27 本格的な練習
翌日、アカデミーに登校したリディアは運悪くエリオットたちと遭遇した。
「……エリオット様」
「リディア」
今日もエリオットは、エミリーたち三人を馬車で送ってきていたようだ。
前までは逃げるように彼らの前から走り去っていたが、今はずいぶんと慣れた。
足がすくむこともなく、ただ平然とその場に立っているだけ。
――そう、それでいいんだ。
私は何も間違ったことをしていないのだから、堂々としていればいい。
ヴァイオレットやヘンリーたちに出会う前は抱けなかった感情だった。
「……失礼します」
「………待ってくれ、リディア」
そのまま目の前から立ち去ろうとしたリディアの腕を、エリオットは掴んだ。
突然引き留められた彼女は、驚いて振り返った。
今までほとんど触れられたことなどなかったのに、どうして急に。
彼は何かに迷っているかのようにしばらく視線を彷徨わせた後、ゆっくりと口を開いた。
「……この間は、ありがとう」
「……いえ、どういたしまして」
人の目があるため、強く出ることはできない。
リディアは当たり障りのない言葉を返し、そっと彼の手を引き剥がした。
(そんなことを言うためだけに私を引き留めたの?)
エリオットらしくない行動だった。
リディアはこれ以上、意味深な彼の視線を受け止めていたくなかった。
彼とエミリーたちから背を向け、その場から立ち去った。
生徒たちの波をかき分け、彼女は歩いて行く。その先にいる二人の姿を視界に入れると、彼女の顔がパァッと明るくなった。
「――ヴァイオレット、ヘンリー様!」
希望に満ちた声で、先を歩いていた二人が振り返った。
エリオットとは正反対な、柔らかい瞳が彼女を捉えた。
「あら、リディア」
「リディア嬢、昨日ぶりだな」
リディアは小走りでヴァイオレットとヘンリーの元まで駆け寄ると、二人の服の裾を掴んだ。
ヴァイオレットは珍しくお転婆なリディアに笑みを溢し、ヘンリーは突然の出来事に驚いたように目を見開いた。
「二人とも、教室まで行きましょう!」
「リディア、違うクラスでしょう」
「いいの、今日は三人で行きたい気分なんだから!」
ヴァイオレットは二人を引っ張るように腕を引いたまま、歩き出した。
周囲にいた生徒たちはあんなに仲が良かったのかと、驚きながら三人を眺めていた。
「……」
そしてエリオットは、どこか寂しそうな目でリディアの後ろ姿を見つめていた。
エミリーたちがいくら話しかけても、彼は反応を示さなかった。
***
一日の全ての授業が終わって放課後になり、演劇部の練習が始まった。
今日の練習は初っ端からヘンリーとのダンスだった。
ヘンリーの大きな手の上に、自身の手を重ねる。目を合わせると、彼が微笑んだ。
最初は緊張で胸が高鳴ってばかりいたけれど、今ではもう平気だ。
主演二人の愛を奏でる情熱の曲が流れ、リディアとヘンリーはステップを踏み始める。
軽やかに踊る二人の姿に、演劇部員たちはワァッと歓声を上げた。美男美女の二人はお似合いで、とても絵になった。
リディアが動くたびに、彼女のスカートがふわりと舞った。
「ようやく私を見てくれるようになりましたね」
「ああ、いい加減しっかりやらないと……ヴァイオレットからお灸を据えられるからな」
「まぁ、ヴァイオレットはそんなに怖い人ではありませんよ」
「いや、他の子には優しいけど……俺にだけは鬼だからな、アイツ」
そんな会話をしながら踊っていると、何だかこの時間が楽しくなってくる。
リディアとヘンリー、両方の顔には自然と笑みが浮かんだ。
会話の内容に笑いを堪えることができないのか、それとも目を合わせて照れているのか。
少なくとも、緊張してやまなかった初期と比べたら大きな成長である。
――しかし、ここからが試練の始まりである。
ヘンリーがリディアの腰に腕を回し、身体を密着させた。
リディアは自然と彼の肩に手を置き、そのまま額が合わさった。
(わ、私……今何してるの……!?)
社交ダンスは貴族令嬢にとって当たり前だが、こんな相思相愛の恋人同士がやるようなことはしたことがない。
ふとヘンリーを見ると、目を閉じていた。演劇の先輩である彼を真似て、リディアもゆっくりと目を閉じた。
「わぁ……すごく綺麗……!」
「ドレスを着たらとっても絵になるでしょうね……!」
演劇部員ですら、キュンキュンを隠しきれていない。特に女子たちは、キャーと飛び跳ねていた。
社交ダンスしか経験したことがないリディアにとっては、ここからは未知の領域である。
(事前に振り付けを聞いてはいたけれど、やってみると結構難しいのね……!)
リディアは踊りが上手なほうだが、社交界で一番というほどではない。
そのため、彼のダンスについて行くのに必死だった。
一瞬でも気を抜けば、すぐに置いて行かれそうである。
(マ、マズいわね……私、ちゃんと踊れてるかしら……?)
不安に襲われたその瞬間、ヘンリーがリディアの手をギュッと掴んだ。
そのまま引き寄せられた途端、彼女の身体が宙に浮いた。
「キャアッ!」
気付いたときには、ヘンリーに横抱きにされていた。
リディアは咄嗟に、彼の肩にしがみついた。ヘンリーの逞しい腕が、彼女をしっかりと抱きかかえる。
恥ずかしがるリディアをよそに、彼はそのまま何回転も回り出す。スイッチを入れて完璧に役を演じきっているヘンリーとは対照的に、リディアはただ抱き着いていることしかできなかった。
このダンスで一番の見せ所となる、クライマックスのシーンである。
(め、目が回る……!)
ようやく解放されたときには、リディアはよろけてヘンリーの胸に飛び込んでしまっていた。
彼女の課題に、新たに体力をつけることが加えられた。
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