30 計画 エミリー視点
それぞれ家に帰ったマイラとアデルを見送った後、エミリーは一人ある場所へと向かっていた。
家を出たエミリーは、煌びやかな迎えの馬車に乗り込んだ。
彼女を乗せた馬車は、王都にそびえ立つ大邸宅の前で停まった。
馬車から降りたエミリーは、門の前に立っていた衛兵に軽く挨拶をした後、何の検査もなく中へ入って行った。
それからすぐに、客間に通された彼女の元を、ある人物が訪れた。彼を見た瞬間、彼女の顔がパァッと輝いた。
「――お義父様!」
「……エミリー、よく来たね」
エミリーが父と呼びながら飛びついたのは、エリオットの実父であるローレンス公爵だった。
彼女にとってローレンス公爵は、母親の恋人であり、実の父も同然の存在だった。
『エミリーって言うのか。私のことは本当の父親だと思ってくれてかまわない。君たちの生活は私が全て面倒見よう』
エミリーは父親に会ったことがなく、物心ついたときには母親しかいなかった。
母はエミリーを養うために夜の仕事をしていたが、それでも貧しい暮らしは変わらなかった。
そんな母娘に手を差し伸べたのが、まさにローレンス公爵だった。
公爵には当時妻がいたが、美しい母を気に入ったようで、愛人になる代わりに生活の援助を申し出てくれたのだ。
愛想が良く、人懐っこいエミリーは母と同様、すぐに公爵に気に入られた。
そして今は実の娘のように可愛がってもらっている。公爵は実の息子であるエリオットより、義娘のエミリーを好いていた。
「学園生活は順調かい?」
「はい、お義父様の用意してくれた家はとっても素敵で……エリオット様もとっても優しくしてくださいます!」
「そうか、アイツが……」
公爵はエリオットとあまり良い関係ではないようで、エミリーと彼が親しくするのを良しとしなかった。
しかし、エミリーはエリオットを慕っている。母が公爵の本妻になれなくて辛い思いをしていたこともあり、彼女だけは何としても次期当主の妻の座を手に入れると決めていた。
公爵とはいくら何でも年の差がありすぎるから、ターゲットは自然と一人息子のエリオットになるわけで。
エミリーはニヤリと口角を上げながら、ねだるように公爵の腕に触れた。
「ねぇ、お義父様。私、お願いがあるんです」
「何だ?」
昔から、公爵はエミリーの願いを何でも叶えてきた。
だから今回も、きっと通るはずだろうと信じて疑わなかった。
「――一ヵ月後に開演される『王妃リリアーヌ』のチケットがどうしても欲しいんです」
***
ローレンス公爵邸を出たエミリーは、母イブリンとの昔の会話を思い出していた。
エミリーたち母娘は昔、それはそれは貧しい暮らしを送っていた。
服は毎日同じものを着ていて、一日一食すら食べられないような生活だった。
ローレンス公爵と出会ったおかげで、彼女たちはまるで貴族令嬢のような贅沢な暮らしができるようになった。
突然の生活変化に驚いたエミリーはイブリンに直接尋ねた。
『え?私がどうやって公爵を落としたのかって?』
豪華なレースがふんだんにあしらわれたドレスを身に着けたイブリンが振り返った。
その首元には、輝くダイヤモンドのネックレスが着けられている。それらは全て、彼女の愛人であるローレンス公爵からのプレゼントだった。
『そうね……内緒にしておくつもりだったけれど、あなたには特別に教えてあげてもいいわ』
口紅が塗られた真っ赤な唇が、弧を描いた。
イブリンはまだ幼いエミリーと視線を合わせるようにしゃがみ込むと、シーッと人差し指を唇に当てた。
『私ね、ちょっとずるい手を使ったの』
イブリンがエミリーに話した内容は、まさに悪魔の計画だった。
彼女がローレンス公爵と出会った頃、公爵には高位貴族出身の本妻がいた。
公爵は女遊びを繰り返していたが、流石に妻と離婚するつもりはないようで、結婚をせがむ女たちとはすぐに関係を切っていた。
イブリンは他の愛人たちと違って公爵の本妻の座を虎視眈々と狙っていたため、彼女をどうしてもその椅子から引きずり下ろす必要があった。
彼と出会ってから一ヵ月経った夜、彼女はベッドの上で囁いた。
『ねぇ、公爵様……あなたの奥様とんでもない悪事に手を染めていますよ』
『何だと?』
イブリンは公爵夫人が不倫していることやローレンス家の機密情報を他の家に流していることなど、彼女に関するあらゆる罪をでっちあげた。
当然、そのような事実はなく、全てイブリンの作り話である。
その結果、二人の夫婦仲は崩壊していった。
ローレンス公爵は妻を疑って罵倒し続け、心を病んだ彼女は自らの命を絶つという最悪の結末を迎えてしまった。
『まぁ、夫人が自殺するとは思わなかったけどね……ただ彼と離婚してくれたらそれでよかったんだけど……』
本妻になることは叶わなかったが、一番お気に入りの愛人という地位を手に入れることはできた。
公爵夫人の座が空席である今、それは実質的な本妻のようなものだった。
『エミリー、アンタも他人のことなんか気にする必要はないのよ。自分の幸せのためなら、他者を蹴落としてやるくらいの気で生きなさい』
最低なことではあるが、母が言うとやけに説得力があった。
自分たちの幸福のためなら、多少の犠牲はやむを得ない、というのが母の考えだった。
エミリーも昔の貧乏な生活を考えれば、一概に母を否定することはできなかった。
「お母様……自分の幸せのためなら、他人を蹴落とすのは普通のことですよね?」
エミリーは馬車に揺られながら、ポツリと呟いた。
彼女は母のその教えを胸に、今日までの日々を生き抜いてきた――
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