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私のことを一度も見なかった婚約者様へ  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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4 平民の少女エミリー

ヴァイオレットは少し離れたところにいるエリオットを見上げながら、リディアに尋ねた。



「あのお方ってたしか……フロイト令嬢の婚約者の……」

「……ええ、エリオット・ローレンス公爵令息です……」



リディアは顔を真っ青にしながらも、何とか答えた。

彼女の前では至って平然を装っていたが、実際気が気ではなかった。



(どうしてエリオットがここにいるの……?)



彼は昼休みになると、いつもエミリーたちとカフェテリアで昼食を摂っていた。

中庭に来たことは一度も無かったため、彼女はこのような事態になることを想定していなかった。



カフェテリアではなく、中庭を選んだのは絶対にエリオットに会わないという確信からだった。

しかし、今日に限って何故、彼がエミリーたちと中庭に来るだなんて。

リディアは思わず頭を抱えた。



「あの横にいらっしゃる方々はもしかして……最近噂の……」

「……」



そこで、ヴァイオレットはエリオットの周りに侍る三人の女子生徒たちに気付いたようだった。

エミリー、マイラ、アデル。マイラとアデルは下級貴族の家の令嬢で、エミリーに至っては平民だ。



彼女たちが最近エリオットとの関係で話題になっているのを、リディアは知っていた。

学園内であんなにも堂々と一緒にいられては、噂になるのも当然だろう。



彼女たちは休み時間はいつもエリオットと行動を共にし、学園の外でも遊んでいるというのだ。

長年婚約者だったリディアですら、彼とプライベートで出かけたことはほとんどない。



ついこの間なんて、アカデミーの近くにある大劇場で四人の姿が目撃されたという情報まで上がっていた。

そのせいで、完璧だったリディアの名誉に傷が付いているのもまた事実だった。

あんなに優しい婚約者から浮気されるだなんて、彼女に何か問題があるに違いないと言う生徒たちも多くいた。



リディアは仲睦まじく話す四人から、目が離せずにいた。



「エリオット様、ここなら空いてますよ!」

「ああ、じゃあここで食べようか」



エリオットはリディアたちと同じように、地面にシートを敷いた。

四人座れるそのシートは彼女たちのものよりもだいぶ大きく、かなりのスペースを使っている。



ピクニックのバスケットをシートの上に置いたエリオットは、胡坐をかいて座った。

その周りを囲むように、エミリーたちが座った。見事なまでのハーレム状態である。



「今日のご飯は私が作ったんです!エリオット様のために!」

「そうか、嬉しいよ」



エミリーの言葉に、エリオットは柔らかく微笑んだ。



「美味しいですか?エリオット様」

「あぁ」



エリオットはエミリーの手料理を、何の躊躇いも無く口に運んだ。

美味しいと頬を緩めるその姿は、見ていて辛かった。



(私のは絶対に受け取らなかったのに……)



リディアは複雑な感情を抱きながら、彼らを眺めていた。もし、自分があの場にいたら彼はあんな顔をしないだろうな。そんなことを考えながら。



(……いい加減私もお弁当食べよう。お腹空いちゃった)



