42 公演①
翌日、王都にある大劇場には何と二千人近くの人が集まった。
彼ら全員の目的はただ一つ。今日、上演される舞台『王妃リリアーヌ』を観に足を運んだのだ。
観客の中には、高位貴族の者も多くいた。
主演を務めるリディア・フロイトの両親であるフロイト侯爵夫妻を始めとした、出演者の身内。だけでなく、恋人や婚約者も訪れている。
そして客席にはエリオットとエミリー、マイラとアデルの姿もあった。
エミリーたちはともかく、なぜエリオットまでいるのか。
実はエミリーは事前にローレンス公爵に頼み込み、エリオットと二人分のチケットを手に入れていた。
どうせリディアの恥をかくところを見るのなら、愛する彼と一緒に見よう。そのような最低な考えからだった。
劇場へやってきた全員が周囲の人々と談笑しながら、劇の始まりを待っていた。
そのとき、場内に鳴り響いた音と共に、開幕が知らされた。
「わぁ、始まるのね……!」
――時計の針が昼の三時に辿り着き、とうとう舞台の幕が上がった。
***
王妃リリアーヌの舞台は、語りから始まる。
始まってすぐ、語り役の女子部員が壇上でシナリオを読み始める。
「リリアーヌは非常に聡明なうえに、誰よりも美しい女性で……」
「……」
舞台裏に控えているリディアは、他の部員たちのセリフに耳を傾けながら、出番が来るのを今か今かと待っていた。
既に準備を終わらせている彼女だが、やはり緊張はいつまでも解けないままだった。
(ど、どうしよう……!思ったより人が多いわ……!)
落ち着かない様子の彼女に、ヴァイオレットが声をかけた。
「リディア、緊張してる?」
「え、ええ……」
「大丈夫よ!あなたならきっとできるわ!」
ヴァイオレットはいつもと変わらない様子で、リディアの肩を撫でた。
普段通りの彼女を見ていると、いつもと同じように演じれば大丈夫だと前向きに考えることができた。
リディアの登場が近づいてきた頃、今度はヘンリーが声をかけた。
「――俺のあげたネックレス、やっぱり似合ってるな」
「ヘンリー様……!」
振り向いた先には、騎士の格好をしたヘンリーの姿があった。
いつも制服姿の彼だが、今日は黒い軍服の上から赤いマントを羽織っている。
彼が演じるヒューゴは、平民ではあるが才能溢れた実力のある騎士という設定だった。
(こうして見ると、すごく似合ってるなぁ……)
実は、リディアはヘンリーが衣装を着た姿を見るのは初めてだった。
彼は途中でいなくなってしまい、合流したのは前日だったから仕方がない。
ちなみに今、突然代役を降ろされたヨーク令息は酷く狼狽えているという。
「似合いますか?」
「ああ、違和感ない」
ヘンリーはリディアの胸元で光るネックレスを、満足そうに見下ろしていた。
そんな彼を見ていると、ソワソワしていた気持ちが急に落ち着いていくようだった。
「ヘンリー様、いってきますね」
「ああ、いってらっしゃい」
ヘンリーは買い物に行く妻を見送るかのように、軽い調子で手を振った。
場内が真っ暗闇に包まれている中、王妃リリアーヌになりきったリディアはゆっくりと移動した。
彼女が立っているのは、舞台の中心。
暗闇の中にいる今では、観客の姿は見えない。
何度も繰り返し練習をしてきたリディアは、誰にもバレないように深呼吸を繰り返した。
(大丈夫、私ならきっとできるわ)
――準備が整ったその瞬間、合図と同時に、舞台中央に立つリディアに照明が当たった。
「…………わぁ」
光に照らされたリディア――いや、王妃リリアーヌはこの世の誰よりも美しく、高潔だった。
月夜の女神のように麗しい彼女の姿に、観客席から小さく感嘆の声が上がった。
演じていたのが他の者であれば、観客たちがここまで圧倒されることはなかっただろう。
リディアは口元に笑みを携えると、一歩一歩カーペットの上を踏みしめながら前に立った。
登場してすぐ、始まるのはリリアーヌの独唱だ。
鳥籠の中に閉じ込められたかのような窮屈な暮らしをするリリアーヌが、思いを乗せた歌を披露するのだ。
(今なら、きっとできる)
リディアは意を決して、大きく息を吸い込んで口を開いた。
「……まぁ、なんて素敵な歌声なのかしら」
観客の一人が、ポツリと本音を溢した。
シンと静まり返った劇場内で、リディアの歌声が響き渡る。
舞台の奥まで響くほどの声量に、可憐な声音。ヒロインに相応しいと言えるその声に、会場にいる全員が一瞬で虜になった。
声がぶれることなく高音が安定しており、透き通るように美しかった。
歌うときの表情や動作も、彼女の表現力の高さを如実に表している。
歌い終わった瞬間、大きな拍手が沸き起こった。
見どころとも言えるシーンを一つ終え、リディアは安堵の息を吐きながら舞台の裏へ戻って行った。
「リディア、よくやったわね……!」
「ありがとう、ヴァイオレット……!」
裏へ戻ったリディアに、ヴァイオレットが話しかけた。
彼女は手のひらをリディアに見せるようにして腕を上げた。その意味をすぐに理解したリディアは、自身の右手を上げて軽く手のひら同士を合わせた。
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