17 初めての気持ち
それからも練習は続き、なかなかに激しいダンスシーンに、リディアとヘンリーの額に汗が滲み始めた。
情熱的な愛を表すシーンのため、社交界で男女が踊るもののように穏やかではなく、なかなかに激しいダンスとなっている。
リディアもダンスは得意な方だったが、このようにかなり激しいものは未経験だった。
ヴァイオレットは手拍子をしながら、二人のダンスを見守っていた。
「ワンツー、ワンツー。そうね、いい感じだわ。さっきよりも表情が柔らかくなっているみたい」
三十分ほどの練習ではあったが、最初に比べるとかなり上達したようだ。
このシーンのダンスは二人で手を取り合って踊るものと、それぞれが一人ずつ踊るものとで分かれている。
一人のシーンはともかく、二人でのシーンの方がリディアは心配だった。
まだ出会って間もないヘンリーと、息を合わせて恋人のように踊ることができるかどうか。
それから少しすると、最終下校時刻の十分前を知らせるチャイムが鳴った。
どうやらここまでのようだ。このチャイムが鳴ったとき、学園内にいる生徒たちは全員速やかに帰らなければならない。
「そうね、じゃあ今日はここまでにしましょうか。お姫様抱っこのシーンはまた今度やりましょう」
「そ、そうね……」
お姫様抱っこはまだまだ時間がかかりそうだった。
そこまでの覚悟はできていなかったため、ありがたい。ちょうどいいところでチャイムが鳴ってくれたと、リディアは神様に感謝した。
家に帰る準備をしていた彼女に、監督業に専念していたヴァイオレットが声をかけた。
「リディア、今日のダンスなかなか良かったわよ」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。でも二人で踊るシーンが心配で……」
リディアが素直に悩みを打ち明けると、ヴァイオレットは意外なことを口にした。
「あら、ダンスが心配?なら――ヘンリーに教えてもらうといいわ」
「カ、カールトン令息に?」
リディアは遠くで汗を拭いているヘンリーの姿を視界に入れた。
彼が私にわざわざ指導してくれるだろうか。とてもそういう風には見えない。
ヴァイオレットは口元を手で隠しながら、リディアの耳元に顔を近付けて囁いた。
「ああ見えても彼、この演劇部で一番ダンスが上手いのよ。エーゼル王国の社交界でも、彼以上にダンスが上手な人を私は見たことがないわ」
「そ、そうだったの……!?」
ヴァイオレットは社交界ではいつも中心におり、交友関係もなかなかに広い。
そのヴァイオレットが言うということは相当なのだろう。
「心配しないで、ヘンリーは無愛想だけど根はとっても優しい人なのよ――きっとリディアもすぐに仲良くなれるわ」
「そ、そうかしら……?」
リディアは遠くにいるヘンリーの横顔をじっと見つめた。
エリオットにも負けないくらい整ったその顔立ち。ついさっき重ねた手の温もりが今でも鮮明に残っているせいか、彼女の胸がキュッとなった。
***
家に帰ったリディアは、早速一人で踊るシーンの自主練習を始めた。
中途半端な状態で舞台上に上がるわけにはいかない。優しくしてくれたヴァイオレットたちの顔に泥を塗るような真似だけはしたくなかったのだ。
「そうだ、このシーンは歌も歌うんだったわね……」
歌を歌いながら踊るというのは初めてで大変だったが、ヒーローと気持ちが通じ合う大事なシーンだ。他の場面よりも、たくさん練習を重ねないといけないのは明白である。
(もっと水が流れるように穏やかな動作にできたら……)
もう一度通しで踊ろうと思っていたとき、部屋の扉が開いた。
「………ヘラ?」
専属侍女のヘラが、リディアにお茶を届けにやって来たようだ。
お稽古スカートを履いていたリディアは、彼女の入室で一度踊るのを中断した。
「あら、お嬢様。ミュージカルの練習をなさっているようですね」
「ええ、今日から始まったのよ。主演というのはやっぱり、セリフや登場シーンが多いから大変ね」
ヘラはお疲れ様です、と言いながら傍にあったテーブルの上に紅茶を置いた。
彼女は昔から姉のようにリディアの行動を温かく見守ってくれている。
「旦那様も奥様もお嬢様のことを応援していらっしゃるようです。特に奥様なんてオースティン侯爵夫人の元ファンだそうですから……それはもう大興奮でした」
「二人とも理解してくれたようで嬉しいわ」
一度休憩に入ったリディアは、テーブルに置かれていた紅茶を一口飲んだ。
今回のことを、既に両親――フロイト侯爵夫妻には話してある。二人ともエリオットのように特に反対することもなく、背中を押してくれた。
「もし開演されたら、私も絶対に見に行きますから」
「ええ、ありがとう。待っているわ」
リディアはヘラにニッコリと笑いかけ、五分の休憩を取ったあと、再びダンスの練習を始めた。
侯爵邸の広い自室で休む間も無く踊る彼女を、ヘラは柔らかい眼差しで見つめていた。
気のせいか、今日はよく眠れそうだ。
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