16 価値
リディアはヴァイオレットの手を引いたまま、アカデミーへと戻った。
学園の敷地内に入ると、ヴァイオレットがリディアに尋ねた。
「リディア、行っちゃってよかったんですの?」
「……いいのよ、あれ以上言ったところで何の意味もないし」
反対されるだろうなとは予想していたものの、あそこまでのことを言われるとも思っていなかった。
やはり彼は何も変わっていなかった。何事においてもリディアを否定し続ける。彼の傲慢さには、もううんざりだ。
(まぁ、でも……結果的にはよかったのかしらね)
大きな仕事を一つ終えたように、リディアは安堵の息を吐いた。
彼の言葉に傷付いていないわけではなかったが、もう泣いたりなんてしない。
何より、エリオットから舞台に出る許可は得られたのだ。
それだけでも、かなり大きな進捗だった。
あの場で、たしかに彼はリディアに”好きにしろ”と言った。それはリディアだけではなくヴァイオレットもしっかりと聞いているため、言い逃れはできない。
(エリオット、あなたは気に入らないのでしょうけど……私は私で自分の価値を見つけるわ)
部室までの道のりを歩きながら、二人は話した。
「とにかく、許可は得られたし……これで練習ができるわね」
「ええ、そうね。早くみんなの元へ戻りましょう」
――私がいるべき場所はエリオットの隣ではない。
部室へ入ると、待っていた部員たちがおかえりなさいとリディアとヴァイオレットの二人を出迎えた。
どうやらそれぞれで自主練をしていたようだ。
「それで、ローレンス公子との交渉は上手くいったの?」
「ええ、バッチリよ。何の問題も無く、許可を取れたわ」
本当は全く問題が無かったわけではないのだが、ここはヴァイオレットに話を合わせておこう。
その話を聞いた部員たちの顔色が明るくなった。実は全員、気が気ではなかったのだ。
「なら、リディアは劇に出られるのね!?」
「もちろんよ、せっかく見つけた宝石をそう簡単に手放すわけがないわ!」
ヴァイオレットはやりきった!というように、部員たちに向けて親指を立てた。
「ヘンリーもよかったね、リディアが主演で」
「え?あ、あぁ……そうだな」
突然話を振られたヘンリーは、慌てて頷いた。
彼だけは、突然相手役に抜擢された私をもしかすると快く思っていないのかもしれない。
認めてもらうためにも、たくさん努力しなければならないだろう。そう思うと、俄然やる気がでてくる。
ヴァイオレットがパンパンッと二回ほど手を叩き、その合図で部屋が静まり返った。
「主役二人が出揃ったことだし、早速練習を始めましょうか」
その一言で、全員が見守る中でのダンスの練習が幕を開けた――
リディアはヘンリーが差し出した手の上に、そっと自分の手を重ね、リズムに合わせて踊り始めた。
彼のゴツゴツした大きな手が、リディアの手を軽く握った。ヘンリーはエリオットにも引けを取らないくらい背が高く、リディアよりも頭一つ分大きい。頭のすぐ近くに顔があるせいか、何だかドキドキする。
二人は今日が初対面であり、まだお互いのことをよく知らない状態だ。
(男の人とダンスするって、こんなにも緊張するのね……)
それにしても、この緊張は異常ではないか。
ダンスは得意なはずなのに、何故か今日に限って上手く音楽に乗れなかった。
あまりにもぎこちない二人の様子に、ヴァイオレットが思わず口を挟んだ。
「リディア!ヘンリーも!目を逸らしちゃダメよ!愛し合う二人が愛しそうに見つめ合うシーンなんだから!」
そうは言っても、いきなり見つめ合って笑うなんて難易度が高い。リディアはエリオット以外の男性と話したことなんてほとんど無いし、なんならエリオットとも疎遠だった。
しかし、いつまでもそうは言ってられない。
(ええい、やるって決めたんだからやるのよ!)
覚悟を決めたリディアは、背けていた顔を動かし、ヘンリーに視線を固定した。
リディアから見て、斜め右を向いたヘンリーが視界に入る。
「……」
彼は勇気を出したリディアとは違い、いつまで経っても彼女の方を見ようとはしなかった。
ずっと視線を逸らしたまま、ダンスをし続ける。
(私はやろうとしているっていうのに……)
演劇部に所属しているヘンリーは、リディアよりもずっと経験豊富だろう。本来ならば彼はリディアを引っ張る立場のはずだ。しかし、当の本人がいつまでもやろうとしないのだからどうしようもない。
どうして、真面目にやらないのか。
ダンスはまだ途中だったが、彼女はステップを踏んでいた足を止めた。
「……?」
突然ダンスを中断したリディアを、ヘンリーは不思議そうに見つめた。
手を離した彼女は、両手でヘンリーの頬をギュッと掴んでしっかりと目を合わせた。
「――ちゃんとこっち見なさい」
「……………え」
宝石のように美しい赤い瞳が、驚いたように丸く見開かれた。
二人の視線が、至近距離でぶつかり合う。
そこで、彼はようやくリディアを視界に入れた。
彼女はヘンリーと目を合わせたまま、ポツリと呟いた。
「…………もう、誰にも見られないのは御免なのよ」
「……何て?」
「いえ、何でもないわ」
せめて舞台の上にいる間だけは、彼にしっかりと自身を見てほしかった。
そうでもしなければ、ヒーローであるはずの彼が自然とエリオットと重なってしまうから。
「リディアったら、なかなか大胆ね!いいじゃない、そういうの嫌いじゃないわよ!」
強引に顔を向かせたリディアに、ヴァイオレットは称賛の言葉をかけた。
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