18 ヘンリー・カールトン
翌日の昼、リディアは前と同じようにヴァイオレットと昼食をとっていた。
ヴァイオレットは昼休みになると、リディアをアカデミーの裏にある木陰のスペースまで連れて来た。
幸いにもリディアたち以外に人は誰もいない。
おそらくヴァイオレットはそれを狙って彼女をここに連れてきたのだろう。
木陰であるせいか、六月とは思えないくらいに涼しかった。
夏が近付いてきている今、日差しが直に当たらないというのはかなり助かる。
暑さだけではなく、貴族令嬢である以上、日焼けなども気にしなければならないからだ。
「ここなら前みたいにローレンス公子どころか誰も来ませんわ!」
「す、すごく良いところを見つけたのね……ヴァイオレット……」
たしかに良い場所を昼食スペースとして見つけたなとは思う。
しかし、問題点が一つだけあった。いや、問題というわけではないのだろう。
「ねぇ――ヘンリーもそう思うでしょう?」
「………そうだな」
ヴァイオレットの問いに、ヘンリーが返事をした。
そう、地面に敷かれたシートにはヴァイオレットを挟むような形で向かいにヘンリーが座っているのだ。
――ど、どうしてカールトン令息までここにいるのよ!
今日の昼食会には、何故かヘンリー・カールトン――ミュージカルでリディアの相手役を務めることになる彼までもが同席していた。
いつもヴァイオレットと二人きりだった昼食の席に、人が一人増えた。
リディアはそのことを来るまで全く知らなかったのだ。
(きっとヴァイオレットが呼んだんでしょうね……)
彼女はチラッと横目でヴァイオレットに視線を向けるが、何のことだかわからないとでも言いたげだ。
「二人はこの先たくさんのシーンで共演することになるんだから、仲を深めておいた方がいいでしょう?恋人同士の役なわけだし」
彼女の言うことはわからなくもない。たしかに、今のままでラブシーンを演じるとなるとかなりぎこちなくなるだろう。
リディアはヴァイオレットの意を汲み取ろうと、ヘンリーに話しかけた。
「あの……カールトン令息……よろしくお願いしますね」
「あぁ……フロイト令嬢」
しかし、どうしても会話が続かずそこで終わってしまう。
頼みの綱であるヴァイオレットはというと、二人が自ら話し始めるのを待っているようだった。リディアを助けるつもりはないらしい。
ならば、自分から動くほかないだろう。
リディアは意を決して、もう一度ヘンリーに声をかけた。
「カールトン令息は……普段は寮に住んでいらっしゃるのですか?」
「いや、俺は……友人のハルク・マゼルダ公爵令息の家に特別に住まわせてもらってるんだ」
「まぁ、ご友人の家に……?」
ニーゼル王国には、カールトン家という貴族家は存在しない。
つまり、彼はエミリーと同じ平民という身分に当たる。
(マゼルダ公爵家と言えば、エリオットの生家のローレンス公爵家と同じくらいの名門だわ……)
そんな彼が、何故マゼルダ家のハルク公子と知り合いなのか。
平民と貴族令息が友人だなんて、滅多にあり得ないことだった。
――彼は一体、何者なのだろうか。
そのような疑問がリディアの頭の中にふと、浮かび上がった。
(私ったら、いくら何でも考えすぎね)
マゼルダ公爵家に仕える平民の使用人の息子だったとか、市井でたまたま出会って仲良くなっただとか可能性が全く無いわけではない。
「ハルク公子と仲がよろしいのですか?」
「まぁまぁだな……昔からの仲だし、お互い気を遣わなくていいくらいの関係ではあるけど」
「へぇ、素敵なご関係なのですね」
まだまだヘンリーと親しくなるのは難しそうだったが、初対面のときよりかは心を開いてくれているのではないだろうか。
しかし、彼は相変わらずリディアのことを全く見ない。
それでもきちんと質問には答えてくれているため、エリオットよりかはマシだが顔を背けたまま話されると傷付く。
(……どうして私は彼の横顔に話しかけているのかしら)
そういうところがエリオットに似ている。
不満が溜まったリディアは、ヘンリーに物申すことにした。
「…………令息」
「……何だ」
「――こっち見てください、前にも言いましたよね」
「………何だと?」
強気な口調にヘンリーは驚いて、リディアの方を見た。
綺麗な赤い瞳が、前と同じように彼女を映した。
「話すときは相手の目を見るんです。いくら私でも傷付きますよ。令息はそんな簡単なことも教わらなかったんですか?」
「……」
リディアはまるでヘンリーの母親になったかのように、彼に説教をした。
彼は叱責を受けるとは思わなかったのか、ポカンと口を開けて固まった。
(さ、さすがにちょっと言い過ぎたかな……?)
リディアはマズいと思ったが、その言葉にヘンリーは意外な反応を示した。
「――悪い、緊張してて上手く目合わせられなかった」
「…………え?」
何と、彼は突然説教してきたリディアに対して素直に謝罪を述べたのだった。
そのように返されるとは思っていなくて、リディアは呆気に取られた。
(何て正直な方なのかしら……)
リディアの中で少しだけ、ヘンリーへの好感度が上がった。
少なくとも、エリオットであればそのようには言わなかっただろう。
「いえ、私も失礼な発言をしてしまいました」
「いや、気にするな。俺も次からはできるだけ目を見るように……」
そこまで言いかけ、ヘンリーはリディアとじっと目を合わせた。
「……」
「……」
しばらく見つめ合ったあと、彼は耐えられなくなったのか、目元を大きな手で隠すように押さえた。
その反応は一体何かしら?リディアの疑問を払拭するかのように、ヴァイオレットが口を開いた。
「――コイツ、美人相手にドキドキしてるのよ」
「え、えぇ!?」
「か、勝手なこと言うなよ!」
ヘンリーは慌てて反論し、ヴァイオレットはそんな彼をからかうように笑った。
平民が侯爵令嬢に取るとは思えないような態度だった。
リディアはそんな二人をじっと眺めていた。
(冷たいなって思ってたけど……そんなに気にしなくてもいいのかな……?)
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