25 父の企み エリオット視点
リディア・フロイト侯爵令嬢は幼い頃からとても美しい人だった。
サラサラのブロンドの髪に、宝石のように輝くグリーンの瞳。名門侯爵家の一人娘で、他の誰よりも優秀な淑女の鑑。
リディアは知りもしないだろうが、エリオットは会う前から彼女のことを気に入っていた。美しきフロイト侯爵家の令嬢の話は有名で、彼も知っていたからだ。
こんなにも素敵な女性と、結婚できるなんてとても運が良い。
エリオットは彼女が婚約者でよかったと、心から思った。
心優しく聡明なリディアとなら、きっと良き関係を築いていけると信じて疑わなかった。
――しかし、悪意はまたしても彼に降り注いだ。
婚約が決まった後、エリオットは父親の執務室に呼び出された。
なぜかとても嫌な予感がした。
当然だろう。父は彼に興味がなく、呼び出すことなんて滅多にない。
母親が亡くなる前も後も、父は一人息子を放置し続けた。
執務室へ行くと、いつもより機嫌の良さそうな父親の姿が視界に入った。
てっきり叱られるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
では、一体なぜ自分を呼んだのか。
父は机に肘を置いたまま、口角を上げてエリオットに尋ねた。
『フロイト侯爵家の令嬢はどうだ?』
『美しく、聡明で……ローレンス家の夫人に相応しいと思います』
エリオットは思ったことを素直に答えた。
リディアとの婚約は、フロイト家からの打診ではなく、ローレンス家からのものだった。
なぜ父がフロイト家を選んだのかはわからない。
正直、見栄っ張りで欲深い父なら、王女や公爵令嬢との婚約を取り付けてくるだろうと思っていた。
もちろんフロイト家も名家ではあるが、ローレンス家よりも序列は下。
エリオットは婚約の話を聞かされたときから、そのことを疑問に感じていた。
彼はその答えを、この日ようやく知ることとなった。
『そうか……そうだな。私も彼女はローレンス家の未来の公爵夫人に相応しいと思う――心が弱くて死ぬようなこともなさそうだしな』
『……』
母親の死に触れられ、エリオットの握りしめた拳に力が入った。
公爵は妻の死を何とも思っていないどころか、自分のせいではなく彼女の心が弱いせいだとした。
――ふざけるな、お前のせいで母上は死んだんだ。
エリオットは口から滑りそうになった言葉を、寸でのところで抑え込んだ。
母親がいなくなった今も、父は懲りずに女遊びを続けている。一番のお気に入りはイブリンだそうだが、他にも囲っている女がいるという噂だ。
エリオットは平然を装い、父公爵と向き合った。
今、父親に対抗できる権力は彼にはなかった。大人しくしているほかない。元々冷たい人間だ、不興を買えば息子である彼も生きていられるかはわからない。
父は心の中で葛藤する息子を面白そうに眺め、口を開いた。
『今日私もリディア嬢を見たが……成長したら、とんでもない美女になりそうではないか?』
『……何を、おっしゃっているんですか?』
リディアが将来人目を引く美人に成長するのは、誰から見ても明白なことだった。
なぜ、そんな当たり前のことをいちいち聞いてくるのか。エリオットは不思議そうに首をかしげた。
――その理由を、彼は最悪な形で知ることとなる。
『エリオット、リディア嬢を絶対に逃すなよ!』
父は彼の小さな肩を両腕で掴んで揺さぶった。
絶対にリディア嬢を手放すな、逃すなと――何度も繰り返し言い聞かせた。
(なぜだ……?なぜそこまでリディアにこだわる……?)
エリオットは野心に満ちた父親の瞳を、しばらくじっと見つめていた。
そして、あることに気が付いた。
瞳の奥深くに、別の感情が見て取れる。とても言葉では言い表せない、口にするのもおぞましいような……。
その瞬間、彼は全てを悟った。
――父は、リディアに手を出そうとしている。
だから美しさで話題になっているフロイト家の令嬢を婚約者に選んだのか。
今はまだ子供だから何もしないけれど、大人になったら夫の父親というのを良いことに関係を迫るつもりなのだろう。
父の思惑を知り、エリオットはゾッとした。
自分の息子と同い年の少女に対して、一体何を考えているのか。
父はもはや人間ではなかった。一言で言うならただの怪物だろう。
――絶対に、リディアをローレンス家に嫁がせてはいけない。
エリオットはそのような思いから、リディアに冷たく接することを決めた。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




