えながら、領主と言葉を交わした。
リディアは、その様子を興味深そうに眺めていた。
「……伯爵様は、本当に皆さんの暮らしをよくご存じなのですね」
アルジェンは少し意外そうに彼女を見た。
「……そうだろうか」
「はい。書類に書かれた数字だけでなく、実際にこうしてお話を聞いていらっしゃるのですね」
「記録だけでは分からないことも多いからな」
アルジェンは静かに答えた。
「品物が届いているという報告があっても、それが必要な人々の手に渡っているとは限らない。だから、できるだけ自分の目で確かめるようにしている」
リディアは、ゆっくりと頷いた。
「……素敵なお考えだと思います」
その言葉に、アルジェンはわずかに目を細めた。
「……ありがとう」
そして、少しだけ笑った。
「もっとも、ギルバートには『視察のたびに予定が延びる』と小言を言われるがな」
「ふふっ……それは少し、想像できます」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
*
そのとき、近くの屋台から香ばしい匂いが漂ってきた。
「……あら?」
リディアは思わず足を止めた。
「とってもいい匂い……!」
視線を向けると、屋台には焼きたての菓子が並べられていた。
蜂蜜の甘い香り。
香ばしい木の実の風味。
その奥から、恰幅のよい中年の女性が顔を出した。
「あらまあ! 伯爵様じゃないかい!」
女性は嬉しそうに声を上げた。
「今日はお仕事かい?」
「……マルタ」
アルジェンは小さく頷いた。
その声には、屋敷で見せる厳格さとは違う、どこか親しげな響きがあった。
マルタと呼ばれた女性は、すぐに彼の隣へ視線を向けた。
「……おやおや?」
リディアを見た途端、その目が輝く。
「今日はずいぶん可愛らしいお嬢さんを連れてるじゃないか!」
リディアは少し驚いたものの、すぐに微笑んだ。
「初めまして。リディアと申します」
丁寧に会釈する。
するとマルタは、ますます嬉しそうに目を細めた。
「まあまあ、ご丁寧に!」
そして、二人を交互に見比べる。
「……それで伯爵様、こちらのお嬢さんは、もしかして特別なお方なのかい?」
アルジェンの眉が、わずかに動いた。
特別。
その言葉が、不意に胸へ引っかかった。
以前の彼なら、迷うことなく答えただろう。
領地の事務を手伝っている助手だ、と。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが今は、なぜかその言葉だけでは足りない気がした。
「……彼女は、リディアだ」
やがて、落ち着いた声で答える。
「今は私の屋敷に滞在し、領地の事務を手伝ってもらっている」
特別なのか。
その問いには、答えなかった。
肯定も、否定もしない。
ただ、リディアを気遣うように、わずかに身体を寄せる。
「彼女はニヴェリスの冬を初めて経験する。今日は市場の様子を見せに来たんだ」
そして、少し苦笑した。
「……あまり彼女を困らせないでやってくれ、マルタ。君の作る菓子は絶品だが、そのお喋りも同じくらい勢いがあるからな」
「はははっ! 伯爵様ったら!」
マルタは豪快に笑った。
リディアも、つられるように微笑む。
「ふふっ、伯爵様は本当に皆さんから慕われていらっしゃるのですね」
その言葉に、アルジェンは少しだけ目を細めた。
彼女の前で、領民たちとこうして言葉を交わすことが、妙に嬉しかった。
「リディア」
彼は屋台の菓子を指し示した。
「この店は、私が子どもの頃からある老舗だ」
「まあ、そうなのですね」
「ここの蜂蜜と木の実の焼き菓子は、この街でも評判なんだ」
リディアの瞳が輝く。
アルジェンは、その反応に口元を緩めた。
「……せっかくだ。一つ試してみないか?」
「よろしいのですか?」
「ああ」
彼は懐から銀貨を取り出した。
「君の口に合うかどうか、味見の専門家としての意見を聞きたい」
リディアは一瞬、目を丸くした。
そして、声を立てて笑った。
「ふふっ……!」
あの日、食堂で自分が口にした言葉を覚えていたのだ。
料理は作れないけれど、味見なら得意だと。
「それでしたら、責任重大ですね」
リディアは嬉しそうに微笑んだ。
マルタは二人のやり取りを見ながら、ますます楽しそうに菓子を包んだ。
「はいよ、お待たせ!」
「まあ! ありがとうございます!」
リディアは焼き菓子を受け取り、そっと一口かじった。
