46 暴かれる真相
公演が終わった日の夜。
静まり返った王立アカデミーに入っていく一つの影があった。
闇夜に溶け込むように真っ黒なローブを着たその人物は、物音を立てずに校舎へ足を踏み入れる。
身体の大きさからして、おそらくまだ成人していない女子だろう。
しばらく歩いた彼女は、一階にある教室へと入って行った。
周囲に誰もいないのを確認した後、かぶっていたローブを取ると、燃えるような赤い髪が姿を現わした。
「……ふぅ」
アデル・ライラストン男爵令嬢だ。
彼女の目の前には、マイラ・グレゴリーと書かれたロッカーが設置されている。
アデルは親友のロッカーを前に、ある言葉を思い浮かべていた。
『――さぁ、やるのよ。やらなければ私たちは終わりよ』
アデルはエミリーに言われた通り、ネックレスを持ってアカデミーを訪れていた。
今日は休みの日で、人は誰もいない。
そのため、このような悪事をするにはもってこいだった。
しかし、ネックレスを持った彼女はマイラのロッカーを前に立ち尽くしていた。
「ど、どうしよう……」
アデルは悩んでいた。
エミリーに言われた通り、マイラのロッカーにネックレスを入れるかを。
人として、最低なことをしているのだという自覚はあった。
だがエミリーの言う通り、自分たちがやったとバレればただでは済まないだろう。
アデルは十分近くもの間悩んでいた。
しかし、突然何かを決意したかのように一歩踏み出した。
(……そうね、私はやっぱり)
悩みに悩んだ末、アデルはネックレスをロッカーに入れ、バレないようにそっと閉めた。
***
舞台『王妃リリアーヌ』の公演最後に起きた事故は、すぐに翌日の新聞に掲載された。
一人が軽傷、他に怪我人なし。前代未聞の事故は不幸中の幸いとして、今王都で話題を集めていた。
そして、事故の噂は王立アカデミー内でも広まっていた。
巻き込まれた二人がアカデミーの生徒である以上、注目されるのは仕方が無いと言えるだろう。
登校からすぐ、リディアは廊下で大勢の生徒たちに囲まれていた。
「リディア嬢、災難だったね」
「ええ……怪我はしていませんので、ご心配なく」
初舞台があのような形で終わってしまうとは、彼女自身も想像していなかった。
後に調査をした部員から聞いたことだが、あれは事故ではなく、事件だった。
何でも吊りものを固定していたロープに、意図的に切断された痕があったという。
短剣か何か鋭利なもので切られたことは明白で、自然な切れ方ではなかったそうだ。
(誰がやったのか……気になるわ)
犯人として心当たりのある人物を数人思い浮かべていたリディアは、突然ある人物に声をかけられた。
「――リディア」
「……エリオット様?」
人の波をかき分けて彼女の元へやって来たのは、エリオットだった。
そして後ろには、エミリーとマイラ、アデルもいる。
「リディア、その……大丈夫なのか?」
彼は気まずそうに視線を彷徨わせ、ポツリと口から溢すように尋ねた。
後ろの三人の鋭い眼差しに耐えながらも、リディアは言葉を返した。
「ええ、平気です。カールトン令息が守ってくださったので」
「……そうか」
ヘンリーの名を出すと、エリオットの表情が僅かに曇った。
あの日の公演はエリオットも観に来ていた。
彼がリディアとラブシーンを演じた男子生徒であることも、当然知っているだろう。
「……大切な婚約者が無事なようで、よかった」
「……ありがとうございます」
大切な婚約者――公衆の場でそう言われたリディアは戸惑いつつも、当たり障りのない返答を選んだ。
嬉しいという感情すら湧き上がってこない。少し前から、彼女のエリオットに対する感情は変化しつつあった。
「――リディア様、私も心配してました」
「……エミリーさん?」
エリオットの視界からリディアを遮るように間に入ったのは、エミリーだった。
彼女はリディアの両手をギュッと手で握った。
後ろでは、アデルが気が気ではない様子でリディアを見ていた。
「あの舞台は私も見に行っていましたから。事故のことは知っています」
「……そうだったのですね」
