28 二人きりの時間
練習終わり、リディアはヘンリーと二人で話をしていた。
リディアの相手役がヘンリーである以上、相談するならヴァイオレットよりも彼のほうがいいだろう。
制服姿に着替えた彼女は、アカデミーの外にあるベンチでヘンリーと横並びで座っていた。
リディアの手には、ヘンリーがついさっき買ってくれた水が握られていた。
「体力がなくて困っちゃいます」
「今まで運動してこなかったんだろ?バレてるぞ」
「そ、それはそうですけど……」
ヘンリーはリディアと違って、何曲続けて踊ってもピンピンしていた。
すぐに息が上がってしまうリディアとは天と地の差である。
「どうしてそんなに体力があるんですか?」
「秘密」
「私はヒロインですよ?」
リディアは頬を膨らませた。
ヘンリーが自身についてをあまり多くを語らないのは知っていたが、いくら何でも秘密が多すぎるのではないか。
ヴァイオレットは彼のことをよく知っているようだけど、知り合って間もないリディアはほとんど知らなかった。
(何だか疎外感を感じるな……)
しかし、人が隠しておきたいことを無理やり暴くのは褒められたことではない。
いつか、彼がリディアに心を許して自分から話してくれるときまで待つのが正しいだろう。
「まぁ、体力は稽古を続ければ自然とついていくだろう。そんなに気にする必要はない」
「そうでしょうか?私は不安です。やはり、他が全員経験者ということもあって……」
あの中で、初めては彼女だけだった。未経験で主役を演じるというプレッシャーが、永遠に彼女の胸に残り続けていた。
自分よりもっと相応しい人がいるのではないか、そう思えてならない。
リディアが不安げに俯くと、ヘンリーが優しく声をかけた。
「――不安なことがあれば俺に言え、必ず助けてやる」
「……ヘンリー様」
その赤い瞳には、しっかりとリディアが映っている。
私を見てくれる人はちゃんといたんだと、彼女は安心した。
「もうすぐ全体の通し稽古があるから……問題点も見えてくるだろう。俺もヴァイオレットもいくらでも相談に乗ってやれるから」
「ありがとうございます、ヘンリー様」
歌もダンスも演技も、もっと練習を重ねなければいけない。
自分が舞台の上で恥をかかないためだけではない、親切にしてくれた演劇部のみんなに恩返しをするためでもある。
「それと……お姫様抱っこのとき、重くなかったですか?」
「え、いや、別に」
なぜ突然そんなことを聞くのかと、ヘンリーは首をかしげた。
いくらヘンリーに力があるとはいえ、人を一人抱えて何回転もするのは疲れる。
彼は表にこそ出さなかったが、きっとあのときが最も疲れを感じたはずだ。
(大きいパフェ食べたばっかりだし……ちょっと控えないとな)
最近ちょっと太ったことは、演劇部のみんなには内緒である。
***
稽古から帰ったリディアは、帰宅早々両親に詰め寄られていた。
「リディア、ミュージカルのヒロインをやるんだって?」
「お、お父様……どこでそれを」
まだ正式に発表されていないのに、一体誰から聞いたのか。
父フロイト侯爵の代わりに、その質問に答えたのは母親の侯爵夫人だった。
「あなたのメイドから聞いたのよ。驚いたわ、元から才能に溢れる子だったけれど……そんなことまでするのね」
「お母様……才能に溢れるだなんてそんな……」
リディアは照れながらも、否定はしなかった。
昔は自信がなくて認められなかったけれど、今は違う。たしかに平均よりかは才能があるほうかもしれないと、自分に自信を持つことができた。
「しかも王都の大劇場で公演を行うんですって?絶対に見に行くわ」
「あぁ、楽しみだな。娘の成長をこの目で見れるのか。当日は何が何でも仕事をキャンセルしないと……」
フロイト侯爵夫妻の一人娘の溺愛っぷりは有名である。
(ちょ、ちょっと待って……結構過激なラブシーンあるんだけど、どうしよう……!)
まだ成人前の娘が、どこの馬の骨ともわからない男とあんなことやこんなことをしているとなれば、二人がどのような反応をするかわからない。
母はまだしも、父が心配だ。
「ところで、どんな話なの?」
「そ、それがね……恋愛物で……」
「……あら、まぁ」
母が驚いたように口元に手を当て、横にいた父を見た。
父は固まったまま、同じ言葉を繰り返し呟いた。
「れんあい、レンアイ、恋愛?」
「お、お父様……」
恋愛物のミュージカルで、ラブシーンがないものなど存在しない。
そのことに気付いた父の顔が、みるみるうちに青くなっていく。
母が父の背中を撫でながら、何とか彼を宥めた。
「あなた、あっちに行きましょう」
「……」
これ以上ここにいると面倒事になると思い、リディアはそっと両親から背を向けた。
「お父様、ごめんね。でも精一杯練習してるから、応援してくれると嬉しいな」
もうすぐ通し稽古が行われるから、自主練習をしないと。
こんなにも一つのことに熱中したのは、生まれて初めてかもしれない。
「わ、私のリディアが……!」
後ろから父の嘆く声が聞こえたが、リディアは振り返らなかった。
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