途端に、蜂蜜の優しい甘さと香ばしい木の実の風味が口いっぱいに広がった。
「……んんっ!」
思わず、両手で頬を押さえる。
「とっても美味しいです!」
その幸せそうな表情に、アルジェンは小さく笑った。
「マルタさん、こんなに美味しいお菓子を作れるなんて素敵です!」
「いやぁ、嬉しいねぇ!」
マルタは豪快に笑った。
「こんなに可愛らしく喜んでもらえるなんて!」
そして、アルジェンへ意味ありげな視線を向ける。
「伯爵様も、こんなお嬢さんと一緒なら毎日楽しいだろうねぇ?」
アルジェンが返事をするより早く、リディアがにこやかに口を開いた。
「ふふっ、私も伯爵様と過ごす毎日がとても楽しいですよ!」
その言葉は、あまりにも自然だった。
何の含みもない。
ただ、心からそう思っているのだと分かる声だった。
アルジェンは一瞬、言葉を失った。
「……そうか」
彼はわずかに視線を逸らした。
「君にそう言ってもらえるのは……嬉しいことだ」
マルタが、にやりと笑った。
「おやおや、これはまた!」
「……マルタ」
アルジェンは軽く咳払いした。
「余計な冷やかしはやめておけ。彼女が困るだろう」
「はいはい、分かってますよ!」
まったく分かっていなさそうな返事だった。
リディアは、そんな二人を見て楽しそうに微笑んでいる。
アルジェンは小さく息を吐くと、彼女へ向き直った。
「……リディア、次はあちらの広場へ行ってみよう」
「広場、ですか?」
「ああ。ルミナ祭で飾られる大きな氷の彫刻が、もうすぐ完成する頃だ」
リディアの顔が明るくなる。
「まあ! ぜひ見てみたいです!」
背後からは、マルタの楽しそうな笑い声が聞こえていた。
*
広場の中央では、職人たちが大きな氷の塊を削っていた。
鋭い道具が氷の表面を滑るたび、細かな欠片が光を受けて舞い散る。
冬の陽光を浴びた氷は、まるで透明な宝石のようだった。
「まあ……!」
リディアは思わず足を止めた。
「なんて綺麗なのでしょう!」
氷の表面には、雪の結晶や植物を思わせる繊細な模様が彫り込まれている。
「氷でこんなに美しいものが作れるなんて……! ニヴェリスの職人さんは本当に素晴らしいですね!」
その声に、作業をしていた年配の職人が顔を上げた。
「おお、伯爵様!」
職人は嬉しそうに声を上げる。
「今年も見に来てくださったんですかい!」
「ああ。順調そうだな」
アルジェンは短く頷いた。
職人は誇らしげに胸を張る。
「今年は例年以上に気合いを入れてましてね。祭りの夜には、もっと見事な姿をお見せできますぜ!」
「まあ! それは楽しみです!」
リディアは心からの笑顔を浮かべた。
「ぜひ完成したところも拝見したいです!」
そう言って、隣のアルジェンを見上げる。
彼は彼女の弾んだ表情を見て、静かに微笑んだ。
「ああ。職人たちの腕は確かだ」
そして、氷の彫刻へ視線を向ける。
「祭りの夜には、彫刻の背後に灯りが置かれる。氷を透かして光が広がり、まるで星を閉じ込めたような姿になるんだ」
「……素敵ですね」
リディアは小さく呟いた。
アルジェンは彼女の横顔を見つめた。
「……当日が楽しみだな」
「はい!」
リディアは嬉しそうに頷いた。
*
しばらく広場を眺めているうちに、リディアは小さく肩をすくめた。
アルジェンはすぐに気づいた。
「……少し冷えてきたか?」
「……はい。少しだけ」
リディアは申し訳なさそうに微笑んだ。
「でも、とても楽しくて……つい夢中になってしまいました」
「気にすることはない」
アルジェンは穏やかに答えた。
「近くに暖かい店がある。そこで休んでから戻ろう」
「ありがとうございます」
二人は広場を後にし、近くの小さな店へ向かった。
*
広場に面した小さな喫茶店には、甘い林檎と香辛料の香りが満ちていた。
暖炉には火が灯り、窓際の席からは、先ほどの氷の彫刻がよく見える。
アルジェンはリディアを窓辺の席へ案内した。
「ここなら、職人たちの仕事ぶりもよく見える」
「まあ、本当ですね!」
リディアは嬉しそうに窓の外を眺めた。
やがて運ばれてきたのは、湯気の立つ温かな飲み物だった。
「これは……?」
「『グリュー・アプフェル』だ」
アルジェンは説明した。
「林檎と香辛料を煮込んだ飲み物で、この時期によく親しまれている」
リディアは両手でカップを包み、そっと一口味わった。
「……まあ!」
その表情が、ぱっと明るくなる。
「とっても美味しいです! 身体がぽかぽかしてきますね!」
