39 再会
公演前日の夜、リディアは両親や使用人たちの目を盗んでこっそり侯爵邸を抜け出した。
彼女が向かう先は、王都にある大劇場だ。
今公演が行われていないせいか、劇場は閉まっている。
しかし、明日上演される舞台に出る予定のリディアは、特別に中に入ることができた。
「すみません、通してください。劇場の中に忘れ物をしてしまったんです」
「あぁ、リディア嬢。もちろんいいですよ」
見張りの騎士はリディアにニコッと笑いかけると、すぐに彼女を中に通した。
一般人なら入れない場所だが、出演者は特別。
劇場内に入ったリディアは、奥にある控室へ向かった。
当然、人は誰もいない。リディアたち王立アカデミーの演劇部員は、明日に備えてそれぞれが休息を取っている。
控室のドアを開けると、真っ先に王妃リリアーヌの着用するドレスが目に入った。
彼女が演劇部のメンバーたちと関わるきっかけとも言えるであろう、一着のドレス。実際に着る機会は少なかったものの、なかなかに思い出深い一着に変わりはない。
「明日は……あれを着てヨーク令息と踊るのね」
不安は尽きないが、やり遂げなけれならない。
自分のためだけではない、オルトレーン帝国にいるであろうヘンリーのためでもある。彼は誰よりも舞台の成功を心から願っていたからだ。
リディアは前日ということもあって気持ちが落ち着かなかった。夜になっても一向に眠れなくて、導かれるようにこの場所へ訪れた。
舞台で使う小道具やドレスたち、さらには稽古で使ったスカートが部屋に置かれている。
形あるそれらを眺めていると、ここ数ヵ月間歩んだ軌跡が頭に浮かんだ。
エリオットに傷付けられ、ヴァイオレットと出会い、大切な仲間たちに巡り会った。
特にヘンリーは他の誰よりも、自身を気遣ってくれた。相談に乗ったり、彼女のために特別な指導をしたり。彼がいなければ、おそらく今のリディアはなかっただろう。
「明日……明日、いよいよ上演される」
明日、自分が大勢の前であの煌びやかな舞台に立つことを想像してみたが、未だに実感が湧かなかった。
初めてだから当然だと思うかもしれないが、いつまでもそんな気持ちではいけない。
「私が主演なんだから……きちんと最後までやり遂げないと……」
リディアは逸る気持ちを何とか抑え込んだ。
この場所に来れば少しは落ち着くかもしれないと思っていたが、余計に緊張してしまうだけだった。
リディアは演劇部の誰よりも人一倍プレッシャーを感じていた。
もし、ヘンリーがすぐ傍にいてくれたならまた違ったかもしれない。
しかし、彼は今この国にはいなかった。
ハルクからの連絡もなく、公演が始まるまでに帰ってくるのは絶望的な状態だった。
しかし、普通の人なら諦めてしまうであろうその状況でもなお、リディアは彼を信じていた。
誰よりも気合いを入れて練習に取り組んでいた彼ならば、きっと戻ってくるのではないかと。
「そんなこと、あるはずがないのに……」
ありもしない希望を抱いては、思い通りにならなくて切ない気持ちになる。
「……そろそろ帰ろう、私もいい加減寝ないと……」
これ以上は明日の公演に支障をきたしてしまうと考えたリディアは、部屋から出た。
場内に誰もいないことを確認した彼女は、来た道を戻った。いくらリディアが出演者であるとはいえ、本来ならばこの時間劇場内に人はいない。
もし、関係者に見つかってしまえば面倒なことになる。
リディアは人に見つからないように細心の注意を払い、出口までの道を歩いた。
しかし、あともう少しで外に出る――というところで、彼女は背後から声をかけられてしまった。
「――ここで何してるんだ」
「……!」
突然聞こえてきた低い声に、リディアはビクッと肩を上げた。
もしかして、見回りの騎士に見つかってしまったのか。
リディアは恐怖のあまり、すぐには振り返ることができなかった。
「侵入者か?」
「ち、違うんです……私は怪しい者では……!」
近づいてくる足音に逃げ切ることはできないと、彼女は言い訳をしながら振り向いた。
――そのとき、視界に入ったのは見慣れた顔だった。
「………って、ヘンリー?」
「久しぶりだな、リディア嬢。驚いたか?」
黒いズボンに白シャツ姿の彼は、リディアの前まで来るとニコッと笑った。
彼女はそんな彼の姿を、ただ呆然と眺めていた。
もしかして、最初から私を驚かすために騎士のフリをして声をかけたのか。
騙されたという怒りももちろんあったが、久々の彼を前に、もはやそんな思いは吹っ飛んだ。
ずっとずっと、待ち望んでいた人。
会いたくて会いたくてたまらなかった人。
彼を前にすると、溜め込んでいた様々な思いが溢れて止まらなかった。
「ヘ、ヘンリー……!」
リディアは泣きながら彼に飛びついた。
ヘンリーは声を上げて笑いながらも、彼女を受け止めた。
「おいおい、どうしたんだ?」
「良かった、あなたが帰ってきてくれて……!」
リディアはしばらくの間、彼の胸にしがみついて泣き続けた。
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