41 二人だけの夜
ヘンリーからの指導が終わった頃、リディアは息も絶え絶えになっていた。
普段は優しい彼だが、ダンスになると熱が入るのか、いつの間にかスパルタと化していた。
「こ、この鬼教官!」
「俺は手加減はしないんだ。本番は明日だからな。いつもより厳しくさせてもらった」
彼は意地悪な笑みを浮かべて言った。
厳しいとはいっても、限度がある。とても入りたての新人に対する教え方ではないだろう。
激しい稽古に、リディアはその場にへたり込んだ。
「疲れた……汗かいちゃったし……」
「風呂にでも入ってきたらどうだ?」
「そうしようかな……」
汗をかいた今の状態のままフロイト家に帰るわけにもいかないし、リディアはお言葉に甘えてマゼルダ家の浴室を使わせてもらうことにした。
ヘンリーは入浴する前のリディアにタオルを手渡した。
そして、一言。
「一人で大丈夫か?」
「な、何を言ってるんですか……!」
リディアの顔が瞬く間に真っ赤になった。
まだ付き合ってすらいない女性に対して、何てことを言うんだ。
真っ赤な顔で慌てふためく彼女を、ヘンリーはきょとんと首をかしげて見ていた。
「……?いや、必要なら侍女をと思っただけだが」
「あ……」
何を一人で勝手に勘違いしていたんだろう。
リディアは恥ずかしさのあまり、ヘンリーから顔を背けた。穴があったら入りたいとは、まさにこういうことを言うのだろう。
「一人で入ります。お気遣いありがとうございます」
「そうか」
リディアは背中にヘンリーの刺すような視線を感じながらも、マゼルダ公爵家の浴室へと向かった。
侍女無しで湯浴みをするのは初めてだったが、特に問題もなく終わらせた。
***
風呂から上がり、髪の毛を乾かしたリディアは、ヘンリーの待つ彼の部屋へと戻った。
真っ暗な中、光が漏れる扉の前に立った。さっきまでいた場所だというのに、彼が中にいるとわかった状態だと、感じ方がまるで違う。
こんなにも緊張した経験は、今までになかった。
「ヘンリー様……失礼します……」
「ああ」
中から彼の声が耳に入ったリディアは、重い扉をそっと押した。
さっきと変わらない部屋の景色が、彼女の視界に入った。
強いて違うところを言うとすれば、ベッドに仰向けになっているヘンリーだ。
「……!」
「どうした?何を突っ立っている?」
いつの間に風呂に入っていたのか、彼の服はシャツとズボンからバスローブ姿になっている。
リディアはバスローブ姿でベッドに横たわるヘンリーに驚きを隠せず、扉の前で立ち尽くしていた。
「早く入ってこい、バレるぞ」
「は、はい……」
その言葉でリディアはようやく室内へ入った。
ヘンリーは新しいドレスに着替えたリディアを上から下までまじまじと眺めた。
「服、似合ってるな」
「女性もののドレスなんて、一体どこから用意したんですか?」
リディアが今着ているのは、ヘンリーが用意した装飾の少ない黄色のドレスだ。
もしや、こう見えて女装趣味が……!?
リディアの勘違いに気付いたのか、ヘンリーが呆れたように口を開いた。
「ハルクに相談したら、既に隣国へ嫁いだ姉の服を貸してくれた」
「ハ、ハルク公子に私が泊まってること言ったんですか……!?」
勝手に泊めたことを咎められなかったかと尋ねると、ヘンリーはゆっくりと首を横に振った。
「いや、むしろ応援してるって言われたけどな」
「ハルク!何言ってんだ!」
普段お淑やかなリディアの口から、荒っぽい言葉が無意識に飛び出した。
ヘンリーはベッドからゆっくりと身体を起こした。
「もう十二時だ。明日の公演に備えて……今日は寝たほうがいいだろう」
「それもそうですね……」
リディアは家に帰る予定だったが、ヘンリーとの話し合いの末、今日はマゼルダ家に泊まることを決めた。
ヨーク令息の暴言のせいか、最近は眠れない日が続いていた。
それに加えて、激しい稽古で疲れたから、今日はきっとよく寝れるはずだ。
ヘンリーはベッドから立ち上がると、部屋にあるソファに横になった。
「俺がソファで寝るから、お前はベッドで寝ろ」
「……いえ、私がソファで寝ますから、ヘンリー様はベッドで寝てください」
リディアがいくらヘンリーをベッドに行かせようとしても、彼は頑なにソファから動かなかった。
彼なりに、リディアに配慮しているのだろう。しかし、泊まらせてもらううえに、そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。
帝国から帰ってきたばかりで、疲れているのは彼も同じだろうし。
「――なら、一緒にベッドで寝るか?」
「……ソファで寝てください」
彼女の返事に、ヘンリーはつまらなさそうに口を尖らせた。
リディアは彼が普段使っているベッドに横になると、目を閉じた。
疲れが溜まっていたせいか、彼女はすぐに睡魔に襲われた。
ヘンリーが同じ部屋で寝ているということも忘れ、リディアは眠りについた。
一方、ヘンリーも視界の端に見えるリディアにドキドキしながらも、襲い掛かる眠気には勝てず、ゆっくりと目を閉じた。
――そして、とうとう公演当日になった。
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