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私のことを一度も見なかった婚約者様へ─私もあなたを見るのをやめることにしました─  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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44/50

44 公演③

舞台上では、流れる音楽に合わせて二人のダンスが始まっていた。

繋がれた手を離すことなく、リディアは軽やかなステップを踏んだ。



ヘンリーがリードしてくれているおかげか、彼女は特につまづくこともなく優雅に踊ることができた。

花柄レースの白いスカートが動くたびにフワリと舞い上がる。



お互いに見つめ合ったまま、目を逸らさない。

二人だけの世界に入り込んだかのように、他のものは目にも入らない。

劇中で深く愛し合うリリアーヌとヒューゴのように――二人は愛おしそうにお互いを見つめていた。



音楽の途中、リディアは腕を伸ばし、ヘンリーの首に抱き着いた。

一歩近づくと、彼の爽やかな香りがより一層強く鼻をくすぐった。抱きしめ返す彼の手が頼もしくて、リディアはリラックスして踊ることができた。



しかし、そんなふうに気を抜きすぎてしまっていたのがいけなかったのか。

リディアはターンするシーンで足を捻ってしまった。



(キャッ!)



元々彼女は左足を負傷していた。

そのときの怪我もあり、リディアは転びそうになってしまった。



「……!」



失敗すると思ったそのとき、異変に気付いたヘンリーが彼女の腰を掴んだ。

彼はそのままリディアの身体を高く持ち上げた。おかげでリディアは体勢を立て直すことができた。

ヘンリーはリディアと違って演劇の道に進んで長い。相手役のミスを、上手くカバーしたのである。



「あ、ありがとう……」

「足、怪我してるんだろ?無理するなよ」



エリオットだけが気付いた足の怪我だったが、彼にもまたバレていたようだ。

リディアは観客たちが失敗に気付くことがないように、さっきと変わらない笑顔でステップを再開した。



すぐ正面には大好きなヘンリーの笑顔。

愛する人が、自分だけを見つめているのはこんなにも嬉しいことだったのか。

リディアは愛する人に視界に入れてもらえることの喜びを、今になってようやく知った。



このまま彼となら、どこへでも行けそうだった。



曲が終盤に近づくと、いよいよ最後のお姫様抱っこのシーンとなる。

左足の怪我で上手く飛び乗ることができなかったリディアだが、またしてもヘンリーがカバーした。



下から彼女をしっかりと抱き上げると、横抱きのままクルクルと回った。

リディアは落ちないようにしっかりと彼の肩にしがみついた。



急な連続回転にも、もう慣れた。



目を合わせると、ヘンリーが満面の笑みを浮かべた。

反応を面白がっているような彼に、リディアは照れたように笑った。

二人でたくさん練習したところだけど、大勢の前でやるとなると何だか恥ずかしい。



本番ともなって熱が入ったのか、ヘンリーは練習よりも数回転多く回り、ようやくリディアを地面に下ろした。

下ろすときまで紳士的なその姿に、会場中の女性たちは心の中で悲鳴を上げた。



リディアが舞台上からはけた後、ヘンリー一人のダンスシーンが始まる。



ヘンリーはオルトレーン帝国の社交界でも随一のダンスの腕を持つ。

息を呑むように激しく、情熱的な彼のソロダンスに、会場にいる女性陣が全員ファンになってしまったのは言うまでもない。





――そして、いよいよ舞台はフィナーレへと入る。



リリアーヌの夫である国王を殴った罪で投獄されたヒューゴは、処刑を待つ身だった。

そんな彼を王妃リリアーヌが救い出し、身分を捨てて二人で国を出る。



そして、最後は小さな村の丘の上、二人がお互いを見つめ合うシーンで物語は終わりを迎える。



「ヒューゴ……」

「リリアーヌ……」



見つめ合った二人は手を取り合い、物語は完結。そこで舞台の幕は下りるはずだった。

しかし、いつまで経っても幕は下りず、リディアは違和感を覚えていた。



(……どうなっているの?)



裏方に何かトラブルでも発生したのだろうか。

確認したいが、舞台の上にいる以上動くことはできない。

ヘンリーも異変を感じていたが、彼は流石と言うべきか、どんな状況でも動じることなく役を演じていた。



――そのとき、突然照明が全て消え、場内が真っ暗になった。

まだ幕が下がっていないにもかかわらず、先に照明が消えてしまったのだろうか。



(……ちょ、ちょっとどういうこと?)



暗闇の中、ヘンリーが握る手に力を込めた。

おかげで彼がすぐ傍にいるのだということが、よく伝わってくる。



リディアは彼の温もりを感じて安心したが、魔の手は彼女に刻一刻と迫っていた――



「…………そんな、嘘だろう?」



暗闇の中で、ヘンリーは何かに気付いたようだった。



「リディアッ!」

「キャアッ!」



ヘンリーが名を叫びながら、リディアを押し出した。

後ろに倒れ、彼がその上から覆いかぶさった。何が起こったのかわからず、リディアは彼に守られるようにじっとしていた。



――押し出されてすぐ、ガシャンッという鈍い音が場内に響き渡った。



同時に鳴り響くキャーという観客たちの悲鳴。

その瞬間、ようやく照明が点き、視界が明るくなった。



「そ、そんな……どうして……」



目の前の光景に、リディアは戦慄した。



――吊るされていたはずの大道具が、リディアたちがいた場所に落下していたのだ。




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