リディアはランチボックスを開け、中に入っていたサンドイッチを食べようと口を開けた。

――そのとき、口をモグモグさせていたエリオットと目が合った。



「……!」

「……」



彼の目が、驚いたように丸く見開かれた。

何故、お前がここにいるんだとでも言いたげなその瞳。エミリーたちと共に過ごすことで柔らかくなっていた表情は、リディアを視界に入れたせいで一瞬で険しくなった。



常日頃から向けられていた厳しい視線に、彼女はビクッと肩を上げた。

ヴァイオレットは事の重大さに気付いていないようで、のほほんとした顔で呟いた。



「あら、ローレンス公爵令息がこちらを見ていますわ……まぁ、すごいお顔……あの人ったら何て顔しているのかしら」

「オ、オースティン令嬢……」



顔色の悪いリディアとは対照的に、ヴァイオレットは首をかしげているだけだった。

エリオットは不愉快極まりないという顔をしているわりには、ずっと彼女から目を離そうとはしない。



一方のリディアも視線を逸らすことができず、二人は無言のまま見つめ合っていた。

その目を向けられると、いつも決まって委縮してしまうのだ。



いつもと違うエリオットの様子に違和感を感じたのか、横にいたエミリーが声をかけた。



「エリオット様、何をそんなに見ているんですか?って、もしかしてあれってリディア様?」

「……」



その一言で、彼女に気付いていなかったマイラとアデルまでもがリディアの方に目を向けた。

マ、マズいと彼女は慌てた。リディアはエミリーたちと話したことなんてほとんどない。

そもそも同い年ではないうえに、彼女たちがエリオットと親しくしている時点で、仲良くなどできるはずがなかったからだ。



「リディア様?もしかして、エリオット様の婚約者の?」

「あの方が……」



マイラとアデルはリディアを見ながらヒソヒソと噂話を始めた。

彼女たちの刺すような視線が、リディアを貫いた。



(き、気まずい……)



座ったままの彼女に、近づいて声をかけたのはエミリーだった。



「リディア様!こうしてお会いするのは初めてですね!」

「……エミリーさん」

「あれぇ、私のこと知っているんですかぁ?私ったら、まだ入学して二ヵ月だってのに有名人になっちゃったのかなぁ?」



エミリーの言う通り、彼女はたしかに学園内でかなり話題沸騰中の生徒であった。良い意味と悪い意味の二つで。

彼女はかなり可愛らしい見た目をしていることで、生徒たちの注目を集めていた。しかしその一方で、婚約者のいるエリオットと必要以上に親しくしていることで噂にもなっていた。



エミリーはリディアの前まで来ると、偉そうに彼女を見下ろした。



「私、エミリー・オブライトって言います!貴族ではないんですけど……エリオット様とは仲良くしているんです。よろしくお願いしますね、リディア様?」

「……」



リディアは侯爵令嬢で、エミリーは平民。

目上の者を、そのように見下ろすのはあまりよろしくないことだった。

いくら学園が身分平等を謳っているからとはいえ、そのくらいの礼節は守らなければならないのではないだろうか。



(……相手は私を下に見ている、舐められてはいけないわ)



リディアはすぐに立ち上がり、エミリーと正面から目を合わせた。



「リディア・フロイトと申します。よろしくお願いいたします」



エミリーはよろしく、とニコリと笑った。



「ところで、今日はお一人でご飯を食べてたんですか?」

「……」



リディアは貴方の目は節穴?と思わず言いそうになってしまった。

どう見てもすぐ横にヴァイオレットがいるというのに、エミリーは彼女には目もくれていないようだ。



「いえ……友人のオースティン令嬢と二人で食べていましたわ」

「あら、そうだったんですね!私ったら、全然気付かなかったぁ」



エミリーは照れ臭そうに笑った。

大体、彼女は目上のヴァイオレットに挨拶すらしていない。本来ならば不敬罪に値するところだが、学園内なので見逃されているだけである。



中庭にいた生徒たちは、リディアとエミリーに一斉に注目した。

片方はエリオットの婚約者、もう片方は浮気相手と疑われる平民の少女。そうなるのも当然だった。



そんな空気に耐えられなくなったのか、二人の間に割り込んだ人物がいた。



「――エミリー、そろそろ行こう。マイラとアデルも待っているから」

「エリオット様」



彼女の後ろから、優しく声をかけたのはエリオットだった。

振り返ったエミリーはそうだったわ、と再びリディアの方を向いた。



「あぁ、リディア様……私たちはそろそろ行かないといけないみたいです」

「……何かご予定でも?」

「ええ、このあと四人で図書館に寄って勉強を教えてもらう約束をしているんです。だから……そろそろ行かないと」



エリオットの婚約者として、こういうときは何て返すべきか。

きっと、軽率な彼らの行動を咎めるのが正解なのだろう。

しかし、あいにくリディアにそのような気力は既に残されていなかった。



「……そう、楽しんできてくださいね」



彼女はそのように返すのが精一杯だった。

エミリーとエリオットたちは彼女から背を向けて立ち去って行った。



遠ざかって行く彼の後ろ姿が切なくて、リディアは人目も憚らずに泣いてしまいそうになった。

俯いた彼女に、ヴァイオレットが心配そうに声をかけた。



「フロイト令嬢、大丈夫ですか?」

「ええ……何でもありません」



結局、彼女は入学してから初めてランチボックスを残してしまった。

今はとても、喉を通りそうになかったのだ。



――そしてその日の夜、リディアはベッドの中で一人涙を流した。




読んでくださってありがとうございます!


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