「怪我をしていないようで、何よりです」
エミリーは目を合わせてニコッと微笑んだ。
その笑顔がわざとらしいように感じたのは、きっとリディアだけではないだろう。
彼女の意を探るために注意深く表情を観察していると、何かを思い出したかのようにエミリーが口を開いた。
「……そういえば、その事故のことなんですけど」
「……?」
エミリーは先ほどよりも声量を上げ、この場にいる全員に聞こえる声で言葉を発した。
「――私、あの日こっそり舞台裏へ入っていく人影を見たんです」
「な、何だと……!?」
彼女の証言は、事故が事件だということを周囲の人間に知らせることとなった。
元よりヴァイオレットから黒幕がいることを聞かされていたリディアは初めて知ったフリをしながらも、冷静にエミリーに尋ねた。
「……それは本当ですか?」
「ええ、たしかにこの目で見ました。そして、その人物は私のよく知っている人だったんです……」
そこで、エミリーは後ろにいた二人に視線を移した。
相変わらず顔が真っ青なアデルと、困惑しているマイラ。
エミリーは彼女たちのうちの一人を、迷うことなく指で差した。
「たしかにあれは――――マイラ・グレゴリー男爵令嬢でした」
「な……」
絶句するマイラに反し、彼女の隣にいたアデルは安心したように顔色が戻っていった。
リディアは驚いてマイラを見た。
(マイラさんが……あの一件を企んだですって……?)
リディアを始め、思っていることは皆同じだった。
「グレゴリー男爵令嬢があの事故を仕組んだのか……?」
「嘘でしょう……?」
周囲の生徒たちの目が、マイラに集中する。
疑惑の目を向けられた彼女は、ハッとなってすぐに否定した。
「わ、私そんなことしてません!」
「マイラ、お願い。本当のことを言って。私もこれ以上友であるあなたを責めたくはないのよ」
「エミリー、アンタ……」
マイラは何かを言いかけたが、結局彼女の口から続きは出てこなかった。
言いたいことを我慢しているのか、口を噤んだ。
その隙にも、エミリーは彼女を追い詰めた。
「それだけじゃありません。マイラはリディア様が劇で使うネックレスを盗んだと周囲に話していました」
生徒たちから驚きの声が上がり、彼女は心無い言葉を浴びせられた。
とうとう我慢の限界を迎えたのか、マイラは声を荒らげた。
「私はやっていません!!!何度言えばわかるんですか!!!」
エミリーは抗議するマイラを無視し、リディアの肩に手を触れた。
「――リディア様、マイラのロッカーを確認すればネックレスが出てくるかもしれません」
「……もし、彼女が本当にネックレスを盗んだのであればそうですね」
エミリーのその言葉に、アデルはピクリと肩を上げた。
マイラたちに注目している周囲は、彼女の挙動の不審さに気付いていなかった。
「さぁ、行きましょう」
エミリーの証言の真偽をたしかめるため、リディアたちはマイラのロッカーへと向かった。
その間も、無関係であるはずのアデルだけはずっと落ち着きがなかった。
エミリーは勝ちを確信した笑みを浮かべ、リディアの腕を引いた。
が、しかし――
「う、嘘よ……どうして……」
「ほら、だから言ったじゃありませんか!」
――教室に置かれているマイラのロッカーからは、いくら探したところでネックレスなど出てこなかった。
エミリーはそんなわけがないと探し続けるが、とうとう中身は空っぽになった。
入っていたのはマイラの私物のみで、どこを見てもネックレスはない。
ざわめきが広がっていたそのとき、一人の女子生徒が地面に膝をついて崩れ落ちた。
「……アデルさん?」
見下ろした先にいたのは、アデルだった。
「……ごめんなさい」
「……?」
彼女の目からは大粒の涙がとめどなく流れている。アデルは口元を手で押さえて嗚咽を上げている。
その姿を見たエミリーの顔が険しくなっていく。
そしてアデルは、観念したように震える声で口を開いた。
「――ネックレスは、エミリーのロッカーの中にあります」
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