アルジェンは、その様子を見て微笑んだ。
「……君は、本当に楽しそうに物事を眺めるのだな」
リディアが顔を上げる。
アルジェンは窓の外へ視線を向けた。
「この街は、私にとって大切な場所だ。幼い頃から何度も歩き、仕事でも訪れてきた」
その声には、静かな親しみが滲んでいた。
「だが、君と一緒に歩いていると、普段は見過ごしていたものにも気づかされる」
「……そうなのですか?」
「ああ」
アルジェンは頷いた。
「灯籠の細工や、店先の飾り。職人たちが氷に刻む模様……」
彼は小さく笑った。
「いつも見ているはずなのに、君が喜ぶ姿を見ると、改めて美しいものだと思えるんだ」
リディアは、少し驚いたように目を瞬かせた。
それから、柔らかく微笑んだ。
「……私も、伯爵様とご一緒できて本当によかったと思っています」
飾り気のない、心からの言葉だった。
「あの日、助けていただけなければ、こうしてニヴェリスの美しい景色を見ることも、皆さんと出会うこともできませんでしたから」
彼女は窓の外へ視線を向けた。
雪に覆われた街。
行き交う人々。
祭りの準備に励む職人たち。
すべてが、あの日の自分には想像もできなかった景色だった。
「それに……」
リディアは、ふとアルジェンを振り返った。
「伯爵様と一緒だからこそ、こんなに楽しいのかもしれませんね」
にっこりと微笑む。
アルジェンの動きが止まった。
カップを口元へ運びかけたまま、彼は一瞬、言葉を失った。
彼女は何の気なしに言ったのだろう。
けれど、その一言が胸の奥深くへ落ち、静かな波紋を広げていく。
「……そうか」
アルジェンは、ようやく口を開いた。
「……私も、君と来られてよかった」
それ以上の言葉は、うまく見つからなかった。
リディアは嬉しそうに微笑み、再び窓の外へ目を向けた。
しばらくの間、二人は温かな飲み物を味わいながら、窓の外を眺めていた。
職人たちの手によって、氷の彫刻が少しずつ形を変えていく。
雪の中を行き交う人々。
店先から聞こえる笑い声。
遠くで響く、祭りの準備の音。
アルジェンは、ふと考えた。
これまで何度も訪れてきた場所だ。
けれど、今日という日は、きっと忘れないだろう。
そう思った。
*
昼を少し過ぎた頃、二人は帰りの馬車へ乗り込んだ。
リディアは窓の外を眺めながら、名残惜しそうに微笑んでいた。
「……本当に、楽しかったです」
アルジェンは彼女へ視線を向けた。
「それなら、よかった」
「市場も、焼き菓子も、氷の彫刻も……どれも素敵でした」
リディアは指折り数えるようにして、今日見たものを思い返した。
「それに、伯爵様が皆さんとお話ししていらっしゃる姿も、とても印象に残っています」
「……私が?」
「はい」
リディアは頷いた。
「皆さん、伯爵様のことをとても信頼していらっしゃるのですね」
アルジェンは少しだけ目を細めた。
「……そうであれば、嬉しいことだ」
彼は窓の外へ視線を向けた。
街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
そのとき、リディアが小さく声を上げた。
「あっ、そうでした!」
「何だ?」
「ルミナ祭の日も、ご一緒していただけるのですよね?」
アルジェンは彼女を見た。
期待に満ちた琥珀色の瞳。
その表情を見て、自然と口元が緩む。
「……ああ。約束したからな」
「ふふっ、よかった!」
リディアは嬉しそうに微笑んだ。
「今日の街もとても綺麗でしたけれど、灯りがともったら、きっともっと素敵なのでしょうね」
「そうだな」
アルジェンは頷いた。
「祭りの夜には、今日とはまた違う景色が見られるはずだ」
「……楽しみです」
リディアは、そっと呟いた。
アルジェンは彼女の横顔を見つめた。
そして、静かに答える。
「……私もだ」
その言葉は、以前よりもずっと自然に口から出た。
彼女と過ごす時間を楽しみにしている。
そのことを、もう不思議に思う必要はないのかもしれない。
まだ、その感情に名前をつけることはできない。
けれど、今はそれでよかった。
窓の外では、雪に覆われた街並みがゆっくりと遠ざかっていく。
白銀の街。
そこには、厳しい冬を生きる人々の営みと、春を待つための小さな灯りがあった。
そして、アルジェンの隣には、そのすべてを嬉しそうに見つめる女性がいる。
彼は、今日という日を心に刻んだ。
雪の降る街で交わした、次の約束とともに。




