20 王都へ
六限終わりのチャイムが鳴り、帰りの準備をしていたリディアにヴァイオレットが声をかけた。
「――リディア、今日はせっかくだから観劇にでも行かない?」
「…………観劇?」
今日はちょうど、部活が休みの日だった。
そのため、演劇部の部員たちはいつものように集まらず、各自で放課後を過ごすこととなる。
放課後の過ごし方は、人それぞれだ。
最終下校時刻までアカデミー内に残って勉強したりする者もいれば、近くにある王都で遊んだりする者もいる。
家に真っ直ぐ帰る人も珍しくはない。それがまさに、今までのリディアだった。
ちなみにエリオットは、特別な用事があるとき以外はほとんど毎日エミリーたちと遊んでいる。
リディアは以前、勇気を出して私も連れて行ってくれないかと頼んだときがあった。
彼は彼女と二人きりになるのを嫌がるので、エミリーたちも同伴しての提案だったが、見事なまでに断られてしまった。
特に親しい友人もいないリディアは、遊んだことなんてほとんどない。
「実はね、お母様が演出を務めた舞台のチケットがあるの。リディアをぜひ連れて行きたいと思って!」
ヴァイオレットの母親はかなりの敏腕演出家であり、所属する劇団も世界各地を飛び回るような有名劇団だ。
そんな彼女が演出する舞台のチケットはかなりの倍率であり、そう簡単に取れるものではない。
ヴァイオレットが目の前でヒラヒラさせた二枚の紙きれには、間違いなくSS席と書かれていた。
そんな貴重なものを私に?とは思うものの、こんな機会滅多に無いだろう。リディアとしても、一度ヴァイオレットと遊んでみたいとは思っていたし。
「誘ってくれてありがとう。ぜひ……行きたいわ!」
「なら決まりね!ちょっと待ってて、もう一人呼んでくるわ」
「も、もう一人ってもしかして……」
リディアの予感は的中。
ヴァイオレットの言うもう一人とは、ヘンリーのことだった。
どうやら彼女は事前にヘンリーのことも観劇に誘っていたようだった。
隣に位置するC組の教室からヘンリーを引っ張ってきたヴァイオレットは、もう片方の手でリディアの腕を掴んだ。
「じゃあ三人揃ったことだし、行きましょうか」
「え、えぇ……そうね……」
しゅっぱーつ!と楽しそうに言いながら、ヴァイオレットは二人を引きずって校外へと出て行った。
***
学園から王都へと出た三人は、商店街の辺りを歩いていた。
手首に着けている腕時計を見ながら、ヴァイオレットが口を開いた。
「観劇は十八時からだから……まだ時間があるわね」
今は十六時であり、三十分前に劇場入りするとしてもあと一時間半はある。
そうともなれば、話題は自然と十八時まで何をして過ごすか、というものになる。
「王都を見て回ったらどうだ?どうせそれまでやることもないし」
「そうねぇ、そうしましょう!」
ヘンリーの提案に、ヴァイオレットは賛成し、リディアも二人について行った。ヘンリーは後ろを歩くリディアをチラチラと見ていた。何か気になることでもあるのだろうか。
「……」
「どうかした?ヘンリー」
そんな彼の様子を不思議に思ったヴァイオレットが声をかけた。
二人の視線が、数歩後ろを歩いてついていたリディアに集中した。
「――何故、後ろを歩いているんだ?」
「……………え?」
そのとき、彼女はようやく自身がずっと後ろを歩いていたことに気が付いた。
エリオットはリディアが隣を歩くことを嫌がった。そのため、彼女はいつも横ではなく彼の後ろを歩いていたのだ。
そのときの癖が無意識に出てしまったようだ。
ヘンリーは立ち止まり、リディアが隣に来るのを待った。
(私が……隣を歩いていて不快にならないのかしら)
彼女は横にいるヘンリーの顔をまじまじと見つめた。
リディアの視線に気付いたのだろう、振り向いた彼と目が合った。
「何だ?」
「いえ……私が横にいていいのかと思って」
リディアは思っていることを正直に打ち明けた。
すると彼は、何の迷いもなく”当たり前だろう”と口にした。
ヘンリーはリディアと目をしっかりと合わせたまま、言葉を続けた。
「それに――そんな遠くにいたら、目を合わせようと思っても合わせられないだろう?」
「……カールトン令息」
気のせいか、ヘンリーの口元には僅かに笑みが浮かんでいた。彼はそんな風に笑うのか。冷たいと感じていた初対面の頃とはかなり変わっている。
(やっぱり……結構いい人なのかもしれない……)
そのとき、前を歩いていたヴァイオレットが二人の方を振り返った。
「二人とも!お腹空いたし、あそこの屋台で串焼きでも買いましょうよ!」
ヴァイオレットが指差したのは、ちょうど近くにあった串焼きのキッチンカーだった。
いわゆる食べ歩きというやつだろう。もちろん、リディアは初体験である。
ヴァイオレットは串焼きを三本買うと、リディアとヘンリーにそれぞれ一本ずつ手渡した。
「はい、リディアの分!今日は私の奢りよ!いつも迷惑かけてるからね」
「ありがとう、ヴァイオレット」
受け取ったリディアは、さっそく串焼きを口に運んだ。
焼きたてで熱かったが、辛味の効いた肉が柔らかく口の中で溶けた。平民でも買えるような安価で、こんなにも美味しいものが食べられるのだということをリディアは知らなかった。
「……とっても美味しいわ」
「リディアはこういうの初めてなんでしょう?」
リディアは食べながらコクッと頷いた。
口いっぱいに肉を頬張る彼女を、ヴァイオレットが微笑ましそうに見つめていた。
「我慢ばかりすると、いつか爆発しちゃうわよ。たまには息抜きもしないと」
「息抜き……」
ヴァイオレットの言う通り、今までリディアはエリオットのためにと我慢してばかりだった。
自分さえ耐えていればいいのだと、そうすることが正解なのだと信じて疑わなかった。しかし、それは違うのだということに気付かせてくれたのはヴァイオレットたちだった。
――そんな生活は、もうやめにしたい。
ちょうど串焼きを一本食べ終えたそのとき、リディアは突然背後から声をかけられた。
「――あら?もしかして、リディア様ではありませんか?」
「……!」
何度も聞いたその声に、リディアはゆっくりと後ろを振り向いた。
案の定、その視線の先には、よく知った人物が立っていた。
「……エミリーさん」
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