14 内緒の話
こんなにも早く見つかるとは思ってもいなかったリディアは、少し離れたところにいるエリオットたちを驚愕の目で見つめていた。
(普通にいるし……ていうか、目立ちすぎ!)
元々人目を引く容姿をしている上に、あんな風に女たちを引き連れて歩いているのだから周囲の視線を集めるのも当然だった。
エミリーに至っては彼の腕にしがみつき、まるで恋人同士のように振舞っている。
「ローレンス公子がいたわ!このまま突撃しましょう、リディア!」
「い、いくら何でもそれはマズいってヴァイオレット!」
今すぐにでも駆け出しそうな勢いのヴァイオレットを、リディアは何とか制止した。
「どうして止めるんですか?許可は早いうちに取っておかないと」
「ここは人の目が多すぎます。あの様子だともうすぐ帰りそうですから……三人がいなくなったときにエリオットに話しかけましょう」
リディアがそう言うと、ヴァイオレットは渋々納得したようで頷いた。
それから二人は、物陰からエリオットとエミリーたち三人の様子を眺めていた。
「なかなか帰らないわねぇ……」
「一体何の話をしているのかしら……」
リディアの予想通り、マイラとアデルはその後、すぐにそれぞれの迎えの馬車に乗り込んで家に帰って行った。
順当に行けばその次にエミリーが帰路につくはずだった。しかし――
「あら、ローレンス公子とオブライトさんがどこかへ行くわ!」
「つ、ついて行かないと!」
リディアはヴァイオレットと共に、エリオットとエミリーのあとをついて行った。
てっきりエミリーだけはエリオットが家まで送って行くのかと思ったが、彼らが入ったのは何とすぐ傍にある路地裏だった。
あんなところに家があるわけがない。
近道をするのだろうかと思ったのも束の間、彼らは路地裏の途中で立ち止まった。
「危ない!」
「キャッ」
リディアの背中にぶつかったヴァイオレットが小さく声を漏らした。
運が良いことに、エリオットたちには聞こえていないようだ。
「わざわざ路地裏に入るということは……何か大事な話をしているのかしら」
「大事な話……」
リディアとヴァイオレットは物陰からそっと二人の様子を眺めた。
エリオットとエミリーが二人きりで何かを話し込んでいる。
距離があるため、声があまりよく聞き取れない。
マイラとアデルを先に帰して二人でしなければならない話ということは、よっぽど重要なことなのだろう。
(私は二人きりになりたいって言ったところで断られるだけなのに……)
そんな反感を抱きながらも、彼女は何とか会話の内容を知ろうと聞き耳を立てた。
集中すると、ほんの僅かに話し声が聞き取れるようになった。
「君は、俺の大切な―――だから」
リディアは耳を澄ましたが、結局最も大切なところを聞き逃してしまった。
一体何て言ったんだろう。でもきっと、大切な女の子とか愛する人だとかそんなことを言ったに違いない。
エリオットがニッコリと笑ったエミリーの頭をそっと撫でた。
彼に頭をポンポンされたエミリーが幸せそうに頬を上気させた。
こうして見ると、二人は相思相愛の恋人同士のように見える。
――やっぱり、あの二人の間に私が入る隙なんて無い。
リディアは自分のいるべき場所がエリオットの隣ではないのだということを実感した。
――もう諦めよう、彼の愛を得ることなんて私には不可能なんだ。
エリオットの寵愛を得ているエミリーを見ていると、嫌でもそのことを思い知らされた。
しばらく話したあと、エミリーはエリオットと挨拶をし、リディアたちのいる反対側へと歩いて行った。
てっきりエリオットもついて行くのかと思ったが、彼は何と逆側――リディアとヴァイオレットが身を潜める場所へ向かってやって来た。
「ど、どうしよう!エリオットがこっちに来るわ!」
「何を言っているのよリディア、むしろちょうど良いじゃない!彼に舞台出演の許可を取るためにここに来たんだから!」
リディアは咄嗟に来た道を引き返そうとしたが、ヴァイオレットが彼女の腕を掴んで物陰からエリオットの前に身を乗り出した――
「キャアッ!」
勢いよく引っ張られたリディアは、よろめいておっとっと――と目の前にあったあるものにぶつかってしまった。
ぶつかった弾みで後ろに倒れそうになったリディアは思わず、ぶつかった”彼”の服を掴んだ。
マズい、と思ったときには全てが遅かった。
あの日のように、頭上から不機嫌そうな声が落ちてきた。
「……何故お前がここにいる」
「……」
リディアはゆっくりと顔を上げた。眉をひそめた美しい顔の青年が、視界に入る。
―――やはり、彼女がぶつかって服を掴んでしまったのはエリオットだった。
ああ、エリオットにしがみついてしまうくらいなら転んだ方がマシだったな。
リディアは慌ててその服を離した。彼は乱れた腰元を手で直しながら、鋭い目でリディアを射抜いた。
「――お前、いつからここにいた?もしや、さっきの話を聞いていたのか?」
「い、いえ……」
リディアは慌てて首を横に振ったが、エリオットは信じられないのか、疑惑の目を向け続けている。
それほどまでに聞かれたらマズい内容だったのだろうか。
彼を前に、何も答えられなくなったリディアを助けるようにヴァイオレットが二人の間に入った。
「――ローレンス公子、さっきの話とは一体何のことでしょうか?」
「…………オースティン令嬢」
ヴァイオレットは女優の母親顔負けの演技力で、何のことやらと知らないフリを通した。
婚約者のリディアならともかく、オースティン家のヴァイオレットは軽々しく扱っていいような相手ではない。
そのことを彼も重々理解しているのだろう、険しかった表情がいつも通りになった。
「……オースティン令嬢が、一体何の用だ?我が婚約者まで連れて」
「ッ……」
十一年間婚約していて”婚約者”と言われたのは初めてだったせいか、リディアの体が氷のように冷たく固まった。
ヴァイオレットは気にも留めず、爽やかな笑顔で話し始める。このような対応の上手さは、彼女の方がかなり上だった。
「実は、ローレンス公子にお話があってここへ伺ったのです。たまたまオブライトさんと路地裏へ入って行く姿を目撃しまして、話が終わったタイミングでこちらへ来たのです」
「……」
エリオットは眉一つ動かさず、じっとヴァイオレットの話を聞いていた。
一切表情を変えないため、何を考えているのかわからない。
ヴァイオレットはそんな彼に、ズバリ今回ここへやって来た目的を伝えた。
「ローレンス公子の婚約者であるリディア嬢を――恋愛物の舞台に主役として出演させていただけないかと、直談判をしに伺いました」
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