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私のことを一度も見なかった婚約者様へ─私もあなたを見るのをやめることにしました─  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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45 事故とさらなる悪事

突然の事故に、会場は騒然となった。

轟音がしたかと思えば、主役二人が舞台上で倒れていたのだから無理はない。



ヘンリーと重なるようにして地面に倒れていたリディアは、あることに気が付いた。



「ヘンリー様……!血が……!」

「……リディア嬢、無事か?」



リディアを庇うように覆いかぶさっていたヘンリーは、腕から僅かに出血していた。

どうやら破片で腕を切ってしまったようだ。真っ白なシャツが、彼の血で赤く染まっている。

命にかかわるような出血量ではなさそうだが、リディアはすぐに自分にできる処置を行った。



「――リディア、ヘンリー!」



奥から慌てて駆けてきたのは、舞台裏に控えていたヴァイオレットだった。

後ろにはレベッカたち他部員もいる。



ヴァイオレットは倒れるヘンリーの横でしゃがみ込むと、二人に尋ねた。



「二人とも、怪我は……」

「ヘンリー様が腕を切ったみたい!」



彼の腕の一部を押さえているリディアが持っていたハンカチには、真っ赤な鮮血が滲んでいた。

それを見たヴァイオレットは、すぐに下級生の一人に命じた。



「医者を呼んでちょうだい!」

「はい、部長!」



彼女の命を受けた下級生はすぐさま駆けて行った。

リディアはその間も、痛みで顔を歪ませるヘンリーの手を握り続けていた。



その後、怪我をしたヘンリーは医務室へ運ばれ、駆け付けた医師によって適切な処置が行われた。

幸い破片は掠めただけで、一週間もすれば治るそうだ。

彼の状況を医師から聞いたリディアは、ふぅと安堵の息を吐いた。



あの後、会場はパニックに陥った。

しかし、ヴァイオレットを始めとした部員や騎士たちが何とか観客たちを落ち着かせ、全員が帰路についた。



リディアも医務室に駆け付けた両親から異常なほど心配されたが、大丈夫だと繰り返し言い聞かせることで、何とか納得して帰ってもらえた。



彼女は医務室にある窓から、外を眺めた。時刻はちょうど六時を過ぎ、空が暗くなり始めていた。



「一体誰がこんなことを……」



***



公演が終わり、エミリーはアデルと共に会場の外にいた。

観客たちは既に全員帰っており、エリオットもリディアが心配だからとどこかへ行ってしまった。

そのせいで、エミリーは最高潮に機嫌が悪かった。



「エミリー、何てことを!」

「うるさいわね、ちょっとくらい黙ることはできないの?」



彼女の隣では、アデルが真っ青になった顔でプルプルと身体を震わせていた。

エミリーはそんな彼女を、つまらなさそうに見ていた。

何をそんなに恐れているのか、エミリーはアデルの気持ちを全く理解できずにいたからだ。



「そんなこと言ってる場合!?さっきの騒動引き起こしたのが私たちだってバレたら終わりよ!」

「……」



――そう、ヘンリーが怪我をし、会場がパニックになった一連の事件の黒幕はエミリーだった。



彼女は劇の途中でアデルと共に会場から抜け出し、こっそり舞台裏へと侵入していた。

人知れず裏へ入った彼女は、大道具が固定されていたロープを切断したのだ。



「エミリー……どうしてあんなことをしたのよ……私の目の前で……」

「……仕方ないでしょう、あの女を貶めるためにはああするしかなかったのよ」



エミリーは特に悪びれる様子もなく、答えた。

アデルは彼女の企みを全く知らず、あれほどの大事になることは想定していなかった。



(だけど、アデルの言う通りだわ……もしバレたら、きっとただでは済まないでしょう)



エミリーの狙いは、落下した大道具がリディアに直撃し、彼女が怪我をすることだった。

しかし、彼女のすぐ傍にいたヘンリーが異変に気付き、計画は失敗してしまった。



せめてリディアが怪我をしてくれていればよかったが、あいにく彼女は無傷。

そして彼女を庇ったヘンリーも、軽傷で済んでしまった。



エミリーは事前にアデルを共犯だと脅し、計画に加担させていた。

しかし、今の彼女の様子を見るに、このままだといつ真実を話してしまうかわからない。



悩みに悩んだエミリーは、あることを思い付いた。



「そうね……アデル、私に一つ良い考えがあるのよ」

「良い考え……?どういうこと……?」



エミリーは持っていたカバンの中から、ネックレスを取り出した。

それは、あの日アデルに演劇部の部室から盗ませたものだった。

そんなものを使って一体何をする気か、アデルは嫌な予感を感じずにはいられなかった。



「いい?アデル、このネックレスをマイラのロッカーに入れるのよ」

「そ、そんな……!?」



何と、アデルの予感は的中してしまった。

できないと首を横に振る彼女の肩を、エミリーは強く掴んだ。



「もし今回の件がバレたらアカデミーの退学は免れないでしょう。だから全ての罪を彼女に押し付けるの。そうすれば、私たちは生きていられるわ」

「エ、エミリー……」



――自分の幸せのためなら、他人を蹴落とすのは当然のこと。

またしてもエミリーが母イブリンから教わった悪なる教訓がこういうときに役に立ってしまったのである。




読んでくださってありがとうございます!


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