43 公演②
初登場を終えたリディアは、次の場面に向けての準備を始めた。
リリアーヌは登場回数が多いため、休んでいる暇はない。舞台に出ない間は基本的に着替えをする時間となる。
ヘンリーとの共演はもう少し先で、しばらくは一人や結婚相手の国王とのシーンが続く。
リディアはこの数ヵ月間で培った演技力を、観客の前で堂々と披露した。
違和感のない、リリアーヌらしさが溢れ出る言動や行動。それらは全て、彼女の努力の賜物である。
「陛下は……今日も私の元へはいらっしゃらないのね……」
時には精神的に弱いかつての自分のように。
「嫌だわ、陛下ったら。どうして私が平民の女にそんなことをしなければいけないのでしょう?」
「なッ……私の愛する彼女を見下しているのか……!」
時には気の強い悪役令嬢のように。
初めての舞台であるはずのリディアは、見事なまでに全てのリリアーヌを演じきった。
その姿は、彼女の産みの親であるフロイト侯爵夫妻をもってしても驚きを隠せないほどである。
「……リディアはあんな顔ができる子だったか?」
「い、いいえ……初めて見たわ……」
最前列の席を勝ち取り、娘の晴れ舞台を見ていた侯爵夫妻がポツリと呟いた。
公演中に私語は禁止だ。しかし、彼らは衝撃のあまり規則を忘れてしまっていた。
侯爵夫妻が決まりを破ってしまうほど、リディアの演技は素晴らしかった。
一度舞台裏に戻ったリディアは、次の場面への着替えを始めた。
(上手くやれているようでよかった)
一番前の席で口をポカンと開けて呆気に取られていた両親の姿を思い出し、リディアは笑みを溢した。
彼女がここまでするのは、ただ自分が恥をかかないようにするためだけではない。自分を変えてくれたヘンリーやヴァイオレット、その他部員たちへの恩返しでもあった。
ドレスを着替えたリディアは、最後に首元のネックレスに触れた。
母の形見であるネックレスは、当然どのシーンでも着用することとなる。
(何だかこのネックレスがお守りになったみたい)
ヘンリーから貰った大切なもの。
劇中のリリアーヌも母親の形見としてとても大切にしていたけれど、リディアも同じだった。
彼から貰ったネックレスを着けていると、何だかいつも彼が傍にいてくれるような、そんな気がした。
おかげで、リディアは常に全力を出し切ることができた。
――そして、いよいよリリアーヌとヒューゴが出会うシーンだ。
結婚を祝うパーティーの日、王と愛人によって恥をかかされたリリアーヌは、会場の外で騎士として宮殿を守っていたヒューゴと出会う。
王宮の庭園を表した大道具が舞台上に並べられ、リディアはその中を暗い顔で歩いていた。
このような経験は、実はリディアにとって初めてではなかった。
エリオットと舞踏会に参加したときも、彼に相手にされないことで周囲から嘲笑われ、こんなふうに一人で会場の外を歩いていたことがあった。
当時のことが自然と頭に浮かび、彼女はリリアーヌの気持ちになることができた。
――そのとき、照明に照らされたヘンリーが姿を現わした。
(ヘンリー……!)
ゆっくりとリディアのほうを振り返った彼は、その綺麗な瞳に彼女を映した。
真っ暗な世界の中で、彼だけが眩いほどの光に照らされていた。
暗闇の中で、彼だけが彼女にとっての光であるかのように。
彼女の世界が色づき、二人はしばらくの間お互いを見つめ合っていた。
「……あなたは、一体誰ですか?」
「……」
すぐに返事をするはずのシーンだが、なぜかヘンリーはいつまで経っても答えようとはしない。
彼は目を見開き、驚いたようにリディアを見つめていた。
(そういえば……このドレス、ヘンリー様の前で着るのは初めてだったわね)
リリアーヌの象徴ともいえる、真っ白なドレス。
ハーフアップにしたブロンドの髪には、花びらを散りばめている。
他の部員たちとは違い、着用姿をヘンリーに見せるのは初めてだった。
彼はしばらく沈黙した後、ゆっくりとリディアに近づき、目の前で跪いた。
自然と彼女の手を取り、甲に唇を合わせた。
「……あぁ、どうか今だけは――あなたを心から愛する一人の男でいさせてください」
そのセリフと同時に、場内で音楽が奏でられる。
リディアの手を取ったヘンリーは、彼女の耳元に唇を近づけて囁いた。
「似合ってるよ、綺麗だな」
「あら、ありがとう」
音楽に紛れて、彼の声は上手い具合にかき消された。予期せぬアドリブに、リディアは頬を僅かに染めた。
その後、すぐに熱っぽい彼の視線が彼女に注がれた。
息を合わせての、二人のダンスが幕を開けた――
***
後ろのほうの席から舞台を観ていたエミリーは、予期せぬ事態に身体を震わせていた。
(ど、どうして……どうしてあの女はあんなにも平然としているのよ……!)
エミリーは事前にアデルに命じ、彼女のネックレスを盗ませていた。
そのことで精神的にやられて舞台に出られなくなればいいと思っていた。しかし、当のリディアはケロッとしているどころか、周囲が驚くほど上手に役をやり遂げている。
――隣に座るエリオットまで、舞台上のリディアから目が離せなくなっていた。
このままではいけない、あの女が光を浴びることなどあってはならない。
エミリーはいつの間にか、リディアに並々ならぬ対抗心を向けるようになっていた。
彼女は横で観ていたアデルを小突き、声をかけた。
「アデル、ちょっと」
「……な、何よ。劇の途中よ」
エミリーはお手洗いに行くと言い、アデルを連れて席を立った。
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