34 事件
婚約破棄――という単語に、エリオットは茫然としたまま固まっていた。
とても信じられない、というような顔をしている。当然かもしれない、リディアはエリオットを深く愛していて、これまでどれだけ冷たくされても耐えてきたのだから。
「リディア……どういう意味だ?」
「そのままの意味でございます、エリオット様」
リディアは彼の目を真っ直ぐに見つめ、言い放った。
――あなたと一緒に歩んでいくことはできません、と。
その言葉に、彼はショックを受けたように目を見開いた。
こんなにもハッキリ、エリオットに物を言うのは初めてだった。しかし、今まで散々彼に傷付けられてきたのだ。一度くらいは良いだろう。
「リディア……婚約の解消はできない。君もわかっているだろう」
「ええ、わかっています。ですが……私はエリオット様と結婚しても幸せになれないと思います」
婚約解消が簡単にできないことなど、リディアもわかっている。
しかし、彼女の心には既に別の人間がいて、エリオットへの愛はない。
今の不誠実な気持ちのまま、彼と結婚するわけにはいかなかった。
「リディア、わかっているならなぜ……そんなことを言うんだ……!」
「……なぜだなんて、心当たりがないのですか?」
リディアは彼を嘲笑うように口角を上げた。
フッ――という乾いた笑みが漏れた。
「――エリオット様がこの十年間私にしてきたこと。忘れたとは言わせません」
「……!」
彼からの度重なる冷遇、暴言、そして他の令嬢との不適切な行為。
たしかに、貴族間で結ばれた婚約の解消は難しい。しかし、エリオットの今までのリディアに対する態度は、十分解消の理由にはなりえるだろう。
リディアを溺愛する両親に言えば、不可能なことではなかった。
「俺は婚約解消なんて絶対に認めない」
「エリオット様が認めずとも、私は……」
リディアが言い終わる前に、エリオットが彼女の肩を掴んだ。
強い力で掴まれ、彼女はキャッと小さく悲鳴を上げた。
顔を上げると、エリオットと至近距離で視線がぶつかった。
気のせいか、彼の表情は暗かった。
「――あの男のせいか?」
「……何を」
彼の言うあの男というのが誰かわからず、リディアは言葉を詰まらせた。
その反応で確信したかのように、エリオットの表情が強張った。
「やはり……アイツがお前を誑かしたんだな」
「な、何を言っているんですか……!わけがわかりません……!」
リディアは何とかエリオットの腕から逃れると、そのまま逃げるように彼の前から立ち去った。
なぜかわからないが、今の彼がとても恐ろしく感じられた。
***
翌日、リディアはいつもと変わりない様子でアカデミーに登校した。
一限、二限と何事もなく授業を終え、お昼休みになった。
(……いないわよね?)
彼女は廊下や食堂にエリオットの姿がないことを確認し、ヴァイオレットとの約束の場所まで向かった。
昨日の今日で、エリオットに会うのは流石に気まずかった。
彼がいないことをその目でしっかりと認識すると、リディアは物陰から出た。
そのまま人の集まった食堂を通り過ぎようとしたそのとき、突然場の空気を一変させる出来事が起きた。
「――ミシェル・パーラー公爵令嬢!今日を以てお前との婚約を破棄させてもらう!」
「!?」
驚いて足を止め、振り返る。
視線の先では、食堂では第二王子のディエゴが愛らしい令嬢の腰を抱いて立っていた。
(な、何が起きているというの……!?)
ディエゴが指を差す先には、彼の婚約者であるパーラー公爵令嬢ミシェルがいた。
生徒たちが周囲にいるにもかかわらず、彼は堂々と婚約破棄を宣言した。当然、誰もが驚きを隠せない。
「お前が俺の愛するキアラを執拗に虐めていたことは知っている!そんな性根の醜い女を王妃にするわけにはいかん!お前との婚約は破棄だ!」
「…………王妃?」
ミシェルが眉をひそめて呟いた。
まだ王太子になったわけでもないディエゴにとってそれは、軽率な発言だった。
(ディエゴ殿下……男爵令嬢に入れ込んでいるという噂は聞いたことがあったけれど……)
公衆の面前で騒ぎを起こすなど、正気の沙汰ではなかった。彼に抱かれている令嬢は、プルプルと身体をわざとらしく震わせながらミシェルを見つめている。
ミシェルはもはやそんな愚かな婚約者に情などないのか、動じる素振りすら見せなかった。
「言いたいことは色々とありますが……婚約破棄の件に関しては受け入れましょう。さようなら、第二王子殿下。どうかキアラさんとお幸せに」
「ま、待てミシェル!キアラに嫌がらせを繰り返しておきながら婚約破棄だけで済むと思っているのか!?」
そそくとその場を後にしようとするミシェルに、ディエゴが飛び掛かった。
伸ばされた彼の腕が、ミシェルに触れそうになる。
「……!」
「逃がさないぞ、ミシェル……!お前は罰として北の修道院に入れてやるから、覚悟しておけ……!」
咄嗟の出来事に、ミシェルは上手く反応することができなかった。
そんな彼女の前に、立ちはだかった人物がいた。
「――ディエゴ殿下、みっともないですよ」
「………………エ、エリオット!?」
一体どこからやって来たのか、エリオットが二人の間に割り込み、ディエゴの腕をガッチリと掴んでいた。
予想だにしない展開に、リディアは口をポカンと開けて一連の事態を眺めていた。
(エ、エリオット……!?)
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




